はじめの一歩!
ことばとこころの準備運動の
ページでわかること
- ことばを知る大切さ
- 「女の子らしさ」「男の子らしさ」ってなに
- 差別と区別
- 個別支援、合理的配慮とは
- 平等ってなに?
みなさんはじめまして。性教育について研究している、堀川修平です! これからみなさんといっしょに「性」について考えていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
私はふだん、大学で研究したり、学校の先生や助産師さん、お医者さんたちと、より良い性教育について考える活動をしています。
みなさんは、「性教育」について、どんなイメージを持っていますか? 成長にともなって体や心に変化が起きることや、性にまつわる病気などについて学校で教わった人は多いでしょうか。ちょっと怖かったり、恥ずかしかったりした人もいるかもしれません。
日本では、ほとんどの学校で性教育の授業数がとても少ないのが現状です。そのために、性教育の一番重要なメッセージが子どもたちに伝わっていないと私は感じています。
性教育で大切にしていることは何かというと、人権を前提にすること、つまり、自分も他人も大切にできるようになること。自分のことを正確に知って、家族や友達、社会で出会ういろんな人たちとお互いを尊重したコミュニケーションをとれるようになることです。
性教育は、みんなが幸せに生きていくために学ぶ学問なのです。
海外では、「性」について子どもたちが幼いころから学んでいる国もあります。そのような教育が行えるように、国連機関のユネスコやユニセフは、子どもの年齢や状態に応じた教え方や教える内容をまとめた本(「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」といいます)を出しました。どんな中身か、少しみてみましょう。
図表1:『改訂版国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2018)より、キーコンセプト並びにトピック
| キーコンセプト1 人間関係 |
キーコンセプト2 価値観・人権・文化・セクシュアリティ |
|---|---|
| 1.1 家族 1.2 友情、愛情、恋愛関係 1.3 寛容、包摂(inclusion)、尊重 1.4 長期の関係性と親になるということ |
2.1 価値観、セクシュアリティ 2.2 人権、セクシュアリティ 2.3 文化、社会、セクシュアリティ |
| キーコンセプト3 ジェンダーの理解 |
キーコンセプト4 暴力と安全確保 |
| 3.1 ジェンダーとジェンダー規範の社会構築性 3.2 ジェンダー平等、ステレオタイプ、ジェンダーバイアス 3.3 ジェンダーに基づく暴力 |
4.1 暴力 4.2 同意、プライバシー、からだの保全 4.3 情報通信技術(ICTs)の安全な使い方 |
| キーコンセプト5 健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル |
キーコンセプト6 人間のからだと発達 |
| 5.1 性的行動における規範と仲間の影響 5.2 意志決定 5.3 コミュニケーション、拒絶、交渉のスキル 5.4 メディアリテラシー、セクシュアリティ 5.5 援助と支援を見つける |
6.1 性と生殖の解剖学と生理学 6.2 生殖 6.3 前期思春期 6.4 ボディイメージ |
| キーコンセプト7 セクシュアリティと性的行動 |
キーコンセプト8 性と生殖に関する健康 |
| 7.1 セックス、セクシュアリティ、生涯にわたる性 7.2 性的行動と性的反応 |
8.1 妊娠、避妊 8.2 HIV/AIDSのスティグマ、治療、ケア、サポート 8.3 HIVを含む性感染症リスクの理解、認識、低減 |
「性」といっても、医学・生物学的な内容に限るわけではありません。人間関係や文化、価値観、コミュニケーションのあり方など、広い範囲にわたっているのがわかりますね。
「てらすまなぶ」では、この『ガイダンス』のような性教育(「包括的性教育」や「総体的性教育」ともいいます)の視点に立ちながら、性にかかわることを考えていきたいと思います。
こちらでは、小学校高学年のみなさんが理解できるような文章でつづるつもりです。それより小さいみなさんは、大人の人と一緒に読んでくださいね。
ことばを知る大切さ
特集の初回は、「はじめの一歩!ことばとこころの準備運動」というテーマで、いくつかのことばの確認をしたのちに、読者の皆さんに国際女性デーの際にお答えいただいたアンケートをもとに、「性」について一緒に考えたいと思います。
さて、ことばについて考えるというと、暗記しなきゃならないの?と心配になる方もいるかもしれません。
結論を先に申し上げると、「暗記する」必要は全くありません!
「ことば」は、私たちの生活するこの社会にあるモヤモヤや、「これでいいの??」と思うような問題や課題を見つけたり、その問題や課題を改善していったりするために用いる「道具」です。
あくまでも道具ですので、使い方がわからなくなったらそのつど調べて見ればよいだけですし、古くて使い勝手が悪くなったかも、と思ったならば道具自体を新しくしていけばよいのです。道具に使われることなく、使いこなせるようになれればいいですね!
この特集では、ふだん聞きなれていることばはもちろん、研究者でも最近使いこなすようになったことばも取り扱います。そのつど解説をしながら、私たちが社会を見直すために使えるような道具として理解できればいいなと思います。
最初に「性」を考える上で、欠かせない言葉の定義をさらっておきたいと思います。
正確にお伝えするために難しい文章になったことはお許しください。 さて、ここからが今回の特集の本題です。 ① 「女らしさ」/「男らしさ」と、②「平等」ということばです。
ジェンダー
男性または女性であることに関連づけられる生物学的、法的、経済的、社会的、文化的属性と機会のことを指します(IPPF(国際家族計画連盟)『新版 IPPFセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス用語集』2010)。
セクシュアリティ
生涯を通じて私たちが人間であることの中心的側面をなすものであり、生物学的性、ジェンダー・アイデンティティ(性自認)とジェンダー・ロール(性役割)、性的指向、エロティシズム、喜び、親密さ、生殖を含む概念だと、WAS(性の健康世界学会)で1999年に採択され、2014年に改訂された「性の権利宣言」で示されています。
「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」とは、ここに挙げられているような様々な事柄を取り扱う教育になります。
「女の子らしさ」
「男の子らしさ」ってなに
「女(の子)らしさ」や「男(の子)らしさ」と聞いて、あなたはどのようなもの/ことをイメージしますか?同じ質問を日本で生活する学生に投げかけてみると次のような答えが返ってきます(図表2)。
そうだよね!と納得いくものもあるでしょう。大学生だけでなく、学校の先生や保護者の方たちにも尋ねたことがありますが、似たり寄ったりのものが「らしさ」として挙げられることが多いです。
このような「女らしさ」に当てはまる「女性」や、「男らしさ」にあてはまる「男性」はもちろんいるでしょう。そして、その「らしさ」にしっくりきている方もいると思います。その状態自体を否定する必要はないと、私は考えています。「ピンクや暖色が好き」な女の子がいても、「リーダーシップがある」男の子がいても、社会の中で誰かを仲間はずれに(排除)したり、苦しめることにはつながりません。
しかし、この「らしさ」を特定の人びとに押し付けていくとなると、話は別です。「気配りができないのは、女の子としてどうかと思う」「すぐ泣く子は男の子らしくない」と否定的に「らしくない」ことを指摘することは問題です。
というのは、らしさが押し付けられることによって、その人がどのように生きていきたいかということが否定されることにつながるからです。他者の人権を侵害しない限り、私たち全員は、私たち自身がどのように生きていきたいか決める権利を持っています。
このように、「女・男だから~べき/べからず」、「男・女らしいとは~」というような、性別にもとづいた基準・規範の押しつけを「ジェンダー差別」と言います。
図表2:「女(の子)らしさ」や「男(の子)らしさ」の一例
| 女(の子)らしさ | 男(の子)らしさ |
|---|---|
| かわいい(ものが好き) | かっこいい(ものが好き) |
| 気配りができる | リーダーシップがある |
| おしゃべり | 口数が少ない |
| 涙もろい | 涙を見せない |
| ピンクや暖色が好き | 青や寒色が好き |
| 文系 | 理系 |
| 子どもが好き | 家族を養う |
差別と区別
ここでいう「差別」とは、区別と蔑視と排除が組み合わさっているものを指します(注)。単なる「区別」自体が問題なのではなく、その「区別」に誰かを貶めたり(貶めるつもりがなくとも、結果として貶めてしまうことも含まれます)、区別をもとにして仲間はずれにすることを指すのです。
「区別=差別」ではありません。人権保障のために、場合によっては区別が必要な場合もあります。
例えば、既に困りごとを抱えている人がいたとしましょう。その人たちに個別にサポートをすることで、いま時点の不利益は取り除かれそうです。
困っている人たちに個別のサポートをするためには、「困っている」というくくりで区別する必要があります(これを「カテゴリー化」といいます)。区別しなければ、困りごとを抱えている人たちは「困っていない人と一緒」に取り扱われてしまい、困りごとを抱えたままになってしまいます。
(注)詳しくは、西原和久・杉本学編『マイノリティ問題から考える社会学・入門』有斐閣、2021年。を見てみてください。
個別支援、合理的配慮とは
ここでいう個別のサポートのことを、「個別支援」や「合理的配慮」とも呼んだりしています。重要なのは、個別支援にせよ、合理的配慮にせよ、背景には「社会モデル」と呼ばれるとらえ方があるということです。
「社会モデル」とは、困りごとを抱えている本人の特性・属性に問題があるのではなく、そのような特性・属性であることで不利益を被らせている社会(構造)側に問題があると捉える考え方のことです。
困りごとを抱えている人に対して、そうでない人と比べてより手厚いサポートをすることはズルではありません。そのサポートが無ければ、この瞬間に社会から排除されてしまう可能性があるためです。
ただし、個別支援や合理的配慮は「付け焼刃」的な対応ですのでそれらを続けるだけではいけません。社会モデルでは「社会側に問題がある」というとらえ方をしますので、社会を変えて、困りごとを取り除いていくのが本筋となります。
長い時間と労力はかかるかもしれませんが、多くの人がこの社会から取りこぼされることのないように、社会側の不正義を見直していくことが念頭に置かれています。まさにこの特集でも重要視していることですね。
最終的には個別支援や合理的配慮が不必要になるように、社会、具体的には法制度や文化や規範というものを変えていくことが望まれます。個別支援や合理的配慮は、過渡期(とりあえず)の取り組みであるということを忘れてはなりません。
平等ってなに?
そこでおさえておきたいのが、「平等」な社会とはどのような社会かということです。「平等」ということばは、大きく2つに分けることができます。その一つが「機会の平等(Equality)」であり、もう一つが「結果の平等(Equity)」です。
図表3のイラストには、フェンスと人間と踏み台が描かれています。人びとの属性・特性が多様であることを、身長の高さの違いで表しています。
図表3の①は、フェンスの不透明性が高く、フェンス越しに向こう側の世界を見ることは一部の人(イラストの一番左にいる身長の高い人)を除いてできません。これが、現状の不正義な社会を表しています。
そこで、②は、「みんなに同じ分だけ」踏み台を渡して、そこにある不正義を乗り越えようとしています。ここでいう「踏み台」がサポートの度合いをさします。このように、均等にサポートする状態を、機会の平等(Equality)と言います。
たしかに、①よりも不正義状態で困る人は減っているでしょう。しかし、一番身長の低い人は、まだフェンス越しの世界は見えません(身長の高い人にとっては、そもそも踏み台はニーズに合っていないともいえるでしょう)。
図表3:機会の平等(Equality)から結果の平等・公平性(Equity)へ
③では、踏み台の渡し方に工夫を施しています。困っている人にはより手厚くサポートをすることで、不正義な状況を克服しようとしているわけです。先にみた「個別支援」や「合理的配慮」とは、この③の状況を指します。
このような手厚いサポートによって、不正義は克服されたように見えます。しかし、③の状況は、「3人」に対して「3つの踏み台」というように、困りごとを抱えている人とサポートできる「資源」が釣り合っているから「解決」しているように見えるだけのことであり、④のように、より困りごとを抱える人が複数存在する場合は、個別支援自体が成り立たなくなってしまいます。
ここで「勝った人が総獲り」「負けた人は努力不足(だから、切り捨ててよい)」とするのではなくて、④の状況を根本的に解決するためには、フェンス自体を見直していく必要があります⑤。フェンス自体が不必要、という場合もあれば、人権保障のためには一定程度のフェンスが必要であり、その形のあり方を見直す必要がある場合もあります。
いま困りごとを抱えている人たちに「我慢してね」ということが最善ではないので、個別支援、合理的配慮は現時点ではとても重要な働きかけになります。最終的には、個別支援、合理的配慮を「しなくても」良いように、社会を変えていく。そのような取り組みや、取り組みにつながる学びが重要となります。この特集を通して、皆さんと身近な社会について考えていければと思います。
堀川修平「『性の多様性を基盤におく教育実践』とは?~『LGBT教育』から『クィアペダゴジー』へ!~」『季刊セクシュアリティ』120、2025年。より引用