「世界の山ちゃん」代表 山本久美さん カリスマ経営者の夫が亡くなった日に…「これも運命」

平井一敏 (2020年5月3日付 東京新聞朝刊)

家族のこと話そう

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山本久美さん(田中利弥撮影)

子どもが夜遅くまで勉強していると、怒った 

 創業者の主人が亡くなり、私が代表になって3年半。カリスマ的な経営者が代わると、社員ががらっと入れ替わり、取引先の態度も変わることがよくあるようですが、一切なかった。穏やかで優しい彼らしい、人情味のある経営をしていたんだなと思います。

 家では変わった一面もありました。大学生と高校生の娘2人と小学生の息子1人がいますが、夜遅くまで勉強していると、主人は怒ったんです。「勉強だけができればいいってもんじゃない。人として大事なことを身に付けなきゃ駄目だ」って。靴をそろえる、使った物は元に戻す、特にあいさつや返事をちゃんとしなさいとよく言っていました。

初めて任された仕事「てばさ記」もう233号

 でも、私が「子どもたちが進んで勉強しているのを駄目だと言うのはおかしい」と話すと、ちゃんと聞き入れてくれました。お店に関することも「お客さんの目線がある」と、私の考えをすごく受け入れてくれました。だから一度もけんかしたことがない。子どもが反抗したこともありません。「お父さんの言うことはちゃんと聞こう。私もおかしいと思うことは伝えるから」と言い聞かせていたので。

 結婚後間もなく、主人に「料理を待つお客さんの気が紛れるように」と頼まれ、お店の便り「てばさ記」を作り始めました。月1回、全て手書きで休まず続け、4月で233号。主人が亡くなった翌月号も葬儀後に1週間ほどで仕上げました。「皆さんに早く感謝の気持ちを伝えたいはず」と思い、主人がモデルの「鳥男」の絵に「感謝」の文字を添えて。主人からもらった最初の仕事なので、できる限り続けていきたいです。

コロナで苦しい今、夜の飲食以外にも挑戦を

 ただ、私はもともと結婚したら家庭に入るのが夢で、家族が憩える場をつくることが幸せだと思っていました。主人が亡くなった日に取引先の方からあとを頼まれ、「これも運命」とよく分からないまま飛び込んだんです。

 経営のノウハウ本を読みあさりましたが、主人に追い付き、追い越そうとは思いません。無理なので。私がやれることをやるしかない。

 新型コロナウイルスの影響で多くのお店が臨時休業中です。社員を不安にさせないように、アンテナが高かった主人を見習って、夜の飲食以外の新しい事業にもチャレンジしていきたいと思います。

 でも、私が仕事ばかりに時間を使い、家庭が崩壊するようでは主人も悲しむでしょう。経営者は代わりができるけど、子どもたちにとって母親は私だけ。朝食は必ず4人で一緒に食べていますが、特に主人を大好きだった息子は寂しい思いをしているはず。この先の会社を任せられる人と交代したら、今の分まで家庭を大事にしたいですね。

山本久美(やまもと・くみ)

 1967年、静岡市生まれ。愛知教育大を卒業後、名古屋市の小学校教諭となる。小学生のバスケットボールクラブチームの監督も務め、3度の全国優勝を果たした。2000年、居酒屋「世界の山ちゃん」などを展開するエスワイフード(名古屋市)創業者で前会長の山本重雄さんと結婚。2016年8月、解離性大動脈瘤(りゅう)のため急逝した重雄さんの後を継ぎ、代表取締役に就任した。

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