多胎育児は過酷で、SOSすら出せないことも… 「MIRACLE TWINS」作者・南家真紀子さんが「ふたごキャラバン」でトークショー
15歳の双子男児を育てる南家さんは、連載を振り返りながら双子を育てる上での工夫や苦労を紹介。夫や周囲の理解と助けを得られず孤立した経験や、差し伸べられた手に救われた体験を涙を浮かべて語り、「多胎育児は過酷で、SOSを発することすらできない人も多い。社会や制度の側から手を伸ばしてほしい」と訴えました。
多胎育児の実情を発信することで
-南家さんが「MIRACLE TWINS」の連載をスタートしたのはコロナ下の2020年の7月でした。今は15歳、高校1年生になった双子のそう君・よう君ですが、その頃はまだ小学生でしたね。
はい。小学6年生でした。三男のくうも、当時は保育園の年長さんでしたが、今は9歳、小学3年生になりました。
-連載の中で伝えたかったことは。
双子をはじめ、多胎児を育てる上での社会課題がたくさんあるのに、その実情は一般の人にはあまり知られていない。漫画という形で発信することで、大変さが伝わり、多胎育児への理解が深まればいいな、と考えていました。
-私たちも同じ思いで依頼して、南家さんがその期待に応えてくれた連載でした。この連載で南家さんがどうしても描きたいと考えていた、深刻なテーマがいくつかありました。
当時、双子を妊娠する・出産するということについてそれほど情報を持っていなかったので、私はもう少しポジティブに考えていたのですが、過ごせば過ごすほど「これ全部、思ってたのと違う」ということが起きる。
飲み水を買うにも苦労した妊娠中
-その中の一つが、妊娠中のお話でしたね。出産予定日の2~3カ月前に入院した際に、のどが渇くので水を買いに行きたい、でも大きいおなかを抱えて、廊下の一番端の自販機まで水1本買いに行くのがすごく大変だ、という回でした。夫に電話で頼んでも、仕事で忙しくて「水ぐらい自分で買ってよ」と言われてしまうシーンから始まります。
◆限界だった双子妊娠 伝わらないつらさ(2022年7月公開)
私はたまたま3歳下の弟が助けに来られるところに住んでいたので、救われました。でも、自分の飲み水すら手に入れることができないって、これは本当に深刻な事態だな、と思いました。
10年たったから描けたこともある
-産んでからも授乳をはじめ双子のケアですごく苦労して、最悪の選択をする手前まで行ってしまった経験も描いてくれました。
これを描かずにどうする、これを人に伝えないと、という体験だったのですが、いざ描こうとすると、この体験の中に含まれている課題や問題、つらかったことが多すぎて1話にまとまらないんですよね。
何を描こうか迷って、メモっている間に涙がこぼれてきてしまって、もう何を表現していいかも分からなくなりました。描けないので一回置いておこう、というのを何度か繰り返して新聞とすくすくに載せるところまで持っていくことができました。
◆産後女性の死因、1位は自殺 私も双子育児で追いつめられ…(2021年4月公開)
-眠れない。眠りたかったのに、眠れないまま朝が来て、夫は仕事に行ってしまう。「今日は何日だっけ」「最後に寝たのはいつだっけ」と心身ともに追い込まれる中で、深いところへ降りていってしまうような瞬間を描いています。
はい、この話をするとまだ涙が出てきてしまいます。もう15年たっているのに、なかなか平常心では語れません。
-連載で取り上げてくれた時も、「10年たったから描けた」と。
新聞に載せる作品なので、オブラートにくるみにくるみ、角を丸く丸く取って仕上げた回です。それでも結構な反響をいただいて、伝わるんだなという手応えがありました。ただ、「そうなんだ、大変なんだね」で片付けてはいけない問題なんです。
双子だけではなく、子育てをしている母親が夜中に十分な睡眠が取れないことや、出産後の体は交通事故に遭ったのと同じくらいのダメージを負っているということなどは、15年前の当時はまだ世の中に広く知られていませんでしたし、出産する私自身も認識できていませんでした。
最後に描こうかどうか迷ったこと
-この5年、10年で、子育てを母親が1人で担うことの大変さへの社会の理解が深まり、男性育休の制度も整ってきました。私の働く新聞社でも、育休を取る男性記者が以前と比べると明らかに増えてきています。でも、南家さんが双子を出産した2008年当時は、そうではありませんでした。双子の育児のスタート期の夫とのすれ違いが、後に大きく響きます。歩みを重ねた末に最後にたどり着いた家族の新しい形を、最終回に近い回で描いてくれました。
◆双子とも話して選んだ「離婚」。家族のカタチを進化させるために(2023年11月公開)
3年半という思ったより長い期間、連載を続けさせていただいて、その間に漫画を描きながら考えがまとまったり、自分のことを見つめ直すことができたりして、どんどん心の整理ができていきました。いろんなものを手放せるようにもなりました。
-連載の最終回に向けての打ち合わせで、南家さんは、離婚に至ったという事実を連載の中で明かすかどうか迷っていました。そして、「離婚」という形を選ぶことになる、一番のきっかけになったのは、双子の育児のスタート期の夫の関わり方だった、と振り返っていました。このことを、今、夫婦2人で子育てをしているお父さん・お母さん、これから子育てをスタートする方に、ぜひ知っておいてほしいと感じたので、編集者として「ぜひ描いてください」とお願いしました。
そうなんです。「正解は分からないけれど、まだ進化中です」と描いたこの回には、たくさんの反響をいただきました。
社会の側から手を伸ばしてほしい
-どんな家族の形でもいいな、と私は思っています。南家さんの今の家族の形も、すごくすてきな進化形で、それを発信できてうれしく思います。
もう一つ発信したかったことがあります。子育てをしていると、「困ったらSOSを発信して」とよく言われるけれど、本当に渦中にいる人はSOSを発する元気もないし、自分がSOSを出してもいい、出さなきゃいけない状況だとも思えないんだ、ということです。
SOSを出さなきゃいけない人ほど、SOSを出す前に、例えば「ここで自分の人生を終えてしまった方がいいのでは」「終わりにした方が楽なのでは」という諦めの極限に来ています。本来はもっと早くSOSを出さなければいけないのですが、出さないまま、出せないまま深刻な段階まで進んでしまうんです。
そういう人にアウトリーチするために、支援する側が介入していかないといけません。
-社会の側から手を伸ばしていく、ということですね。
双子ベビーカーでバスに乗りたかったのに乗れなかった回も、同じなんです。「当事者である双子の親が、バスの運転手さんに声をかけて手伝ってくれるように頼むべきだった」という指摘や批判があるのですが、現実にはそれもできないほど追い込まれてしまうことがある。
◆双子ベビーカーでバスに乗りたかった(2021年10月公開)
冷静に俯瞰(ふかん)してみると「こうすればいいのに」と思うことでも、しんどさのど真ん中にいる人にはそこまでの余裕がない。余裕がないからこそ、いろんなことができなくなってしまうわけで。「なぜ、当たり前のことができなくなるのか」というところに、課題も潜んでいると思っているので、そこを解明することも必要だと考えます。
つらさに気づき、助けてくれた人
-バスもタクシーも使えず、支援を受ける手続きを区役所にしに行けないまま追い込まれていった南家さんに、保健師さんが手を伸ばしてくれた回がありました。これこそ、「支援の側から手を伸ばす」例ですね。
◆産後うつの絶望の中、彼女が支援につないでくれた(2023年9月公開)
びっくりしたんです。でも、「こんなふうに声をかけてくださる方がいるんだ」と思ってうれしかったです。私が孤独だろう、というのが彼女には分かったんだと思います。
◆あの日、名前も知らない彼女に救われた(2021年7月公開)
-いじめでも虐待でもDVでも、大変さの渦中にいる人は、「自分が声を上げていいんだ」「上げて当然なくらい、しんどい状態なんだ」ということに気づけないことが多いように、いろいろな取材をしていて感じます。双子の育児をはじめ、過酷な子育ての現場も共通しているように思います。
本当にその通りなんです。はたから見ると当たり前のこと、その当事者も冷静だったり、第三者だったりしたら当たり前に判断して行動できるはずのことなので、その人の性質とか、生まれた環境、人格的な問題ではないはずなんですよね。誰もが陥る可能性がある。なぜ陥ったのかということが解明されるべきだと強く思います。
-しんどさの渦中にある人は、なぜSOSを発することができないかが解明されると、支援が一段階進みそうです。
試してみたいビニールプール育児
-深刻な話が続きましたが、ミラクルツインズでは大変さ、つらさを伝える回だけではなく、楽しい回もたくさんあるんですよね。私が「このアイデアいいな、知っていたら私もやったのに!」と思ったのは、ビニールプールの回です。
◆意外なものが双子育児で大活躍!(2021年8月公開)
双子を安全に遊ばせるためにビニールプールを使ったのですが、意外な使い道に私もびっくりしました。最初の頃は譲り受けたベビーベッドでなんとかやっていたのですが、そのうち足がにょきにょき出てしまったり、子どもがよじ登ろうとし始めたりしてしまって。目が離せない状態が本当につらかったので、何とか解決する方法はないかと、夜な夜なウェブサイトを見ていたんです。
ある人がブログで「ビニールプールを出しっぱなしにして部屋に置いておいたら、意外に役に立つじゃないか」と書いているのを見て、これしかない!と。双子ではなく、お子さん1人を育てている方だったのですが。
-双子の子育てにこんな大変さがあるとは想像できなかった、と思ったのはWEB予約を2人同時にするときの困難さです。
◆けっこう難しい、双子2人分のWEB予約(2023年5月公開)
2回同じのを記入するのももちろん面倒なのですが、生年月日が一緒で、住所も一緒だと、エラーが出てはじかれてしまうんですよ。同時に申し込めない。この時は結局、電話で予約したんです。
-昨年は2人が中学3年生で高校受験の年でした。高校見学の申し込みや受験の手続きなどにもかかってくる話ですよね。
家庭や一つのメールアドレスで1人の申し込みを前提としたフォーマットなので、本当に苦労しました。世の中もどんどん変わってきているので、こうした設計も改善されてきている肌感覚はなんとなくあります。
-小さい頃のトイレの話も、印象に残っています。
◆ピンチ!双子は同時にトイレに行きたくなる(2022年6月公開)
一卵性だったせいか、なんでもタイミングが一緒なんですね。同じ時間に同じものを飲んだり食べたりしているので、それは一緒になるよなと思うのですが、必ず全部同じサイクルでやってくるんです。
-そんな双子だから見られる、ほほえましいシーンもたくさん描いてくれました。
双子のそう君・よう君が登場!!
-さて今日は、MIRACLE TWINSに登場する双子、そう君とよう君が会場に来てくれています。新聞で自分たちのことが連載されるというのは、一体どういう気持ちだったのか、せっかくなので、ぜひ聞かせてください。
よう君 新聞で連載をする中で、自分たちが小さかった頃、どういう気持ちで育ててくれたのかとか、こういうことがあったんだよという話を母がしてくれました。自分が小さくて覚えていない時の、つらい話や楽しい話をたくさん聞くことができたので、個人的にはとても楽しかったです。
-それを聞いて、すごくほっとしました。
そう君 子どもには分からない、親の視点や大変さが描かれていて、すごく面白かったです。普通に過ごしているだけでは子どもには親のその大変さは伝わらないので、こうして伝えてくれて、すごくありがたいなと思いました。
南家さん 初めて聞きました、そんな感想。
-担当編集者として、3年半ずっとお話の中で追ってきたお2人に実際にお会いすることができてうれしいです。今日はありがとうございました。
会場から
会場には、双子と一緒に足を運んでくれた方も。
家族で訪れた6歳の双子を育てる同市の大平敬済(たかずみ)さん(46)は「夫婦間のすれ違いは、うちもまったく同じでした。小さい会社なので自分は短い育休しか取れず、夫婦間でもピリピリし、精神的にも肉体的にもつらかったです」と明かしました。
イベントは、同市を中心に活動する多胎育児支援団体「SwingRing(すいりん)~ふたご応援プロジェクト~」が主催し、「東京すくすく」も共催。会場を訪れた親子連れは、「ふたごじてんしゃ」の試乗会などを楽しみました。
◆南家真紀子 MIRACLE TWINS(2020年7月~2023年12月公開)