途上国の子どもの命を守る最前線は今~インドネシアからの報告
スマトラ島南部のランプン州の中心部から車で約1時間。ペサワラン県ハヌラ村に着くと、強い日差しが照り付けていた。吹き付ける潮風が海に近いことを感じさせる。
村の中に入っていくと、美しい黄緑色に塗られた家が現れた。妊婦と5歳以下の小さな子ども向けの保健施設「ポシャンドゥ」だ。ポシャンドゥは、民家を提供してもらい、定期的な健診などの際、医師や看護師らが来て村の母子の健康をチェックする場だ。全国各地にこの形態の母子保健施設がある。
ポシャンドゥの前は、大勢の子どもや妊婦であふれかえっていた。妊婦さんたちが順番に家の中に入り、血圧や体重を測定してもらっている。ハンモック形の体重計では赤ちゃんの測定。びっくりして泣き出す子もいてにぎやかだ。
健診を受ける女性たちが持っていたのは、日本発祥の母子健康手帳。日本の母子手帳は今や世界約40カ国に広まっているが、実は最初に取り入れたのは、インドネシアだ。日本に研修に来たインドネシア人医師が手帳に出合い、帰国後、導入を強く働きかけたことがきっかけで1994年から使われ始めた。今では約8割の妊婦たちに配られている。「妊婦の健康管理がしやすくなり、妊産婦の死亡率が減った」という説明を聞いて、うれしくなった。
ポシャンドゥの重要な役割の一つが、感染症対策だ。この日は3カ月に1度のマラリアの血液検査の日。検査用に設けられたテントの中で女性たちが検査を受け、必要な場合は、医師に薬を処方してもらっていた。村でマラリアの感染率は500人中10~15人と高い。
妊婦がマラリアにかかると、流産や死産、胎児の発育不全などの恐れがある。病原体の寄生虫を媒介する蚊の侵入を防ぐため、殺虫剤を染みこませた蚊帳を妊婦に無償で配るなど予防啓発も行われていた。
インドネシアでもう一つ印象に残ったのは、感染症対策で活躍する女性医師たちの姿だ。ランプン州のハヌラ保健所でマラリアの治療に当たるデシ・プスパ・アンドリアニ・シレガーさん(33)は、2人の子を育てながら医師として働く。仕事中は近所の女性にシッターを頼んでいるという。「妊娠や出産をする女性は、男性に比べて医師にかかる機会が多い。イスラム教徒が多く、女性医師に診てもらいたいという女性は多い」とデシさんは女性医師の役割の大きさを感じている。
ジャカルタのジャティネガラ保健所では、医師7人のうち4人が女性だ。「パートナーときちんとコンドームを着けましょう。ウイルスは男性の精液や女性の体液、母乳などにいるんですよ」。保健所が各地域を回る移動診療所では、LGBTの人たち向けの講習会で、リンナ・ジャニアールさん(37)がエイズウイルス(HIV)から身を守るための知識を伝えていた。性的マイノリティーは、保守的なイスラム教団体の攻撃対象になりやすい。このため、LGBTであることを隠そうと、気になることがあっても近所の病院を受診できない人は多く、移動診療所はそうした人たちに医療サービスを届ける手だてになっている。
「医師として差別することは許されない」と毅然(きぜん)と話したリンナさん。その後、「私にも仲の良いLGBTの友だちがいる。お互い支え合わなくちゃ」と語った表情は柔らかかった。