指導者が怒るのは自己満足。それでは成長しない 益子直美さんと考える、子どもとスポーツのあるべき姿【前編】

谷野哲郎

益子直美さん(左)と今川綾音編集長=東京都新宿区の日本スポーツ協会で(木口慎子撮影)

 バレーボール元日本代表選手の益子直美さん(57)をご存じですか? 現在は日本スポーツ協会(JSPO)副会長、日本スポーツ少年団の本部長を務めるなど、子どもたちが安全にスポーツを楽しめる環境づくりに取り組んでいます。そんな益子さんに東京すくすく・今川綾音編集長がインタビューしました。今回、筆者の私・谷野哲郎はコーディネーター役。「子育て」×「スポーツ指導」のスペシャル対談を前・後編の2回でどうぞ。

「監督が怒ってはいけない大会」

 益子さんは昨年、女性で初めて日本スポーツ少年団本部長に就任。少年団に所属する全国54万人の子どもたちをまとめる一方、スポーツに関するハラスメントを防止する「NO! スポハラ」活動にも力を入れています。そんな益子さんに今川編集長が質問をぶつけました。

―初めまして。よろしくお願いします。今日はスポーツを教える側の視点と教わる側の子どもの保護者がどのように考えたらいいかについて、たくさん伺いたいと思っています。

 こちらこそ、よろしくお願いします。子どもたちをどう指導していくかはとても大切な問題で、私自身も日々勉強している最中なんです。

◇益子直美(ますこ・なおみ) 1966年、東京都生まれ。中学時代にバレーボールを始め、日本代表として活躍。現役引退後は指導者、スポーツキャスターとして活動。2023年には女性初の日本スポーツ少年団本部長に就任。日本スポーツ協会副会長、「NO! スポハラ」活動実行委員会委員も務める

―そうなんですね。スポーツ界の指導はこの10年で変わってきた印象を受けますが、益子さん自身はどのように向き合ってきたのですか?

 そうですね、例えば、私は「監督が怒ってはいけない大会」というバレーボールの大会を開いて今年で丸9年になります。文字通り、監督やコーチが子どもたちに怒ってはいけないルールなのですが、最初は私自身もブレブレで。同時期に大学でも教えていたのですが、そこでは怒ってしまったりして。今の考えに落ち着くまでに時間がかかりました(笑)。

―益子さんが怒っている姿は想像しがたいです。

 最初はよかったのですが、次第に自分の指導の引き出しがなくなってしまったんですね。私自身、怒られた経験しか成功体験がなく、指導者としての学びをしてこなかったので、それを使うしかなくなってしまったんです。

 いろいろな指導法を学ばなければいけないとは思っていたのですが、今さら、若い人と肩を並べて勉強できないとか、元日本代表なのにとか。変なプライドがあって(笑)。でも、50歳を過ぎて、スポーツメンタルコーチングについて学び、(怒りの感情と上手に付き合う)アンガーマネジメントを勉強して、そこからは軸がぴたっと定まりました。

怒らなくても勝てる、成長できる

 本欄では昨年11月に「NO! スポハラ」活動のことを記事にしました。取材して感じたのは、この活動にはまだまだ学ぶべきものがあるということ。そこであらためて日本スポーツ協会に取材を申請。前回とは違った視点を盛り込むため、今川編集長にインタビュアーをお願いしました。

―子どもを教えるってすごく難しいことだと思うんです。私は学生の頃、バスケットボール部だったのですが、今考えると、むやみに怒られたり、パワハラのような指導を受けたりしたこともありました。

◇今川綾音(いまがわ・あやね) 1978年、埼玉県生まれ。2005年、中日新聞社に入社。東京新聞の子育てウェブメディア「東京すくすく」を2018年に立ち上げ、2021年から編集長を務める。子どもは小中学生3人。現在、次男が始めたサッカーを勉強中

 昔は厳しくてナンボ、つらさを乗り越えてやるというのがスポーツでしたから。でも、今は変わってきてますよね。科学的にエビデンス(根拠)がはっきりしてきたじゃないですか。水を飲んではいけないとか、肩を冷やしたらダメとか、根性論でやってきた人には、「これ見てください!」とデータを示せばよくなりました。感情ではなく、根拠に基づいてやることが大切だと思います。

―厳しさとパワハラの違いって何なのでしょう? 例えば、うちの子どものサッカーの試合を見に行くと、強いチームはピッと規律がしっかりしているのが分かります。厳しさとパワハラは背中合わせのような気もするんです。

 実は私たち、監督は怒ってはいけないと言っていますが、厳しくしてはダメとは決して言ってないんです。強くなるために厳しさは必要。でも、怒ってはいけないというと大抵の人が、「今日は怒らないぞ」「勝ち負けよりも楽しんでやれ」と勝利を手放してしまう。私はいつも、「えっ、勝たなくていいの?」と思うんです。

 勝利は手放さないでください。勝ち負けがあるからこそ、子どもは成長するし、負けて学ぶこともたくさんあるからです。でも、怒らないと勝てないと思っている監督さんがすごく多くて…。だから私は「監督、怒りがなくても勝てますよ。怒りがなくても育成と勝利、両方手に入る指導方法を見つけてください」って言うんです。

厳しさはあってもいい、罰はダメ

―具体的にはどのように考えたらいいのですか?

 子どもがミスしたとき、多くの指導者は「何をやってるんだ!」「そんなミスするなよ!!」と叱りますが、それで子どもはうまくなりません。ミスしたことには理由があって、それに気付かせてあげないと、進歩が生まれない。「今のプレーはどう思った?」「フォームはどうだった?」と問い掛けてみるのもいいですね。怒る指導者は叱って自分が満足しているだけです。

「監督が怒ってはいけない大会」に参加し、笑顔を見せる子どもたち。右は益子さん=「監督が怒ってはいけない大会」提供

―厳しくしてもいい、ということでしょうか?

 自分を成長させるために、ある程度厳しい練習は必要だと思います。ただ、厳しい練習だけではケガの恐れもあるし、また、それを罰にしてはいけません。例えば、ミスしたら校庭何周走れとか、バレーなら一人でレシーブさせたりとか、そういうことではなく、うまくなるために目標を設定し、どうしてこういう練習をするのか、時には厳しい練習を乗り越える必要も出てくるということなどを理解してもらうことが大事です。

―これまでのやり方を変えるのは勇気が要りますよね。

 はい。でも、必要なことですから。私は「子どもたちにはチャレンジしろと言っているのに、自分はチャレンジしないんですか? 普段と違う指導方法に監督もチャレンジしてください」と言っています(笑)。

怒りは防衛感情 指導ではない

 益子さんはよく、先生や監督から「やる気がない子どもには、怒ってもいいのですか?」という質問を受けるそう。その際、益子さんは、こんな言葉を返すのだそうです。

 例えば、職場にやる気が見られなかったり、落ち込んでいる人がいたらどうしますか? まず、「何かあったの?」と聞きますよね? 何で、子どもだと一方的に叱ってしまうんですか?

 子どもも一人の人間です。学校や家で何かあったかもしれない。どうしてやる気が出ないのか、大人と同じように聞いてあげたらいかがですかって言うんです。

 そういう人って、やってもらわなければ困ると、怒って、無理やりやらせようとするんです。でも、知ってます? 人間、怒りが生まれるときって、何か自分を守りたいときなんです。怒りは防衛感情なので。自分の肩書、プライド、立場を守ろうとして怒りが生まれている。それは指導ではないと思うんです。

「NO! スポハラ」活動実行委員会の委員も務める益子さん(JSPO提供)

=後編「私が嫌だったのはバレーではなく、暴力や勝利至上主義だったんだ―。益子直美さんと考える、子どもとスポーツのあるべき姿」に続く

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の記者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。

コメント

  • 私ももりもりさんの意見と同じです! 今でも怒ること=指導と思っているコーチが多くて、自分の子がみんなの前で「バカ」とか「消えろ」とか言われるのを黙ってみているしかなくて、車の中で泣いているのを
    よさこい 女性 40代 
  • 益子さん、ありがとうございます♪ この記事を見つけたときに本当にこれだよ!と共感しました! 早く指導者みんなが気づいてくれることを願っています。 我が子が小学生のときにコーチに罵倒されたり怒
    もりもり 女性 40代