教育虐待につながる”3つの言葉”使っていませんか 強まる中学受験の重圧 親が子どもを追いつめる

(2019年11月18日付東京新聞朝刊に一部加筆)
子育て世代がつながる
 子どもに度を超えた勉強をさせる「教育虐待」。「ルポ 教育虐待-毒親と追いつめられる子どもたち」の著者で、教育ジャーナリストのおおたとしまささん(46)は、中学受験を舞台に親が子どもに勉強を強いることがあると言います。教育虐待をしているかもしれない、しそうだと思う親はどうすればいいのでしょうか。気づくポイントと子どもへの向き合い方を聞きました。
教育ジャーナリストのおおたとしまささん

教育ジャーナリストのおおたとしまささん

特集・変わりたいあなたのために

「中学受験は親の受験」…親へのプレッシャーが強まっている

-教育虐待とはどんな状態でしょうか。

 子どもが受け入れられる限度を超えているのに、たたいたり、暴言を放ったり、無視したりなどの精神的、肉体的な苦痛を与えて勉強させることを「教育虐待」と呼んでいます。親が受験や進学について子ども本人の意思を無視したり、軽視していることが前提にあります。「ここからは教育虐待」という線引きをしたら、そこまではやっていいということになってしまうので、明確な基準はありません。

 近年は、特に中学受験で「親の受験である」「親が頑張らないとダメ」などと言われるようになり、親へのプレッシャーが強まっています。「子どもの成績が悪いのは私のせい」と思い詰めている親も多い。先行きの不透明さが増す中、親が「大丈夫?本当にそれで大丈夫?」と、子どもに不安を投影しているように見えます。中学受験での教育虐待が増えているとすれば、そのせいだと思います。

子どもへのイライラは、親が自分の未熟さに気づくチャンス

-自覚のない親も多いと思います。親自身が気づくポイントはありますか。

 子どもを見ていれば、SOSを発していますよ。5時間勉強をしても大丈夫な子もいれば、1時間でも苦しくなる子がいます。

 具体的には、過酷な受験勉強の中でも子どもが元気かどうかを見ることです。1日の勉強が終わった時に「ああ、終わったぁ~」という達成感を味わえているか。苦しくても、充実していれば目は輝きます。目に力が無いのはまずいですね。

 そもそも、親が子どもに対してイライラしたり、モヤモヤしたりするのは、親が子どもに対して「こうあるべき」「こうなってほしい」と求めるばかりで、子どもを1人の人間として尊重する意識が低いからです。

 イライラを解消したい時は、子どもを変えようとするのではなくて、自分を変えるべきです。今の子どもの振るまい、成績はそのままだとして、自分の中のイライラやモヤモヤを解消するにはどうしたらいいかを考えてみてください。結局のところ、親自身が自分の中の未熟さに気づき、向き合うしかないのです。そうやって親は、親として成長するのだと思います。

 もちろん、教育虐待の自覚があり、「止められない」という場合は、児童相談所に相談したり、専門の心理カウンセラーに頼ることも大切です。教育虐待は子どもの人権侵害ですから、一刻も早くやめるべきです。第一志望の学校に入ってもチャラにはなりません。子どもにとっては一生残る傷なのです。

「あなたのため」「いい教育を」「選択肢を増やしてあげたい」

-なぜ、子どもに過度に求めてしまうのでしょう。

 理由は複合的だと思います。親自身が「これが正解」という教育を受けてきたので、子育てにも正解があると思ってしまう。情報をいっぱい集めて、その「正解」に子どもを合わせなくてはと思ってしまうのです。親自身が幼いころに「あなたはダメだ」と言われ続けて育ち、自己否定するくせがついていると、それを子どもに投影してしまう場合もあるでしょう。

 「あなたのため」「いい教育を受けさせたい」「選択肢を増やしてあげたい」という言葉を日常的に使っていませんか。そういう人には気をつけてほしいな、と思います。

 「いい教育」と言っているのは、どんな教育なのでしょう。「いい教育を受けさせるために受験させる」などと言う人がいます。でも、偏差値の差や学校の違いだけが教育の質にかかわるわけではありません。親の窮屈な人生観によって、子どもを追い詰めてしまうことを自覚する必要があります。

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おおたとしまささんの著書「ルポ 教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち」

 「選択肢を増やす」というのも要注意です。「選択肢を広げるために東大にいかせたい」と言う親にも出会ってきましたが、そうでしょうか。「頑張って東大に入ったのだから、年収のいい職業に」「社会的地位の高い仕事を」と、結局、限られた範囲の中から将来を決めつけてしまう場合が多いと思います。

感情的になる=「溺れている」 いったん落ち着いてみよう 

-おおたさんもお子さんがいますが、イライラしないのでしょうか。

 感情的になって怒ってしまう時はありますよ。そういう時は、「自分は今、溺れている」と思うことにしています。溺れている時は、口を閉じて、手足をばたつかせるのをやめますよね。いったんフリーズする。少しでも間を置きましょう。

 あと、抽象的な言い方になりますが、教育虐待をしてしまっている、と思ったら、子どものふがいなく見える部分も含め、ありのままの子どもを愛おしいと思う気持ちを思いだしてほしい。「お勉強がよくできる、よその子と交換しますか」と言われたら、嫌ですよね。

 子どもに「どんなあなたでも、私にとってはかけがえのない存在。ダメなところも含めてあなたのことを愛している」と伝え、安心感を与えてほしい。親だって不完全なのですから。安心感がある時に子どもは一番のパフォーマンスを発揮します。

-配偶者が教育虐待をしている場合はどうすればいいでしょうか。

 もし、目の前で教育虐待が行われていたら、僕は「それは傷つけすぎている」「もう止めて」と言って、子どもの前に立ち、盾になるべきだと思います。深刻な場合は、児童相談所など専門機関に相談することも必要でしょう。

 微妙だなという時でも、少なくとも子どもにとっての安全地帯になってあげてください。子どもがつらそうにしていると思ったら、まずは一緒にいて話を聞いてあげたり、楽しい時間を過ごしたりして様子を見ます。

親が教えるべきことは?「すべての人の人生に価値がある」

-親にとっては子どもの教育はどうしても悩んでしまうテーマです。今、悩んでいる親にメッセージを。

 受験など子どもの人生の重大な出来事を前に、最初から適切に接することができる親なんてなかなかいません。傷つけたかもしれないと思ったら、自分の未熟さに向き合い、そこから一歩ずつ親として成長する心意気が大事だと思います。

 教育虐待をしてしまう人たちは、「こうして生きていかなければ」という不安が強い傾向があると感じています。むしろ、親がすべきことは、どんな学歴でもどんな職業でも、すべての人の人生がかけがえのないもので、価値のあるものだと教えることでしょう。親自身が自分の人生に誇りを持ち、自由に生きられたら、子どもに強いることもなくなっていくのではないかと思います。

教育虐待とは

 厚生労働省によると、教育のためという理由でも言葉での脅しや無視、きょうだい間での差別的扱いは「心理的虐待」にあたる可能性がある。おおたとしまささんの著書「ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち」(ディスカヴァー携書)には、子どもへの影響などが詳しく書かれている。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年11月18日

11月は児童虐待防止推進月間。虐待を防ぐため、親子を支えたり助言したりする人々から、子育てに奮闘する親たちへのメッセージを〈特集 変わりたいあなたのために〉として随時掲載します。

すくすくボイス

教育虐待を「受けた」「してしまった」…経験談を教えてください。

いただいた投稿は、東京すくすくや東京新聞など、
中日新聞社の運営・発行する媒体で掲載させていただく場合があります。

コメント

  • 匿名 より:

    中学受験をしていたときに、テストの点数が悪く、ハンガーで叩かれたり、蹴られたりしました。

  • 匿名 より:

    現在23歳で、地方公務員として働いています。父と母は仲が良く、よく一緒に出かけます。地元を離れた姉は結婚が決まり、弟はオンライン授業ではありますが大学生活をそれなりに楽しんでいます。
    新型肺炎の影響で1度は職に溢れた私を、両親は優しく受け入れてくれました。無収入な状態でも、何も言いませんでした。
    なんでもっと早くから優しくなってくれなかったのか。
    優しい両親を見る度に思います。

    ゴミ箱に父の足が当たり、大きな音がしました。どうでもいい日常の1部ですが、早朝に起こされ苦手な算数を父の監視の元にやらされ怒鳴られゴミ箱を蹴る、あの瞬間が蘇ります。
    仕事中に手に持っていたペンを落としました。「集中が切れた証拠だ。」「そんなんじゃどこにも受からない。」「負け組になる。」誰に怒られる訳でもないのに、職場でごめんなさいと言おうとしていました。

    私に対する父の熱心さは、母も問題だと感じていたそうです。ですが、たった一度、「お前は関係ないだろう。」と言われただけで口を出すのをやめたそうです。母は父が自分をバカにしたことや父の視野が狭いことを私に説明しましたが、母からすれば自分のプライドの方が私よりも価値のあるものだったというエピソードにしか聞こえませんでした。

    私には、大学で出会った彼氏がいます。優しくて、ちょっと抜けてて、日曜日の朝に見るヒーローみたいな、男の子、です。父には似ても似つかない、虫も殺せないような人です。
    「女の子はお父さんに似た人と結婚する」という都市伝説めいた話が何度も頭を過ります。もし彼を家族に紹介して、「ちょっとお父さんに似てるね」なんて言われたらどうしよう。
    時々、夢を見ます。まだ居もしない自分の子供を、算数が出来ないと怒鳴りつける夢です。

    私は両親を何度も失望させました。きっと両親も誰かに失望されたんだろう、許すつもりはありませんが、同情ならします。
    両親からの愛は、今更期待しません。
    私と両親の間に、最大の愛の言葉があるとすれば、それはきっと「さようなら」です。

    私は私を愛するため、私を愛してくれる赤の他人のため、家族から離れることを決めました。今はまだその道の途中ですが、そう遠くはない日に。

    中途半端な文となってしまいましたが、父が帰ってきてしまうのでここまでとさせていただきます。

    私はただ、「そこにいてもいいよ」と言われたかっただけなのでしょう。

  • 匿名 より:

    中学一年生です。唐突ですが、自分が通っていた幼稚園では、コミュニケーション能力を鍛える為か、よく喋ったり、自己紹介をしあったりする所で、勉強という勉強はしない園でした。それもあってか、叔母は「早く平仮名を書ける様になりなさい!」等、兎に角早くしなければすまない人でした。
    父は自分が一歳頃に母が離婚しており、実家に殆どいるのはひい爺と叔母、そして自分だけでした。園から自分が帰って来ると、早速叔母は「今日は十二支を少し覚えようか!」と、一日に必ずは何かを覚えさせられました。
    他の人と比べれば全然教育虐待ではないと思いますが、ここからが本番なのです。
    自分が小学生になり、叔母の発言は少しずつ荒くなっていったと思います。算数の宿題の時では、
    叔母「これはこうでしょ!」
    自分「分からないんだよ!」
    叔母「あー!もう!どうして分からないの!?」
    という会話が毎日続きました。
    自分の記憶力や理解力が無いのもありますが、叔母は強引にでも覚えさせようとしてきました。自分が勉強嫌いになったのはこれの所為だと思います。
    特に酷い時には、自分が風邪になって、学校を休んだ時、叔母は
    「算数しよっか!」
    と、身体の怠さもあり乍ら自分は、
    叔母に怒られたくがない為に算数をしました、が、とうとう耐えられなくなり、
    「もう、声を出して泣いて良いよね?」と、自分に言い聞かせて、初めて声を出して泣きました。
    その後の夜、叔母は、まるで何事も無かったかの様に接してきました。
    小五の時、母が再婚し、自分は実家から引っ越す事になりました。何時もは叔母とは仲が良いですが、この時自分は、酷く安堵したのを覚えています。引っ越してから自分は中一になり、弟も産まれ、辛い生活から逃れられると思っていました。
    家族というモノは恐ろしいと実感したのは、この先からなのでした。
    叔母の血が流れている母は、叔母と性格がそっくりで、
    「(自分)がいけなかったってのは、分かった?」と、加害者の癖に仲裁者ぶるのです。まるで自分が加害者の様な言い方は、昔の叔母を連想させました。
    母は勉強にも厳しく、己が苦手な科目でも、「(自分)ならできるでしょ?」と、言い聞かせてきます。
    “これ”は今でも続いています。
    小五の時の虐めもあってか、自分の精神はズタボロな上に、今の母からの言葉の攻撃によって、自分は可笑しくなってしまったんじゃないかと思います。けれども、今迄の友達と、新しい友達のお陰で、自分の心は回復していってると思います。恋というものも今しています。こんなに楽しい青春を謳歌出来ないなんて、あんまりじゃないですか?家族の所為でこんな思いをしたくないから、メンタルも大分強くなりました。
    こんな自分の文を読んでくださっているそこ貴方様。
    このサイトを開いてるという事は、きっと、自分よりも辛い経験をしていると思います。コロナもあり、自粛で親と会う事が多くなっています。
    青二才が何をほざくんだと思われるかと思いますが、
    どうか、貴方様の生涯に幸ある事を。

  • 匿名 より:

    現在高校一年生の女子です。
    私は、中学受験のとき、母から教育虐待を受けていました。もともと勉強は嫌いではなかったのですが、母の思うような点数が取れなかったりすると怒鳴られて、問題用紙で叩かれて、、、という生活を繰り返すうちに私は勉強が嫌いになり、良い点数を取ろうとズルをするようになりました。母の口癖は、「なんであんたは」と「バカ、どアホ」でした。中学受験は結果、第4希望の学校にしか合格できず受験が終わった後は、毎日「バカ」と怒鳴られていました。そして、高校受験を強いられました。高校受験では、偏差値70の高校に合格できたため、前よりは虐待が減りましたが、今も母の納得する点数を取れないと、怒鳴ったりします。この恐怖なしに生きられる日を願っています。また、私のような思いをする人がいなくなってほしいです。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

  • 匿名 より:

    子供が泣くまで勉強させ、解けなかったら配偶者のせいにする。子供に罪悪感や劣等感を持たせるような声かけする。夫婦喧嘩になり、最悪な環境。虐待していると思うのに、それについて全く気にしてない。

  • 匿名 より:

    16歳、男子高校生です。
    僕が幼稚園年長の頃、母親が僕に勉強を教えていました。分からない問題があると、母親がその解説をしてくれましたが、それでも僕が理解しないと、頬の肉をつねったり水をかけられたりしました。その後、父親が帰ってくると母親とバトン交換をして、今度は父親が解説をしました。その時も僕が理解できないとなると、父親は僕が計算ミスをするたびにスリッパで頭を叩いていました。
    この「スリッパで頭を叩かれる」という行為が僕の中で未だに恐怖で、今も父親が不機嫌になるだけでどうしてもびくびくしてしまいます。
    僕の場合は中学1年のとき、英単語の記憶を手伝ってやろうという母親の姿勢に無性に腹が立って自分で勉強を全部やると言い切ってから、母親が勉強に干渉してくることがなくなりました。
    僕は今の生活に不満はありませんし、両親に感謝していますが、もう少し違う方法があったのでは?と考えています。幼稚園生や小学生に過度なストレスをかけてたら本当に潰れてしまい、常に親の顔色を窺って生活することになります。

  • 匿名 より:

    公文をやってます。子供一人で、自主的にやらない。でも子供本人がテストで、いい点を取りたい!早く次のレベルに進みたい!という意味ではやる気がある。だから、何度も何度も声かけして親子で頑張ってきた。
    今、コロナの関係で公文は休み。ペースを崩さないために、私が毎回会社帰りに宿題提出に行っている。昨日も公文の日だったので、公文に宿題を提出して家帰ったら、本人は教室が休みなのをいいことに宿題をやってなかった。
    頑張れ!と言ってやらせる気力がなくなってしまい、無視してしまった。

  • 匿名 より:

    よその子どもたちは幼い頃から「公文」や「習字」「ピアノ」「空手」を習い、小学高学年の今も自分から夢中になり、楽しんで通っている。しかし、うちの息子は同じような時期から習わせているけれど続かない。休みたがる、課題や練習を自分からしない、やめたがる、何も続かない。この差は何なのだ?「何か一つだけでも続けなさい」「あなたがやりたいと言ったのよ」とひとつの習い事だけを泣いても休みたがっても5年間続けさせている。これをやめたらうちの子は何も習い事をしていないことになる。よその子は最低でも2、3こは習い事に通っているのに!なぜ、よその子は楽しんで通うのに、うちの子は嫌がるのだろう?自分を高めたり、難しいことをクリアしたり、周りの子の出来ないことが自分には出来たり、そういうことを楽しめる子と楽しめない子は、何が違うのだろーか。たった一つの習い事さえも休みたがる、練習には親主導で取り組まないとやらない、他の習い事を進めてもなんの興味も示さない。うちの子に溜め息。「一つくらい続けられなくてどうするの」と絶対に習い事をやめさせない私は教育虐待してるのか?

  • 匿名 より:

    40代女性です。私は大学は推薦、就職は親のコネ。全て親の決めたレールの上を有無を言わさず歩かされて生きました。
    私はCGデザイナーになるのが夢だったので専門学校へ行きたいと言ったのですが、父親は「金にもならねーのに絵なんか描いてどうすんだ!誰が金出すと思ってやがるんだ!」、母親は「あんたは○○大学へ行って○○に就職して、そこで良い人みつけて結婚すればいいのよ!普通が1番幸せなんだから!」と、お金の話をされてはバイトも勉強の支障になると許されなかった高校生の私には従うしかありませんでした。
    テストで60点台なんて取ってこようものなら正座で1時間以上反省。その間は罵声を浴びせられ泣こうものなら「泣いてんじゃねーよ!!」と怒鳴られ過呼吸状態でした。
    私が1番本当に死にたいと思ったのは、何もない小さな島にある特に校則もない学校だったので高3の頃にはパーマでオシャレを楽しむ友達が何人かいて、私も修学旅行はオシャレして東京に行きたいな。親に怒られたらストレートに戻せばいいし。…なんて思ったのは甘い考えでした。
    父親は「何考えてんだ!!推薦の時どーすんだ!!」私は「ストレートに戻せばいいでしょ」と言うと「そういう問題じゃねーんだよ!」。母親は「うちの子は、そんなことする子じゃないと思ってた」と。間髪入れず怒りに任せ父親は修学旅行のために伸ばしてきた長い髪に思い切りハサミを入れ「父親にこんな風に切って貰えて嬉しいだろ?えぇ!?」
    また、運の悪い事に次の日は島内マラソン大会でした。パーマの残ったモコモコ頭で「その頭どうしたの!?」と皆に言われながら恥をさらして島内を走ったのです。
    現在結婚して娘が1人いますが、結婚も絶縁と大反対され「どちらの学校を卒業されたの?どちらに就職されてるの?」と主人をバカにした事は本当に許せません。
    また娘の進学にまで、あれこれ口を出し「あんたの推薦取る時に私が○○してあげたの覚えてる?○○大学行って良かったでしょ?」と母親は私に感謝をしろと言いたいのでしょうか。何も分かっていない。
    正直、私の人生は唯一親の反対を押しきって結婚した時からが本当に幸せで、それまでの人生を返して欲しいです。
    また娘には私のような思いをさせないよう、もう両親には二度と会いたくないです。

  • 匿名 より:

    うちの両親は2人とも留学していてお兄ちゃんも留学していますが、私はあまり頭が悪いと言う訳ではなく学校の成績もそこそこいいのですが、親と勉強するという事がすごく嫌なのです。ただたんに嫌、ではなく、出来なかったら殴る、蹴る、髪を引っ張る、リモコンを投げる、教科書のCD入りの物で殴られた時はCDが割れてしまう時だってあります。それが日常茶飯事なのです。なので勉強している時、母が手を上げただけでも反射的に頭を守ったりびくって動いたりしてしまいます。とくに英検準二級を何回も落ちていて今回明日受ける予定なのですが今日も自分でやった方が成績上がるのにっと思っていることも言えません。なぜなら手を上げられるからです。この生活が終われば…….と思います。死にたい死にたいと思ったことも毎日です。薬で楽に死ぬことや、飛び降り、首吊り、リストカットなども色々調べました。でも私はまだ生きたい。やりたいこともある。でもお母さんの横で勉強することが毎日毎日苦痛で仕方がない。いつまでこの生活にたえれるか。

  • 匿名 より:

    27歳・女です。私も教育虐待、受けていました。
    5歳(幼稚園の年中)の頃、父親に夜中の0時を過ぎるまで怒鳴られながら勉強させられていた記憶があります。私が勉強=しんどいもの・苦しく辛いものと認識したのは幼少期の教育虐待がきっかけだと思います。
    今考えると小学校低学年の算数や初級英語を幼稚園児や小学校低学年の子に向かって怒鳴ったり目を吊り上げてちょっと間違いがあっただけで手を上げながら(頭を殴りつける)教える大人、何処にも居ませんよ。
    中学校がどうしても嫌で早退して塾に行った日、『もういい、(お前の学力には)期待していないから。』とも言われましたね。
    父親は本気で子供を東京大学に進学させるのが夢だったのです。他の親戚が医学部卒だったり高学歴揃いだったから…
    『俺は子供3人を東京大学か国公立大学の医学部に入学させるんだ!』と何度も私の前で叫んでいましたね。
    『お前の叔父さんは信州大学の医学部出て居るぞ!』『愛知の従兄弟も名古屋大学医学部出ているし、ニューヨーク住まいの従兄弟は慶応大学の医学部出て居るぞ!』が口癖でしたね…
    父親も教師の姉に教育虐待されていたみたいだしまさに虐待の負の連鎖です。弟も実質5浪しちゃいましたが教育虐待の影響をモロに受けていると思います。

  • 匿名 より:

    40代になった今も記憶は消えません。勉強も、生活態度も、100点でないと許さない母でした。
    小学生の頃、私がピアノのレッスンに行きたくないと言ったら、気に障った母は居間で暴れてお皿を割り続け…彼女がいなくなった後、祖母と泣きながら片付けをしたのを覚えています。それからは死にたい…とばかり考えて、明るい子供時代はどこかへ行ってしまいました。
    大人になり縁あって結婚し、子供が二人います。子供の感情はこんなに豊かなのだ、と日々感じ、人生を生き直している感覚があります。母と同じことはするまい、と思いながら。

  • 匿名 より:

    第一志望の学校に入ってもチャラにはなりません。ということばに深く同意します。30代半ばになり、中学受験から20年以上経ちますが、未だに間違える度につねられた記憶、飛び降りて死にたいと思った情景を思いだし、辛くなります。友達と遊ぶ時間は全くなく、テレビも見ず、朝も夜もずっと勉強させられていました。
    現在、親子関係は悪くなく、旅行にもいく仲ですし、私は普通に働いていますので、親は子どもが今でもこんな心の傷を抱えていることなど気づいていないと思います。
    むしろいまだに、受験させて良かった、あの時頑張ったから今があるとすら思っているのではないかと思います。
    年々痛みは減少していますが、私は一生抱えて生きるのでしょう。
    子どものためにと頑張りすぎる親目線ではなく、子どもの人権を第一に考えて行動できる大人になりたいです。いじめと同じく虐待も、気づいてもなにもしない周囲の人達の意識を変えていくことが大切だと思います。

  • 匿名 より:

    13歳男です。自分は1時間も苦しく他のことを考えてしまうような人で定期考査ではものすごく低い点数を取ってきて親には「なんでそんなんなん」とか「お前はアホだな」とかいろいろありまして自分はなんとか頑張っているのに言われてしまい毎日勉強が足らないと言われ勉強しても同じようなことを言われつづけられなにをしても怒られやる気も全くでなくなりました。
    あと自分が「こんなやり方してみていい?」と聞いたら「お前そんなんで成功したことあんのか?」とキレられ怒られ父は「とりあえず覚えろや」と言われ自分でもどうしたらいいのか認めてもらえるのか?と考えてしまいます。
    そして自分の物を全部取られ「お前は一生ゲームすんな」と言われ何もできなくなり自分を殴ったりして自分のストレス:イライラを解消していますが体がもうボロボロで学校にも辛くなって勉強もしたくなくなりまた定期テストの点数が下がりまた怒られの悪循環でもう自分が自分じゃなくなってしまいそうです。

  • 匿名 より:

    25歳・女です。5時間勉強しても平気タイプでしたが、中学受験を経験しました。
    今になって別の側面から「毒親だな」と思い関連事案を調べるようになりました。
    他投稿者さんも仰ってるような教育虐待含め、子に対して「こうなってほしい」と思うこと自体が傲慢では?と感じるんですよね。だって別の「人間」なんですよ。元気に育ってくれるといいな、苦しみの少ない人生を送ってくれるといいな、以上の願いはなんかもう本当に傲慢!
    スポーツを「させたい」と習わせるのも引っかかります。「経験させてあげたい」でしょ。
    「子にこうさせたい」「子をこうしたい」という考え方が危険です。考えてほしいです。

  • 匿名 より:

    教育虐待、してますね。世間が順位を競わせるでしょう?負けたくない。1番が好き。私もずっと成績が良かったから子供にもそうあってほしい。ポテンシャルが無い子では無いので、期待してしまいます。
    それに、競争社会に負けて引きこもりの大人になってほしくない。40にも50にもなって、引きこもって自立できないで生きている人の人生も、様々な理由はあるでしょうけど、価値がある!と胸を張って言えますか?
    教育虐待と言われようががっつり教育して、ストレス耐性を強くして、社会に放り込みたいです。だから教育虐待を止めきれません。

  • 匿名 より:

    一般的な教育虐待とは少し違うかもしれませんが…私の場合は東大卒の父からでした。受験に関係なく点数が悪ければ当然締め上げられますが、満点でも「俺の方が優秀だ!」と怒鳴られるのです。どう転んでも暴行を受ける魔女裁判で育ちました。成績だけならともかく、教科書のカリキュラムの掲載順や、教科書のフォントが気に入らないなどのことも全てお前が悪いのだと2時間3時間怒鳴り続ける元気な父でした。他にはテレビで株の天才少年の放送を見たら、急に「何故お前は株で大儲け出来ないんだ」と3時間の説教など、どこに地雷があるか常に怯える日々でした。少しでも反抗しようものなら合気道黒帯の腕前を存分に発揮して折檻です。生活費、学費という必殺技もありました。
    そしてとうとう高校の時にテスト時になると冷や汗と動悸で頭が真っ白になってしまう身体症状が出るようになりました。
    なんとか滑り止めの私学へ入りましたが、強気な態度の人に必要以上に怯える一方、コミュニケーション方法を暴言しか知らないので自分が人を害しそうで関わるのが怖く、苦労しました。
    化粧やスカート禁止、学校以外の外出禁止、勉強机から動くの禁止、友人を持つの禁止、異性と関わるの禁止、肌着の洗濯禁止…。大学ではありとあらゆる禁止から逃れるため、私の所有権を親から他人へ譲渡することだけ考えて生きるようになりました。その唯一の方法は結婚です。とにかく婚活市場価値を上げることを目指し、25歳の時にお見合いで現在の夫と結婚しました。過去の恐怖に悩まされることもありますが、夫には怒鳴られることなく平凡に暮らしています。今は1歳と3歳の子供がおります。子供へ虐待の連鎖をしないよう気をつけるばかりです…。

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