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こどもとまなぶ職業図鑑

小学1年生の「将来就きたい職業」ランキングでは、男の子、女の子ともに上位に入っている「医師」。とくに女の子では、2020年ごろからその数が増えており、割合では男の子の約2倍という結果が出ています。そこで、現役で活躍する女性医師に、今の職業を志したきっかけや仕事のやりがい、また職場でのジェンダーバイアスについて聞きました。

大澤まりえさん

話を聞いたのは…

NTT東日本関東病院 放射線科 医師

大澤まりえさん

2010年、聖マリアンナ医科大学を卒業。東京北医療センター、帝京大学医学部附属病院などを経て、2018年よりNTT東日本 関東病院で放射線科の医師として勤務。体の中を画像で見ながら行う、身体への負担が少ない治療法「画像下治療(IVR)」 を専門とする医師として、若い世代に伝えるための啓発活動にも力を入れている。

本気で医師を
目指したのは、
高校卒業の時

子どもの頃から医師を目指していましたか?

子どもの頃から医師を目指していましたか?

父が町医者ということもあって、自分の中で、医師という職業はなんとなく選択肢にあったものの、実は特段なりたい職業ではありませんでした。というのも、父はいつも忙しく働いていて、病気になってしまったこともあったので。母は、私に手に職をつけて欲しいという想いが強く、医師になってはどうかと薦めてきましたが、自分も思春期だったし、元々親の言うことを聞くようなタイプでもなくて。塾へ通う意義を見出せずにいました 。

医師以外に、なりたかった職業はありましたか?

警察官になりたいと思っていた時期はありました。それから、ピアノを習っていたので、ピアニストにもなりたかったんです。でも、現実的に将来のことを考えた時に、どちらも難しいかなと。「やっぱり医学部を目指そう」と真剣に考えた時には、もう医学部の受験勉強が間に合わなくて、それで1年間予備校に通うことにしました。その時に、「浪人は1年間限定で、それで合格できた大学に通いなさい。それでダメなら諦めなさい」と両親に言われました。女の子だから何年も浪人しないように、という意味もあったようです。

どんな医師になりたいなど、
イメージしていたものはありましたか?

医学部を目指していたころは、具体的にどんな医師になりたいかというイメージはありませんでした。ただ当時、ハリウッド俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんの慈善活動を見て影響を受けたり、「国境なき医師団」のことを知って、「医者って、かっこいい仕事だな」とは思っていました。

患者にも医師からも
感謝されることが
大きなやりがい

放射線科では、どんな仕事をしていますか?

放射線科では、どんな仕事をしていますか?

放射線科の中でも、画像下治療(IVR)を専門にしています。画像の読影スキルをベースに体内の状態を画像装置でリアルタイムに観察しながら、針やカテーテルを血管や臓器に進め、病気の診断や 治療を行います。例えば、体の深部にできた病気の組織を採取したり(生検と呼ばれます)、体内にたまった膿を体外へ出すためのチューブをいれたり、消化管出血の止血治療やがん治療も行います。IVR診療 は、年々進化していて、あらゆる臓器の病気を体に大きな傷を残さずに治すことができるようになってきています。

どうして、放射線科の医師になろうと思ったんですか?

研修医として放射線科で研修したときは、画像を読影するのが中心で、治療はあまりしない科という認識でした。そんな中、夜中のICU(集中治療室)で患者さんが大出血し病状が急変するという事態が起こりました。私も呼び出されて駆けつけるとそこは血の海になっていて、外科の先生方も対応に追われ一刻を争う場面でした。患者さんは長時間に及ぶ緊急開腹手術後で 、再度手術をするのは非常に危険という状況。そこで 現場に呼ばれたのが放射線科の先輩医師でした。先輩は、カテーテル治療を駆使して大出血を鮮やかに止血し、患者さんを見事に救命したのです。手術以外の治療法としてカテーテルで出血を止める光景を初めて目の当たりにし、衝撃を受けました。「高度なIVRを身につけ、世のためになる医療を提供したい」と強く感じたことが、放射線科、特にIVRの道に進むことを決意したきっかけです。

放射線科の医師としてのやりがいを感じるときは、
どんなときですか?

やりがいだらけです。確かに医師というのは大変な仕事ですが、人に喜んでもらえるというのが大きな魅力です。治療を受けて症状が改善された患者さんや、他の診療科の先生から感謝される こともあって、そういう時にはやはりやりがいを感じます。各科の医師は、その臓器のスペシャリストですが、放射線科の医師はいろいろな部位の診断や治療をするんです。そういう意味では、各診療科をつなげる、横断的な役割があるのかなと思います。

大変なことは何ですか?

予定外のことが起こるので、それに対応しなければいけないことですね。あとは、後輩たちへの教育も大変です。10年前の「当たり前」がそうではなくなり、次々に新しいデバイスが出てくる中 、それを使いこなして時代の流れについて いかなければならない。そんな中で、若手の医師に一人前になってもらうよう伝えることも、中堅の医師としての仕事です。もちろんそこには、患者さんの命があることなので、その辺りのさじ加減が難しいと感じています。

制度や技術の進化で、
女性医師がもっと
活躍できる環境に

女性として働く上で、体力的な限界やキャリアにおける男女比の偏りを感じることはありますか?

特に外科系診療科は女性の医師が少なく、男性が多いです。心臓血管外科医として働く女性医師の知人がいますが、未だにジェンダーギャップを強く感じることは多いようです。長時間の手術やカテーテル治療では、生理の時は本当につらいという話もします。その場に女性がいれば言いやすいですが、男性しかいない場合はなかなか言い出せないのが現状です。

また、毎年参加する学術集会(最新の知見を得たり、意見交換ができたりする場)においても、現地参加者は男性の方が多いです。ただ、コロナ渦を経てWeb開催される会が増えてきたことは、子育て中の医師や遠方在住の先生などにとって非常にありがたい変化です。

放射線科のIVR専門医は、女性の割合が10%未満と非常に少ないそうですね。キャリア形成における課題は何だと思いますか?

放射線科のIVR専門医は、女性の割合が10%未満と非常に少ないそうですね。キャリア形成における課題は何だと思いますか?

時間外の緊急呼び出しがあるので体力的な理由のほか、IVR専門医は資格取得に時間がかかること、その結果、キャリアを積み上げる時期と妊娠・出産・子育てといったライフイベントのタイミングが重なること、そしてロールモデルが少ないことも女性が少ない大きな要因だと思います 。私自身、上の先生から「ストレートで専門医まで行け」と指導されたことがあり、結婚や妊娠を機にドロップアウトする女性医師を見てきたからこその言葉だと感じました。女性にとってライフステージの変化が悩ましいのは、医師も例外ではありません。

放射線科ならではの女性医師の悩みとして、
被ばくの問題はありますか?

日常業務でうける職業被ばくは、適切な環境下であれば体への影響や胎児へ影響を及ぼすことはありません。しかし、日本では被ばくに対して漠然と「怖い」というイメージを持つ方が多く、妊娠を考えている女性医師の中には、IVRを続けるかどうか悩む方もいますね。

キャリアを長く継続するための働き方の選択肢はありますか?

同じ放射線科でも、施設によって医師の仕事内容が違ってきます。救急患者を沢山受け入れる施設だと、緊急で行うIVR治療の数も多く、とても忙しいですが、そうではない施設もあります。だから、どの施設で働くかによって、働き方も変わってきますね。

また、たとえば体力的に長時間立ちっぱなしのこともある治療に入るのが難しくなってきたら、画像読影の仕事メインにシフトすることも可能です。そういう意味では、いろいろな働き方ができる職業かなと思いますね。さらに、画像読影の仕事は、昨今すでにリモートでもできるようになりつつあります。忙しいイメージのある医師ですが、ライフワークバランスに合わせた柔軟な働き方が少しずつできるようになってきています。

職場で、患者さんや同僚との間でジェンダーギャップを感じることはありますか?

職場で、患者さんや同僚との間でジェンダーギャップを感じることはありますか?

女性医師がまだ少ないこともあり、患者さんに看護師と間違えられることもありました。そうしたこともあって、白衣を着るようにしている先生もいるほどです。患者さんとのやりとりのなかで、職種や性別によって受け止められ方が違うなと感じる場面もあり、考えさせられることがあります。

あとは、ベテランの看護師さんたちに、研修医の頃は厳しく育てられました。中 には、女性医師に対して特に厳しく接する方もいて、当時は戸惑うこともありましたが、今振り返ると、社会人としての基礎を教えていただいた貴重な経験だったと感じています。

女性医師が活躍するためのサポート体制は整っていますか?

NTT東日本関東病院では、病院内に保育園が併設されているので、昼休みに授乳に行くこともできますし、急な対応にも融通が利くなど、子育て中の医師には非常に恵まれた環境だと思います。時短勤務制度も利用でき、女性医師は助けられていますね。また、女性だけでなく、男性も育休を取るなど、多様な働き方が浸透している職場だと思います。

医師になりたいと思っている子どもたちや、
その親御さんに向けてメッセージをお願いします。

医師になるためには、「ものすごく勉強ができないといけない」というイメージがあるかもしれませんが、実際に医師として仕事をしていると、学力だけでなく、チームワークやコミュニケーション力の方がより重要だと感じる場面が多くあります。医師の仕事は、いろいろな職種や多くの診療科の医師と協力して進めるため、コミュニケーションをしっかり取れることが不可欠です。勉強面で言うと、医師は理系じゃないと、と思われがちですが、私は数学と物理が苦手だったんです。どちらかと言えば、医師には患者さんの気持ちを理解し、複雑な状況を整理する文系脳の方が必要なんじゃないかなとさえ思います。というのも、医師の仕事は「正解がないこと 」が多いんです。患者さんが本当に納得できる医療を提供するためにはどうすればいいのか、深く考える力が大事になります。そのためにも、カンファレンスで、さまざまな診療科や他職種と 話し合いを重ねています。

医師になりたいと思っている子どもたちや、その親御さんに向けてメッセージをお願いします。

最近の子どもたちは、小さい頃から塾に通って一生懸命に勉強をしていますが、勉強以外にも多様な経験や人との触れ合いを大切にしてほしいと思っています。スポーツやボランティアといった課外活動などを通じて、医師に必要なコミュニケーション能力や、自分で疑問を持って考える力が養われるのではないかと感じています。