子どもが悩んでいたら伝えたい、小平奈緒さんの言葉と生き方 楽しくではなく「愉」しく、自分らしく

谷野哲郎

コラム「アディショナルタイム」

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思慮深い言葉で知られる小平奈緒さん=2022年10月、東京都内で行われた引退会見で(戸田泰雅撮影)

 先日、平昌五輪の金メダリストで、元スピードスケート選手の小平奈緒さんの講演を聞く機会がありました。「知るを愉(たの)しむ」と題した1時間半の講演は、内容が濃く、勉強になることばかり。あらためて感じたのは、小平さんの人生には、教育や子育てに関するヒントがいっぱいだということでした。今回は、これまでの小平さんの発言を振り返りながら、親としてどうあるべきかを考えてみたいと思います。

心が動くことが大切だから「愉」

 講演会は3月5日、茨城県つくば市内で行われました。500人の定員は満席状態。誰もが熱心に小平さんの話に耳を傾けていました。

 テーマは「知るを愉しむ」。「楽」ではなく、「愉」の字を使っているのは、心を示すりっしんべんに旁(つくり)の部分が「運ぶ」という意味の兪(ユ)で構成されているからで、心が動くことを大切にしているからだそう。

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引退後は講演活動も行っている小平奈緒さん=2022年

 「表面的な楽しさは、楽(らく)って書きますよね。そうではなく、興味を持ったり、好奇心を持つことが、本当の楽しさじゃないのかなと思うんです。なので、うれしいことだけではなく、苦しいこともつらいことも、自分の中で心さえ動いていれば、それを愉しむことができるんじゃないかなって。それが私の生き方の軸になっています」と話し、観客をうなずかせていました。

 残念ながら、講演はテーマに関する部分と質疑応答に関する部分のみOKで、内容を詳しく書くのはNGとのこと。もし、知りたいという方がいたら、近くで小平さんの講演があったときに、お子さんと一緒に行ってみてください。「行ってよかった!」と思うはずです。

北京五輪で見せたあきらめない姿

 ただ、これで終わるにはあまりにも惜しいので、過去の小平さんの言葉から、彼女の生き方を振り返ってみたいと思います。

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2018年の韓国・平昌で行われた冬季五輪・女子500メートルで金メダルを獲得した小平奈緒さん(潟沼義樹撮影)

 小平さんは長野県出身のスピードスケート選手。2010年のバンクーバーから4大会連続で五輪に出場しました。2018年の平昌五輪・女子500メートルでは日本女子スピードスケート初の金メダル(1000メートルでは銀メダル)を獲得するなど、2022年10月に引退するまで、日本のウインタースポーツをけん引したアスリートの一人です。

 個人的に印象深かったレースがあります。2022年2月の北京五輪です。このとき、小平さんはアクシデントに襲われていました。直前に雪道で滑って右足首をねんざし、靱帯(じんたい)が切れてしまっていたのです。それでも彼女は、あきらめることなく、滑りました。結果は500メートルが17位、1000メートルが10位でしたが、言い訳もせず、堂々と、最後まで滑りきった姿が心に残りました。

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2022年の北京五輪で1000メートルを滑る小平奈緒さん(木戸佑撮影)

「ありのままの姿を表現できた」

 このとき、小平さんはどのように考えていたのでしょうか。実は2022年7月に東京新聞の企画で大相撲・御嶽海関と対談したとき、こんなふうに打ち明けています。

 「あの状況だと、想像ができてしまうんですね。これでもうメダルには届かないし、良い結果は得られないって。その中で、私が私でいられることを証明できたことが、一つ大きな収穫でした。ありのままで突き進む姿を表現できたと、私の戦いをすごく誇りに思いました」

 思い出したのは、フィギュアスケートの浅田真央さんのこと。2014年のソチ五輪、浅田さんは金メダル最有力と言われながら、転倒して、まさかのSP16位。誰が見てもメダルは無理という状態になってしまいました。しかし、翌日のフリーでは自己最高ともいえる素晴らしい演技を見せました。

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2014年2月のソチ五輪で、フリーの演技を終え、観客の歓声に応える浅田真央さん(内山田正夫撮影)

 このときの小平さんも同じです。メダルが無理でも、どんな不利な状況でも、胸を張って、そのときやれることにベストを尽くす。あきらめずにやりきるという姿勢に、見ている人は心を動かされたのでしょう。

 私たちの仕事も、子どもの学業やスポーツも、いつも最高の結果が出るとは限りません。トラブルで実力が発揮できなかったり、不運に見舞われたりして、悔しい思いをすることは少なくありません。そんなとき、どのように考えたらいいのかを、教えてくれた気がしました。

「氷上の詩人」がつむいだ言葉

 「私が私のままでいられる」「ありのままの自分を表現する」という言葉の選び方が、小平さんらしいと思いました。小平さんは現役時代、思慮深く哲学的な言葉を話すことから、「氷上の詩人」と呼ばれていました。

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小平奈緒さんの著書「Link」(信濃毎日新聞社)

 昨年10月に発刊された自著「Link」(信濃毎日新聞社)の中には、さまざまな名言が掲載されています。

「何をするか、よりも、どうしたいか」

「与えられるものは有限、求めるものは無限」

「期待は背負うものではなく、抱くもの」

 どれも考えさせられるものばかり。そして、平昌五輪で金メダルを獲得した後の競技人生を振り返った箇所にはこんな一文がありました。

「勝つことに意味を見いだすのではなく、人生の豊かさについて考えるようになりました」

 小平さんは続けます。

「人間はそれぞれ生まれ持った身体に違いがあり、その身体を最大限に活かしながら成長していく過程に大きな意味を持つように思います」

「順位や数字の優劣で相手や自分自身の価値を決めつけるのではなく、違いを尊び、誇り高く生きていくことで、新しい自分自身の価値やスポーツの価値に気づくことができるのではないでしょうか」

 人生で大切なのは、他人との競争ではなく、自分自身がどうありたいか―。もし、お子さんが人生の壁に当たったり、悩んだりしたときには、小平さんの考え方を教えてあげてください。きっと救いになるはずです。

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引退セレモニーで花束を手に拍手に応える小平奈緒さん=2022年10月、長野市のエムウェーブで(木戸佑撮影)

子どもの前でどんな大人でいるか

 いかがでしたか。小平さんについては以前、本欄で「楽しむよりも面白がる」をテーマに取り上げましたが、今回はもう一歩進んで、「愉しむ」「自己を高める」「自分らしく表現する」という考え方を紹介させてもらいました。

 最後は、拍手喝采だった講演の質疑応答を書いて、終わりにするとしましょう。

 年配の男性から、こんな質問がありました。「どうしたら、そんなに前向きにモチベーションを保てるのですか?」。小平さんは、こう答えました。

 「私は、お仕事をしている中で大切にしていることがあって、愉しそうな大人でいようと思うんです。子どもや今、将来を思い描いている人って、目の前の大人に将来の自分を重ねるのではないでしょうか。だから、ああ、今日も疲れたなとか、しんどいなという顔をしている大人を見るよりは、何だか分からないけど、愉しそうだなという大人の方がいいと思うんです」

 子は、親を見て育つもの。愉しそうに何かに夢中になる大人でいることは、最良の子育て法かもしれませんね。

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2019年の台風19号の被害に遭った地域でボランティア活動をする小平奈緒さん=2020年6月(野村和宏撮影)

小平奈緒(こだいら・なお)

 1986年、長野県茅野市生まれ。元スピードスケート選手。五輪はバンクーバー、ソチ、平昌、北京と4大会に出場。2018年平昌五輪の女子500メートルで金メダル、1000メートルで銀メダルを獲得した。ワールドカップ(W杯)の500メートルと1000メートルで日本歴代最多に並ぶ通算34勝。2022年10月の全日本距離別選手権で現役を引退した。165センチ。現在は相沢病院勤務、信州大学特任教授。

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。
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  • ちいかわ says:

    気になったので、帰りに本屋に行って「Link」を買いました。講演内容を知りたいので、近くに来たときには必ず行こうと思います。心が動く=愉しいっていいですね。勉強になりました。

    ちいかわ 女性 30代
  • ポメラニアン says:

    小平さんは大好きなアスリートで、すごくうれしかったです。愉しいって、いい言葉ですね。今までは、どうしても仕事で疲れてしまうので、つい子供を怒ってしまうことがありました。逆効果みたいなことしてました。これこらは親子で愉しむことを考えます。

    ポメラニアン 女性 30代

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