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ニュースキャスター 渡辺宜嗣さん 「家を継げ」と言わなかった父の真意、二人旅で知る

(2019年9月22日付 東京新聞朝刊)

家族のこと話そう

父との思い出を語る渡辺宜嗣さん(木口慎子撮影)

「人を大事にしろ、裏切るな、うそをつくな」

 名古屋城にほど近い四間道(しけみち)(名古屋市西区)で育ちました。空襲を免れ、昔ながらの街並みが今も残る一画で、実家は祖父の代から続く建具屋でした。住み込みの職人さんもいて、夜遅くまで金づちやカンナの音がしていました。

 2代目だったおやじは絵に描いたような職人かたぎ。休みの日でも早起きしないと、「いつまで寝とるんだ!」と怒鳴られました。子どもだからと甘えるな、とカチンとくるんでしょうね。人を大事にしろ、裏切るな、うそをつくな。そういうことは口酸っぱく言われて育ちました。

「記者になりたかった」 夢を断念していた父

 そんな堅物だけど、長男の僕に「家を継げ」とは一切言わなかった。アナウンサーになりたいと言ったときは「そんなうわついた職業」と、いい顔はしなかったけど、いざ、なった後は、近所の人に「息子さん、テレビ出てるね」と言われるのがうれしかったみたい。僕は技術の先生に「建具屋の息子のくせに」って、言われるぐらい手先が不器用だったから、おやじも継がせるのはあきらめたのだと思ってました。

 でも違ったんです。20数年前、おやじの古希祝いに初めて二人で旅行に行ったとき、酒を飲みながら、おやじがぽろっとこぼしたんです。「若いころ、新聞記者になりたかったんだ」って。おやじは終戦で軍隊から戻り、そのまま家を継いだから、記者の夢は断念したと思うんです。だから、息子には好きな人生を歩ませたかったんだと、そのとき初めて気づきました。

障害がある弟…面倒を見るのが両親への孝行

 5歳下の弟がいます。幼くして小児まひになり、身体と知能に少し障害があります。弟は実家でずっと住んでいたから、おやじとおふくろは「弟より先には死ねない」と気にかけていました。こうしたこともあり、両親と弟との結束はすごく強かった。

 でも、6年前におやじが87歳で、3年前にはおふくろが90歳で他界しました。おふくろは会計や職人さんの食事など裏方の仕事をこなしながら、弟の身の回りの世話をしていました。弟もおふくろが亡くなったときはとりわけショックだったようで言葉を失っていました。

 両親の死後、弟に東京に来ないかと提案しましたが、弟は愛着のある名古屋に残ることを希望しました。弟はいま、二人で一緒に探した市内のグループホームで暮らしています。僕は月に1回、名古屋に帰って、弟に会いにいく生活を続けています。近くの公園を散歩して一緒に体操したり、車でドライブに出かけたり。一緒に住んでいませんが、責任をもって弟の面倒を見ることが、亡くなった両親への孝行になるのかなと思っています。

わたなべ・のりつぐ

 1954年、名古屋市生まれ。77年、明治大卒業後、テレビ朝日に入社。「ニュースステーション」や「スーパーモーニング」でキャスターなどを務めた。2014年の定年退職後も同局の専属キャスター。現在は「スーパーJチャンネル」「朝まで生テレビ!」に出演。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年9月22日