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こどもとまなぶ職業図鑑

教えてほりかわさん

ほりかわさん

どうして子どもの
なりたい職業に
男女差があるの?

子どもの夢に男女差が明確に見て取れるのはなぜでしょうか?

堀川このデータを見ると、性別によって就きたい仕事に傾向があることがわかります。例えば、女の子が将来就きたい職業を見ると、保育士や教員、看護師、医師というような、人と密に関わりながらケアをすることも伴う職業が、20年にわたってトップ10入りしていることがわかります。

一方で、男の子が将来就きたい職業を見ると、警察官や、消防・レスキュー隊といった危険を伴う仕事や、スポーツ選手やユーチューバーというような、人前で目立つような職業がトップ10入りしていることがわかります。

さて、読者の皆さんも一緒に思い出してみてほしいことがあります。皆さんが子どものころに抱いた将来の夢にモデルはいなかったでしょうか?

保護者の方の職業に影響を受けたり、幼稚園や保育園、小学校の先生に憧れたり、街を守る警察官や消防士をかっこいいなと思ったり。あるいは、テレビの向こうでキラキラと輝くモデルや歌手、アイドルに憧れたという方もいるでしょう。

私たちは、「将来就きたい職業」を遺伝子に組み込んで生まれてくるわけではありません。周りの大人や子ども同士の人間関係の中で、目にしたり耳にしたりする情報をもとにして、就きたい職業とその職業に紐づけられているイメージを身につけていきます(これを「社会構築される」といいます)。

今回のデータのように、性別によって男女差が生まれてくる理由の1つとして、子どもたちが生きる環境の中に存在する「ジェンダーバイアス」が影響していると考えられます。ジェンダーバイアスとは、性差に基づく思い込み、偏見のことを指します。いわゆる「男らしさ」「女らしさ」と呼ばれる価値基準です。

職業によっては、「男らしさ」「女らしさ」に紐づくイメージが強いものがあるのではないでしょうか。男(の子)であれば「肉体的」「かっこいい」「リーダーシップがある」「人前で積極的に活躍する」というようなイメージがあるでしょうし、一方、女(の子)であれば「精神的」「優しい」「サポートにたけている」「裏方で活躍する」「ケアに向いている」というイメージがあるでしょう。そのイメージから外れないような職業を選択しやすい傾向があるといえます。

そして今回のデータのように、性別によって男女差が生まれてくるもう1つの理由として、実際に「モデル」がいる場合のほうが、イメージしやすいことがあげられます。

10年前のデータと比較すると、男女差が埋まったところと埋まっていないところがあるのはなぜでしょうか?

堀川これまでのジェンダーバイアスを覆す(つまり「向いていない」と思われていたイメージをひっくり返す)ようなモデルが登場したことで、「じゃあ、自分も就けるかも…!」と考えやすくなったのだと思います。

例えば、警察官が男女ともにトップ10に入っています。割合は10%ほど開きがありますが、過去に比べてその男女差は埋まってきているでしょう。これは、「女性警察官」というイメージが私たちの社会に広がりを見せていることが理由にあると考えられます。

今回のインタビューでも登場してくださった廣地さんのような当事者を街中で見かけるということもあるでしょう。また、ドラマや映画の中でも「アタリマエ」のように登場することも多くなってきているのではないでしょうか。私も大好きな俳優である天海祐希さんが主演する「緊急取調室」や、(少し古くなってしまいますが)「BOSS」。あるいは、戸田恵梨香さんと永野芽郁さんが主演した『ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜』など、男性警察官の「サポート役」としての役割ではなく、積極的に表に出て活躍する姿が肯定的に描かれている作品も多くみられると思います。

医師の大澤さんや、保育士の小林さんも、私たちの周りの「モデル」の一人です。モデルが多様に開かれていくことで、現在存在する「男女差」が埋まることは想像に難くありません。

性別によって職業の向き不向きがあるのでしょうか?望んでいても、体力や脳の影響でその差を埋めることが難しい場合はどうすればよいでしょうか?

堀川ついつい、私たちは性別によって就く職業の向き不向きがあると思い込んでしまいます。そのようなときによく理由として使われるのが「脳」と「体力」です。この2つは性差があり、乗り越えられないものだと考えがちではないでしょうか。

しかし、いずれも性差以上に個人差があるということが研究者によって明らかにされてきています。例えば、「脳」については、東京大学で脳について研究をされている四本裕子(よつもと・ゆうこ)さんが、次のように論じています。

脳は、生まれつき性差があるのではなく、学習内容や育つ環境によって性差が生まれるということは重要な指摘です。つまり、私たちの子育てという「教育」も深くかかわるということになります。

また、体力については、スポーツ社会学の専門家である立命館大学の岡田桂さんが次のように語っています。

加えて、教育学者の寺町晋哉さんは、次のように語っています。

そもそも、「体力がある/ない」と一言で言っていますが、「体力」という基準自体が男性優位で作られた基準であるということは、あまり知られていないように思います。また、寺町さんの言うように、体力には個人差があるということも、データを見ると明らかです。

このことについては皆さん自身の存在が証明になるかもしれません。男性なのに力が弱い人、女性だけど力が強い人。女性なのに細々としたことが苦手な人、男性だけど細々としたことが得意な人。ほかにもいわゆる「らしくない」とされる人がこの社会には多数存在すると思います。このような「らしくなさ」はいわゆる個人差を無視した画一的な基準での評価なのですが、このような「男だから」「女だから」というバイアスで語ることで、将来の人生設計が大きく変わってしまう場合がある。それが、今回の「就きたい職業」に関わる点だと考えます。

あらためて、今回のデータから考えられることはなんでしょうか?

堀川大人が自分の固定観念に気づくことが大切だということをここでは念を押してお伝えしたいと思います。ジェンダーについて子どもたちに教えることに関心のある方たちが昨今増えていて、ジェンダー教育学を研究している私自身も、とても心強いです。

だからこそ、読者の皆さんと共有したいのは、まず自分自身の固定観念について思いをはせてみてほしいということです。自分は「男らしさ」「女らしさ」について、どのようなイメージを持っているかな?四本さんの問題視する「脳科学」と呼ばれるような疑似科学を信用していないかな?岡田さんや寺町さんのいう「体力」について思い込みはないかな?と、研究蓄積を上手に活用してもらいたいなと思います。

ジェンダーバイアスが当然のように存在しているこの社会で生きる誰しもが、生きていく中で当然のようにジェンダーバイアスを身につけて生きていきます。そのバイアスを学び落とす(教育学では「アンラーンunlearn」といいます)ことをお勧めしたいと思います!

まとめ 親子で職業について話すためのヒント

子どもに「ジェンダーバイアス」についてどう話す?

堀川ジェンダーバイアスという言葉自体は発達段階に応じて伝えればよいと思います。

言葉を覚えるよりも大切なのは、次の4つをその子どもの発達段階に応じて、わかりやすい言葉で伝えることです。

①「男らしさ」「女らしさ」という概念が、私たちの身近にたくさん存在していること

②そのような「女らしさ」や「男らしさ」を押し付けようとしてくる人が、おとなの中にも子どもの中にもいること

③「男らしさ」や「女らしさ」を強要することは、その人がどのように生きていきたいかをゆがめてしまう可能性がある人権侵害行為だということ

④だからこそ、他者の人権を侵害しない限り、その人がその人の生きたいように「女らしさ」や「男らしさ」に従わなくてもよいのだということ

例えば、「男の子だから●●」「女の子だから●●」という言葉かけをしないことは最低限必要だと思います。それが、その子のことを思ってなされた「良かれと思って」の発言であったとしてもです。「良かれと思って」という思いで言葉かけをするならば、何かの属性に紐づけた評価ではなく、その子本人を尊重する言葉かけ(「●●ちゃんは、やっぱり男の子だから、車が好きなんだね!」ではなく「●●ちゃんは、車が好きなんだね!」というように、余計な一言を削るなど)をしてみてはいかがでしょうか?

加えて、よく聞く事例として、「ピンク色を身につけたい男の子」への懸念が挙げられます。例えば、ランドセルやお道具袋、日常生活で身につける衣服などで、「男の子なのにピンク色を選ぶなんて…」と、「心配」してしまう方もいらっしゃいます。

おそらく「男の子なのにピンク色を選ぶと、まわりの子からからかわれてしまう」という「心配」なのでしょう。そのような心配する気持ちはよくわかります。そのうえで、重要なのは、「ピンク色を選ぶ」ことが問題なのではなく、そのような選択を「おかしい」とからかったりする側に問題があるということです。

ですから、ぜひその子にとって信頼のおける身のまわりの大人である教育者(保護者さんかもしれませんし、先生かもしれませんね)のあなたが、ぜひ積極的にポジティブなメッセージを言葉かけしてほしいと思います。「ピンク色も素敵だね」とか、「お父さんは桜が好きなんだけど、桜の色と似ていてお父さんも好きだなあ」とか、あるいは、人気なキャラクターである「「カービィ」と同じ色でかっこいいね」というように、いろいろなポジティブなメッセージが考えられると思います。あなたの心配を、その子が選択したい行動をとがめることにつなげるのではなく、「もし、誰かにからかわれたりしても、私はあなたの味方だよ」と子どもにメッセージを投げかけてほしいと思います。

子どもが「男の子/女の子だけれどこの職業に就きたい」などと言ったら、どう声をかければ良い?

堀川ぜひ、どのような職業であっても応援してください。子どもが就きたい職業について調べていくときに、この社会に存在するジェンダーバイアスに気づいていくことも考えられます。

その際は、いまは男性が多い/女性が多い傾向があるけれど、その傾向がおかしいと思う人が増えていけば、傾向自体も変わっていく可能性があるということを、ポジティブに伝えてあげてください。

実際、過去には女性/男性だけが就けた(あるいは大きな偏りがあった)職業が、性別に関わりなくひらかれていった例もあります。

今回のインタビューを見てもらう、というのも一つのメッセージにつながると思います。

ジェンダーバイアスに気づく人を増やすためには?

堀川誰しもが、この社会で生きていく中で、「無自覚」のうちに様々な価値観を身に着けてしまいます。「改めて」自分自身の思考を確認することは、忙しい日常生活を送るうえでは難しいことだと思います。

ただ、一人でも「おかしいぞ」と気づいている人が身近にいるならば、事情は別です。「たった一人が気づいていても何も変化はもたらせない」と私たちは思い込んでしまいがちです。しかし、閉塞した状況に新しい風潮をもたらすことを「蟻の一穴」とも言いますが、まさに、小さな状態であっても、大きな変化をもたらす可能性は大いにあります。

気づく人、気づいているということを表明しやすい社会を作るためには、まず気づいたあなた自身が「私、気づいているよ」ということを周りに知らしめていくことが必要だと私は思います。「気づいている」とアピールする方法はたくさんあります。その人の性格やキャラクターによって、やりやすい方法もあると思います。

例えば、正面から「らしさの押しつけは人権侵害ですよ」と伝える方法もあるでしょう。このような伝え方はハードルが高いと思う方であれば、「さっき〇〇という行為を男らしいって言っていた人がいたけど、私(お母さん・お父さん・先生…)はそうは思わないよ」とやんわり訂正するという方法もあると思います。

一つだけ気を付けたいのは、その状況を「無視しない」ことです。らしさの押しつけが起こったとき、その状況を保護者や教師ら教育者が「無視」した態度をとると、それは「教育者がスルーするような話=してもよいこと」というメッセージを伴い伝わってしまいます。保護者や教師が子どもたちから信頼されていればいるほど、そのメッセージは強く伝わります。「これくらいのこと」と軽視せず、「蟻の一穴」を意識して行動に移してみてはいかがでしょうか?


ほりかわさん

ほりかわさんのこと

東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は、日本の性教育実践と実践者の歴史・性的マイノリティ運動の歴史。現在、日本学術振興会特別研究員(PD)、埼玉大学ダイバーシティ推進センター特定プロジェクト研究員。著書に『気づく 立ちあがる 育てる――日本の性教育史におけるクィアペダゴジー』(エイデル研究所、2022年)。『「日本に性教育はなかった」と言う前に―ブームとバッシングのあいだで考える』(柏書房、2023年)。