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ジャーナリスト 津田大介さん 闘う両親に育まれたジェンダー観 

(2019年5月26日付 東京新聞朝刊)

家族のこと話そう

写真

家族との思い出を振り返る、ジャーナリストの津田大介さん=名古屋市で(太田朗子撮影)

父は会社勤めせず、労働運動や政治活動ひとすじ

 リベラルな思想を持つ両親の元で育ちました。父親は60年代に学生運動にかかわったのを機に、大学卒業後は一度も会社勤めをすることなく、労働運動や政治活動に身をささげてきました。10年ほど、社会党副委員長を務めた元衆院議員の高沢寅男さんの私設秘書も務めていました。

 もの静かな性格だけれど、酒が入ると冗舌。「酒を飲むのが仕事だ」と、毎晩のように飲み歩いていました。休日になると労働組合の関係者が家に集まり、酒を片手に議論に花を咲かせていました。

 でも、子どもに自分の政治信条を押しつけることはなかった。家にいることが多かったので、父親と遊んだ記憶はすごくあります。小学生の夏休みには2週間、車で東北などにも連れていってくれた。高校に入ると「もう一人前の個人なんだから、自分の道は自分で決めろ」と。大学卒業後、就職試験にすべて落ち、アルバイトしかあてがなかったときも楽観的でいられたのは、いろんな生き方があることを父親が身をもって教えてくれたからだと思います。

母は労災で後遺症 家計支えつつ裁判を闘った

 2歳年下の母親とは労組の集まりなどで知り合ったようです。母親は地元の女子高を卒業後、上京して国立大の職員をしていました。僕が7歳のころ、職場で労災事故に遭い、安全配慮に問題があったとして国を相手に裁判を起こしました。頸椎(けいつい)損傷の大けがで後遺症が残ったにもかかわらず、大学側が半年間しか療養補償を認めないのはおかしいとの思いがありました。

 母親は10年間、裁判を闘いましたが、最高裁で敗訴が確定しました。訴訟をしながら大学に勤め続けたので、精神的にもつらかったと思います。僕や2歳下の妹の学費が必要だったし、父親の収入が不安定だったから、辞めるわけにはいかなかった。心配性だったので、放任主義の父親と子育てを巡ってよくけんかもしましたが、家計を支えていたのは母親でした。

父は率先して家事 母も「尊敬している」と支え合う

 一方で、父親もけがを機に体調を崩しがちだった母親に代わって、炊事や掃除、洗濯を進んでやっていました。今は70代後半ですが、あの年代の男性ではすごく珍しいこと。母親も「お父さんのことを尊敬しているから支えたい」って。互いが違うかたちで支え合っていたと思います。

 そんな両親の関係は僕のジェンダー観に決定的に影響を与えました。芸術監督を務める「あいちトリエンナーレ2019」でも、男女平等の観点から、招待作家の男女比を1対1にしました。二人ともあまり口にすることはありませんが、僕の仕事について喜んでくれているみたいです。

つだ・だいすけ

 1973年生まれ。東京都出身。98年、早稲田大社会科学部卒業。政治情報サイト「ポリタス」編集長。早稲田大文学学術院教授。ネットメディアやジャーナリズムを専門に幅広く発信。名古屋市などで8月1日~10月14日に開催する国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務める。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年5月26日