〈坂本美雨さんの子育て日記〉83・サバ美の旅立ち 最後の一滴まで命を使い切って

(2024年10月9日付 東京新聞朝刊)

猫のサバ美と最後の時間を過ごす娘

半年間の蜜月を残してくれた

 夏の終わりに、大きな大きな別れがあった。

 14年間連れ添った猫のサバ美がついに旅立ったのだ。今は、ふさぎ込んでいるわけではないのだけど、空洞が大きいせいで糸の切れた凧(たこ)のように浮遊している。笑うこともできるし、忙しく次から次へと頭の中は埋まっていくけれど、なんだかツルツルと上滑りしているようで、心の深いところは揺さぶられない。芯の部分はとても静かで、家にいるとその空洞にのみ込まれてしまう気がする。だから、ふらふらとずっと外に出かけている。

 サバ美の旅立ちは本当に立派だった。2月にてんかんが起きて生死をさまよい、ミラクル復活を遂げてからも、肝臓がんと腎臓と心臓の機能の低下と付き合ってきた。多くの薬を飲みながら、半年もの介護の時間をくれた。通院や寝不足や誰かが必ず家にいるようにするなど、大変なこともあったはずなのに、思い返すとすべてが甘い色で包まれている。蜜月という言葉がぴったりで、最後に私たちは心から支え合っていた。そんなサービスタイムをくれながら、サバ美はしんどい体で限界まで生き尽くした。

娘と一緒に育ってきた軌跡

 最期の瞬間に立ち会うことだけを願ってこの夏は過ごしていた。最後の日、昼間は自分で水を飲めたのだけど、夕方にはもう飲み込む力が残っていなかったので、そうか、もうすぐなんだ…と悟った。友人たちが来る前に、娘はサバ美を抱いて大声で泣いてお別れをした。そして家族と数人の友人たちと腕の中のサバ美に優しく話しかけながら過ごした。

 夜、23時が近づいた頃、サバ美は嘔吐(おうと)するような息を出し、その後ハァハァ、と絞り出すような呼吸があり、無意識に私は息を合わせながら「ありがとう、大丈夫だよ、安心して、愛してる、大好き」と耳元で何度も繰り返した。そして、息が止まった。指の先で感じていた心臓のトクトクもしばらくして止まった。最後の一滴まで命を使い切る姿は猛烈な輝きだった。

 ふいに涙があふれるたびに、娘が拭いにきてくれる。「スマ~イル!」と言って。姉妹のように過ごしてきたサバ美と娘。写真を振り返り、少しずつサイズが変わっていく猫と人間の姉妹の様子を眺めていると、月並みだけれど、その幸せの大きさに気づいてなかったと痛感する。その戻れなさに圧倒される。こんなに愛(いと)おしい時間を享受してきたのだ。今、空洞ができていて当たり前だ。いつか、いつのまにか埋まっているのだろうか。その時にはサバ美と一つになっているだろうか。

坂本美雨(さかもと・みう)

 ミュージシャン。2015年生まれの長女を育てる。SNSでも娘との暮らしをつづる。