いじめの被害者にも加害者にもならないため「3つの権利」を伝えよう 「いじめ防止法 こどもガイドブック」の佐藤香代弁護士に聞く
いじめ防止法10年 法律の効果は?
ーいじめ問題に関して、弁護士としてどのような活動をしていますか。
(2004年に弁護士登録し)2005年から18年にわたり、東京弁護士会の「子どもの人権110番」に関わっています。2022年には1200件を超える電話相談が寄せられました。そのうち、いじめに関する相談は250件近くにのぼります。
解決に向けて子どもや保護者に事務所に来てもらって話を聞いたり、子どもの代理人として学校に出向いたりすることもあります。現在は、いじめの対応に悩む学校からの相談も受けることが増えています。保護者向けのいじめ講演も行っています。
―いじめ防止対策推進法(いじめ防止法)が施行されて10年になります。
法律の目的(第1条)にあるように、いじめは、受けた子どもの「教育を受ける権利」を傷つけ、心身の成長に悪影響を与え、時には命の危険に発展することもあります。法律では、子どもたちを守るために、国や地方公共団体、学校に関わる大人が協力していじめをなくすよう求めています。
法律ができた効果として、いじめではないかと考えた時に、法律に基づく対応を学校に求めやすくなりました。また、保護者の側が、学校が法にそぐわない運用をしているのではないかと疑問を抱いた時にも、根拠を持って学校といじめの解決に向けた取り組みについて交渉することもできるようになりました。
東京弁護士会の子どもの人権110番や、東京都教育相談センターの学校問題解決サポートセンターなどの電話相談で、知識のある第三者の目で学校の運用をチェックしてもらうこともできます。
一方で、いじめの定義が広がり、認知件数が増えたことや人間関係が複雑な事案もあり、学校現場が対応に苦慮している様子もうかがえます。
被害・加害双方の言い分・思いに寄り添わないままに、大人の判断で早急に白黒つけようとしてしまい、その結果、関係した子どもたちが戸惑ったり、さらに心に傷を負ったりという状況をよく目にするようになりました。
加害の意図より「苦痛を感じたか」
-法律の課題はなんでしょうか。
一番課題に感じていることは、法律が採用している「いじめの定義」と、私たちが一般にイメージする「いじめ」との間に大きな開きがあることです。
多くの方は、「いじめ」と聞くと、みんなが寄ってたかって悪質な嫌がらせを繰り返すような状況を連想するのではないでしょうか。それに対して、法律では、ある子どもに向けられた行為で、その結果、その子どもが苦痛を感じた場合には、その行為をした側の子どもの意図や思いはさておき、「いじめ」として扱うことを求めています。
このような広い定義を定めたのは、学校の教職員が、いじめを広くとらえて、子どもたちの心の傷つきに対してアンテナを高くして対応していくことによって、子どもたちを守ることを期待したものと言えます。
実際、この定義のおかげで、今までは、学校がいじめとはなかなか認めようとしなかったようなケースでも、いじめとして認めてくれるようになりました。
子どもの心の傷つきの大きさや影響は、ほかの人が決めつけることはできません。なるべく早く適切な支援をすることが求められるので、支援を必要としている子どもを見逃さないという点では、今の定義は分かりやすいと感じています。
加害・被害の構図が適さない場合も
他方で、今の定義ですと、加害とされた側の子にも何か事情があったり、相手を傷つけるつもりがなかったような場合など、加害・被害の構図で対処することが適切とは言えないようなケースでも、「いじめ」となる場合があります。
そのような中で、一方的に「いじめ」をしたと批判されたり、何度も生徒指導を受けたりすると、どうしたらよいのかと戸惑ったり、反発心を持ったりしてしまい、かえって解決が難しくなっているケースも目にします。
法律が採用しているいじめの定義について、改めて、国民に広く理解を促して、考えてもらうことは必要なのかなと思います。
学校内でも、問題が起きた時ではなく、入学式や保護者会など、さまざまな場面で日常的に、いじめ防止対策推進法とそれに基づく学校内の制度や組織について、伝えていく努力が必要だと思います。
侵害される人権 「3つの権利」とは
―「いじめは人権侵害」という認識は広がっていますか。
子どもたちの中では「いじめはダメ」という認識は、十分浸透しています。にもかかわらず、例えば、かつて友達を傷つけたり、いじめをしていたりするような子については、「いじめられても仕方がない」という思いが、子どもにも親にも教師にもあるように思います。
しかし、いじめは人権を侵害します。その結果、いじめをした子どもたちが予想もしていなかったような深刻な被害を招き、最悪の場合には、命を奪うことにもつながります。そして、もしもそうなったら、いじめをした子どもたちや、それを周りでみていた子どもたちも生涯にわたるダメージを受けます。
だから、どんな理由や経緯があったとしても、いじめという方法で、憂さ晴らしをしたり問題を解決したりするような選択は誰であってもしてはならないのです。
―具体的にはどういうことですか。
「いじめ防止法 こどもガイドブック」では、人権について「安心の権利」「自分の価値を実感できる権利」「自分の意思が尊重される権利」の3つの権利だと紹介しています。
いじめは、この3つの権利すべてを侵害します。安全であるべき教室の中で、いつ、誰から攻撃されるか分からず、みじめな思いを抱え、自分の存在価値を感じられず、周囲におびえて思ったとおりのふるまいができなくなってしまう。人権は、私たちが自分らしさを発揮しながら生きていくために欠かせないエネルギーの源泉なのです。
法律の目的にある「心身の成長に悪影響を与え、時には命の危険に発展することもある」という点を再認識して、どんな経緯や事情があろうとも、そのような悲惨な状況に置かれても仕方がない子どもなんて1人もいないということを伝えたいのです。
日本の教育現場では、「人権を大切に」という言葉の意味を、「差別はダメ、弱い者いじめはダメ、他人を大切に」というような一般化された道徳的なメッセージに置き換えられてしまっていると感じます。
そうではなく、自分と相手の人権を守るということは、私たち誰もが健康に自分らしく幸せに生きていくために、必要不可欠なルールだと知ってほしいです。そして、自分が人権を侵害された時にも適切な方法で対抗し、何か困難に直面しても相手の人権を傷つける方法ではない、別のより平和的な方法を選べる人になってもらいたいと思います。
拙速な謝罪で問題が悪化する可能性
―いじめを受けた子どもの保護者の傾向に変化はありますか。
「いじめに立ち向かえ」「やり返せ」という親御さんは減っています。一方で、加害者を学級から排除してほしい、加害者にいじめを認めて謝罪してもらいたい、と望む親御さんが増えています。しかし、拙速な謝罪は問題を悪化させる可能性があります。
―それはどういうことですか。
事実関係や背景が不明瞭なままでは、加害者への有効な生徒指導は難しく、解決を急ぐためにとりあえずの謝罪の場を設けても、被害者からみれば的外れな気持ちのこもらない謝罪になりがちで被害者の心は癒やされません。
加害者も「相手から嫌なことを言われた」などの言い分があるかもしれず、自分が何をどう反省したらよいのか、十分に納得できていないまま、大人から説得されて謝罪を強いられることになり、本当の意味での反省をする機会を失ってしまいます。
また、こうした場に双方の保護者が立ち会うケースも増えていますが、被害者の親に厳しく責め立てられた加害者が不登校になったり、加害者の親による「そんなことでいじめと思うなんて」といった発言で被害者がさらに傷ついたりする二次被害を生むこともあります。
「許さない自分が悪いのか」と葛藤
さらに、学校が解決を急ぐあまり、加害者から謝罪をさせた後、被害者に「もうゆるしてあげて」と諭すこともありますが、この対応にも問題があります。
傷つけられた人が、相手を「赦(ゆる)す」というのは、傷つけられた痛みや苦しみ、怒りを自ら手放す作業であって、とても大変なことです。それなのに、第三者から「さあ、謝ろう」「謝ったからいいよね」と勝手に押し付けられても痛みはすぐには消えません。そうした中で、許さない自分が悪いのだろうかという新たな葛藤を背負わせることにもなってしまいます。
傷ついた被害者への早期のケアは必要ですが、安易な謝罪はむしろ状況を悪化させるケースの方が多い印象を抱いています。加害者が、自分の言い分も受け止められながら、被害者の痛みを理解し、自分の何が悪かったのか、これからどうすればいいのかを納得できたときに初めて、本当の意味での謝罪が実現するのです。
また、そうした謝罪であれば、それを受けた子どもは安心を得られ、自尊心を回復し、心のケアにつながることが期待できます。
子どもの「本音」を聞くことが大切
―いじめが原因でわが子が不登校になったらどうしたらいいですか。
いじめが原因という場合、親としては、いじめをした加害者を厳しく指導して、いじめをやめさせることが解決への道であると考えてしまいがちです。ただ、そうした取り組みがすぐに実現するケースもあれば、加害者側が強く反論したりして円滑に進まない場合もあります。
いじめの解決は重要ですが、まずは、子どもの最善の利益(子どもの権利条約第3条)の立場に立てば、今の子どもの苦しんでいる状況を少しでも改善するためにはどうしたらいいか(何が役に立ちそうか)を考えることが大切だと思います。
そして、それには子ども本人の話を聴くしかないのです。子どもには自分が関わる事柄について、自分の意思や意見を大人に聴いてもらい、それを尊重される「意見表明権」があります。どんなに親がその子を愛し心配しても、その人生の主役はその子自身であり、何がその子にとって一番役に立つかという問題も、まずは、その子自身の意見を聴くことから始めるほかありません。
子ども自身が、何が「つらい」のか、どうしてほしいのかといった本音を聞き出すことが大切です。今はスクールカウンセラーなど外部人材のサポートを受けることもできます。
大人が「いじめ」というキーワードから連想する解決策と、子どもの考えが違うことはよくあることです。
友達からひどい暴力を受けて学校に行けなくなったケースで、周りの大人は加害者と二度と接触しなければよいと思っていたのだけど、実際に子どもに話を聞いてみると「授業中、もう少しみんなが静かにしてほしい」と話してくれました。加害者との関係は「近寄らないようにするから大丈夫」とのこと。暴力が休むきっかけになったかもしれませんが、このケースで、子ども自身が苦しんでいたのはもっと広い教室全体の雰囲気だったのかもしれません。そうすると、加害者とされた子どもだけを排除しても問題は解決しなかった可能性があります。
家庭でも「3つの権利」尊重しよう
―わが子には被害者にも加害者にもなってほしくないですね。
先ほど挙げた3つの権利が大切だということを、お子さんに伝えるとともに、家庭内でも尊重してください。3つの権利はとても大切なんだと知っていれば、いじめを受けた際に権利が侵害されていること、自分でも「我慢してはいけないようなひどいことをされている」と気づくことができます。
そして何よりも3つの権利の大切さを知っていれば、他人の3つの権利も大切にでき、いじめ加害を防ぐことができるのです。
また、加害者自身が育ちの中で人権を侵害されて、そうした中で抱えたストレスが、第三者への加害、いじめにつながっている場合もあります。そういう例では、まず加害者の傷つけられた3つの権利をケアするためのサポートから始めないと、本当の意味での立ち直り・再発防止につながりません。
ガイドブックは弁護士との対話形式
法律の認知度は低く、昨年、埼玉県のNPO法人が全国約3万人の小中高校生を対象に行ったアンケートでは、64%が「法律を知らない」、25%が「内容がわからない」と答えました。
https://images.sukusuku.tokyo-np.co.jp/static-contents/education/54646/
ー今回出版したガイドブックについて、教えてください。
本では、法律の内容を子どもに分かりやすく伝えるとともに、「いじめを受けた」「いじめてしまった」「周りでいじめが起きた」というそれぞれの立場で抱える葛藤を、弁護士との対話形式で紹介しています。「いじめはだめ」一辺倒ではなく、子どもたちが目の前で起きている問題を自分なりに考えて、友達との間で起きるさまざまなトラブルを乗り越えるヒントになればと思います。
佐藤香代(さとう・かよ)
1979年、埼玉県出身。2004年弁護士登録。法律事務所たいとう代表弁護士。養護教諭を母にもち、学校問題に関心を抱く。2012年に日本社会事業大学(専門職大学院)に進学し、福祉の視点を学ぶ。東京弁護士会が主催する、子どもの人権をテーマにした劇「もがれた翼」シリーズに出演。共著に「Q&A子どものいじめ対策マニュアル」(明石書店)、「弁護士と精神科医が答える学校トラブル解決Q&A」(子どもの未来社)など。
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