〈あべ弘士 子どもがおとなになる間〉vol.1 子どもは8歳で出来上がっている!

 「東京すくすく」の読者の皆さん、こんにちは。僕は、北海道旭川市で絵本作家の仕事をしています。今は全国的にも有名になった旭川市の旭山動物園の飼育員として25年間働いた後、子どものころから好きだった絵の仕事に専念するようになりました。

 生まれ育った北の大地・旭川で、飼育員としてたくさんの動物たちの世話をして、多くの絵本作品で動物を描いてきた僕が、今子育ての真っ只中のお父さん、お母さんや、子どもにかかわっている人たちに伝えたいことをこれからお話ししていけたらと思います。

 小学校2年生の夏、僕にとって大きな事件があった。夏と言えば少年たちにとっては昆虫の季節。短い北海道の夏だからなおさらだ。北海道にはもともとカブトムシはいないから、王様はミヤマクワガタやノコギリクワガタなどクワガタムシだった。

 でもね、当時、僕たちが一番欲しかったのはキリギリスだったんだ。バッタよりもでっかくて、気性も荒くてとってもきかない。だからこそ、取りたいって燃えるんだよね。友達で取ったやつは「天下取った」みたいな喜びようだったよ。だけど、小学校低学年の僕には見つけるのもなかなか難しかったし、見つけてもすぐ逃げられてしまうんだよね。

 その日も僕は、近所のカボチャ畑にゴロンと寝転んでいた。ちっちゃいころから自然の中に身を置くのが好きな子だったんだ。昆虫少年というよりは、自然の中に抱かれているのが好きだったんだね。カボチャの葉っぱと葉っぱの間から青空が見えて、白い雲が流れて、いいなあって。

 そうしていたら、どうもさっきから視線を感じる。じーっと見つめられている気がして。え?と思って見渡すと、キリギリスがジーッとこっち見てたんだ。複眼のキリギリス。濃い部分が、目の玉に見えるんだよね。

 その時、気付いたんだ。「ああそっか。取ろうと思っちゃいけないんだ。じっとそこに居れば、向こうからやって来るんだ」って。これってすごい極意、相当な哲学だと思います。

 マリー・ホール・エッツの「わたしとあそんで」(福音館書店)というロングセラー絵本が描いているのは、まさにその世界。大人になってあの本を読んだ時、「なんだ、俺のほうが先に気付いてた」って思ったよ(笑)。ただ、8歳、小学2年生の子どもには、それを伝えるだけの語彙(ごい)がない。帰って「あのねえ。母さん。キリギリスがね。こっち向いててね。ぼく分かったんだよ」と言っても、母親も何のことか分からないもんね。(笑)

 でも、今振り返っても、僕の人生のスタートはそこだったように思います。大人になって動物園に勤めて、その後も世界中を回っていろんな動物たちと出合ってきたけれど、8歳の夏に気付いた哲学を確認しながら生きているような気がしてるんだ。

 人類、そんなに急な変化はないから、今の子どもたちだってもう8歳になったらそれぞれいろんなことに気付いているはずなのね。現代は子どもたちがいろんなことにせかされて、振り回されているけれど、8歳の子はもう一人前の哲学を持っている。大人は過小評価しちゃいけない、子ども扱いしちゃいけないんだ。

 子どもは8歳で出来上がっている―。僕はそう心に留めて、絵本を作っています。

あべ・ひろし

 1948年北海道旭川市生まれ。72年から25年間、旭川市旭山動物園飼育係として勤務。在職中に絵本作家としてデビュー。飼育係時代の動物たちとの濃密な付き合い、生き物の命と真摯に向き合った日々が絵本作品の原点。『あらしのよるに』(文・木村裕一/講談社)で講談社出版文化賞絵本賞など、『ゴリラにっき』(小学館)で小学館児童出版文化賞、『新世界へ』(偕成社)でJBBY賞、2018年に刊行された『クマと少年』では北海道ゆかりの絵本大賞、日本児童ペンクラブ児童ペン賞絵本賞を受賞など受賞多数。著書は100冊を超える。