絵本作家 いりやまさとしさん 妻を亡くして「片っぽだけの手ぶくろ」になった喪失感 作品にすることで向き合えた
この生活がずっと続くと思っていました
子ども向け月刊誌の編集者だった奥さんと、そこにイラストを描いたのがきっかけで出会いました。どんな時も相手をいったん受け止める優しい人。自分を押し出さない彼女の前では、そのままの自分でいられました。
仕事には厳しいんです。目は確かなので、新作を仕上げる前に意見をよく求めるのですが、なかなか最後まで見てくれない。プロだから数ページでダメと分かるんでしょうね。でも長男が生まれた時に「ぴよちゃん」シリーズができたり、結婚、出産、育児と2人の人生の節目節目でテーマをもらった。この生活がずっと続くと思っていました。
2年前に彼女が亡くなったときの喪失感は、想像をはるかに超えるものでした。肺がんの再発でした。覚悟はしていましたが、全然違った。自分は人生の一部をごっそりなくしたのに、世の中は昨日と同じように動いている。世界がモノクロに見え、もう絶対に会えないという事実が理解できませんでした。
思い出を振り返っていいんだ、と思えた
息子2人の世話や家事に追われながら過ごしていましたが、ふと「片っぽだけの手ぶくろ」というモチーフが浮かびました。2つで1つが当たり前だったのが、急に自分が片っぽの手ぶくろになったように感じて。その存在価値って何だろう。突然離れた時の心の動きを残さなければと思いました。毎日世界中で大勢の人がこういう経験をしている。同じ気持ちになる人がいるはずだと思ったんです。
最初は、もう片方を探してさまよう場面をたくさん描きました。いないことを認めたくなかったんですね。時が解決することはなく、いつまでも悲しい。でも家で「お母さんとここに行ったね」と息子たちと話したり、写真を眺めたりしているうちに、心が癒やされていった。それで、思い出をたぐり寄せ、振り返っていいんだと思ったのです。さまよう場面を大幅にカットし、毛糸がほどけるごとに楽しかった時間を思い出すというストーリーにしたのが「あかいてぶくろ」という絵本です。自分の悲しみや思いを手ぶくろに託すことで、客観視することができた。向き合うことができていきました。
これからは作品で「大丈夫だよ」と伝えたい
今、息子たちを叱った後にケアする役がいないのがつらいですね。長男は反抗しなくなっちゃって、少し心配。お風呂やトイレの掃除をしてくれて、助かっていますが。
「ぴよちゃん」はキャラクターが先にあるシリーズですが、今後は今回のように自分の思いも作品にしたい。いま伝えたいことは、子どもへの応援。元気な子、自信のある子じゃなく、埋もれちゃうような子に「大丈夫だよ」って。自分もそんな子のまま、ここまで来ましたから。
いりやまさとし
1958年、東京都国立市生まれ。キャラクターデザイナー、イラストレーターを経て絵本作家となり、ひよこの「ぴよちゃん」シリーズ(学研)が世界8カ国語で累計650万部のヒットに。「パンダたいそう」シリーズ(講談社)は8カ国語、累計21万部。2018年に9歳下の妻啓子(けいこ)さんを亡くした体験から「あかいてぶくろ」(講談社)を出版した。高3、小5の息子がいる。