女性アスリートは生理とどう付き合う?「1252プロジェクト」で競泳元日本代表・伊藤華英さんが伝えたいこと【前編】
不調を生理のせいにできない
伊藤さんは競泳の元日本代表選手。北京、ロンドンと2度の五輪に出場するなど活躍し、2012年に引退。その後はさまざまな形でスポーツ振興に努めてきました。今年6月には、一般社団法人「スポーツを止めるな」の代表理事に就任。「1252プロジェクト」の活動に力を入れています。
「1252プロジェクト」をご存じですか? 女性アスリートが抱える生理の問題に対し、一流アスリートの経験や医療・教育の専門的知識を持って向き合う情報発信プロジェクトのことで、1年52週のうち、生理が約12週訪れることが名前の由来。イチニーゴーニーと読みます。
―初めまして。東京すくすくの浅野です。今回は生理の問題に悩む読者の方やお子さんにも読んでもらえる記事になればいいなと思っています。よろしくお願いいたします。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
―まず、どうして「1252プロジェクト」を始めようと思ったのですか?
「きっかけはリオ五輪のときです。中国代表の競泳選手が『生理で体調が悪く、リレーのメンバーに迷惑を掛けた』と話しているのを聞いて、ハッとしたのでスポーツ雑誌に自分の経験を書いたんです。そうしたら、すごく反響がありました。これは個人の問題ではなく、社会課題だと感じ、生理について発信していこうと考えました」
―具体的にはどんなことを感じたのですか?
「えっ、コンディションの不調を生理と言っていいんだ!と、驚いたんです(笑)。例えば、アスリートは風邪をひいたら自分のせいですよね。同じように、生理も自分自身の調整不足、調整失敗だという認識だったので、コンディション不良の理由にしてもいいというのは、私の中では大発見でした」
根強い日本の「ナプキン文化」
―伊藤さんも現役時代は生理で悩んだのですか?
「私は初経が13歳だったのですが、高校生くらいからしんどくなりました。私の場合は特に生理の前がつらいんです。体重が2、3キロ増えたり、メンタル的に不安になったり、イライラしたり。当時はPMS(※下記参照)という言葉も知らなくて。自分自身がわかっていない上に、周りでそういう話をしている人もいない。だから、生理が来るまでの我慢だと割り切っていました」
PMS(月経前症候群)
「Premenstrual Syndrome」の略。月経の3日から10日くらい前から出現し、月経が始まると消失、軽減する体調や精神的不調のこと。イライラや躁うつ、下腹部痛、頭痛など、人によって個人差がある(日本産科婦人科学会HPより)
―伊藤さんは大学生のときに日本新記録を出していますが、そのときは生理と重ならなかったということでしょうか?
「そうだと思います。というのは、当時は若かったですし、月経周期とかあまり考えていませんでした。でも、生理前になると、『どうして、こんなに練習や試合に集中できないんだろう』とか、周りの人を見て、『速そうだな』と不安になったり、後輩の態度にイライラしたり、突如、訪れるメンタルの変化に戸惑っていました」
―競泳は水の中のスポーツですが、生理が来たときはどう対処するのですか?
「タンポンを入れるのが普通です。気持ちが悪い感じ? それはあまりないですね。13歳からタンポンなので。月経カップ(※下記参照)を使っている人もいますが、日本はビデがトイレにない場合も多く、取り換えるときに手が汚れたりするので、使用していると聞く機会は少ないです」
月経カップ
シリコン製のカップのことで、膣(ちつ)内に装着して経血をためる仕組み。ナプキン3、4枚分をためることができ、繰り返し使うことができる。
―調べたら、最近は12時間使える月経カップもあるんですね。
「そういう知識があるとやってみようと思う人も出てくると思うのですが、そもそも、生理用品について知る機会があまりないですよね。競技によっては使いやすい生理用品があると思うので、もっと知ってもらえたら。日本はまだまだ、ナプキンだけという文化なので、そのような認識も少しずつ変化していけばいいなと感じます」
五輪ではピルでの調整に失敗
―北京五輪のときの話を聞かせてください。ピルを飲んで臨んだそうですね。
「五輪の本番で月経が来ないようにずらさなきゃと思い、あのとき、初めてピルを飲みました。中用量ピルです。でも、結果的に体重が4、5キロも増えた上、メンタルもひどい状態になってしまって…。ずっとPMSというか、月経前のような状態が続いて、絶好調とはほど遠い状態になってしまいました」
―当時、日本代表選手に生理についての指導や講習などはなかったのですか?
「全くないです(笑)。当時は(代表選手が練習を行う)ナショナルトレーニングセンターにも婦人科医はいませんでした。今は常勤でいますけどね。そのころは選手も皆、痛みは見せない、弱みも見せられない。そんな感じでした」
―生理への対応に失敗したことは成績に響きましたか?
「それだけではないと思いますけど、特に五輪は0.01秒を競う舞台。ベストコンディションで迎えるべき場所でその状態というのは、よくないですよね。体重が大幅に増えている時点でだめでしょうし、思ったようなレースはできなかったです(100メートル背泳ぎ8位、200メートル背泳ぎ準決勝敗退)。あのときは、低用量のピルがあることも知らなかったし、ピルが悪いというよりは、私の知識不足が原因。そういうこともあって、若い世代に正しい知識を身につけてほしいと思っているんです」
人に言えない、相談できない
伊藤さんは今、マスコミへの対応だけでなく、中高生向けの出張授業も精力的に行っています。若い世代は生理について、どのように考えているのか、何が問題になっているのかについて、聞きました。
―「1252プロジェクト」では、学校を訪れて生徒と話す機会も多いと思いますが、彼女たちの生理への意識は?
「参加していただき学生の皆さん、指導者の皆さんの意識は変わってきていると思うのですが、生理に関して他人に言いにくいというところは変わっていません。人に言えない、誰に言っていいのかわからない、そもそも、人に相談することなのかさえ、判断できない。そういう方が大多数です」
―生徒に伝えるのは難しそうですよね。
「思春期を迎えて、初経を迎えたセンシティブな世代にどんなふうに伝えていくかは慎重に考えながら進めています。生理のことって、しゃべっていいんだよ、オープンにしていいんだよと一概に言えるものではありません。平気で話せる子がいる一方、それが嫌だという人もいるので。ただ、子どもたちが一定の知識を持つことが大事で、そのためには、サポートしていく大人も、しっかり成長できればいいのかなと思っています」
―学校生活や部活の中で、何かこういうルールがあったらいいというのはあるのでしょうか?
「そうですね、彼女たちとのディスカッションでよく聞くのは、例えば、生理のことを相談できる友人をつくるとか、部活動であれば、生理について言える機会を1カ月に1回つくるとか。生理のことを把握できるように、ノートに書いて、見てもらうのもいいですね。間接的に知ってもらいたいという意見もありました」
―ノートというのは?
「練習ノートというのが、だいたいの部活にはあって、そこに体温や体重などのデータだけでなく、生理の日にちとか書いて、体調管理をしたいという子がいました。それを見ることで、指導者は配慮ができると思います」
「妊娠?」婦人科受診の抵抗感
―なるほど。ノートはすぐに始められますよね。
「困るのは、個人競技とチーム競技では状況が違うこと。チーム競技だと、(生理だと明かすと)練習したいのにできないとか、レギュラーを外されてしまうとか、そういうのが嫌で、隠してしまうケースがあります。あとは上下関係ですね。1年生が3年生に言いにくいというのは今も昔も同じ。あと、若くて元気なので、月経周期を把握するのが面倒くさいという学生の方もいます。私も気持ちはわかります」
―いろいろなケースがあるのですね。
「女性は初経から閉経まで、月経が正常周期、正常月経で来ていることが、健康を保つためにとても重要なことです。そのために、ずらしたり、調整したり、さまざまな対応ができます。だから、婦人科医の先生たちは何かあればすぐ来てほしいと言っています」
―高校生のためのユースクリニックというのもありますよね。
「はい。でも、まだ認知度は低いです。なので、婦人科がいいと思うんですが、学生の皆さんからは『婦人科に行きにくい』とすごく言われます。周りから『妊娠してないのに、何で婦人科に行くの?』とか『あの子、妊娠したんじゃない?』と思われるのでは、と抵抗があるそうです。これでは、行きたくなくなりますよね。これは、大人が変わっていかなければいけない話。私は生理のことを正しく理解する社会に変えていく必要があると思うんです」
伊藤さんの主張は徐々に熱を帯びてきました。生理で「社会を変えていく」とはどういうことなのでしょう。後編に続きます。
◇後編はこちら → 生理にまつわる悩み… 親の経験を押しつけないで 競泳元日本代表・伊藤華英さんと考える生理と子育てのこと【後編】
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