「ライバルだけど友達」SNS時代にこそ見習いたい、スケートボード日本代表のリスペクト精神

谷野哲郎

メダルを手にライバル選手と抱き合う開心那さん(左)=小沢徹撮影

 今年の夏はテレビでパリ五輪を見ながら、熱い声援を送ったという人は多いのではないでしょうか。特に10代の選手が活躍したスケートボードは話題を集めました。今回は日本代表として奮闘した3人のスケートボーダーのお話です。彼女たちが語ったスケートボードの魅力や特徴に、子育てのヒントを見つけました。

強さの秘密は「反復練習できること」

 まずは、スケートボード女子ストリートで金メダルを獲得した吉沢恋(ここ)さん(14)です。相模原市在住の中学3年生。8月17日に相模原市内で行われた金メダル報告会に出席し、所属する「ACT SB STORE」代表でコーチの寺井裕次郎さん(40)とトークショーを行いました。

地元で行われた報告会に出席し、笑顔を見せる吉沢さん=神奈川県相模原市で

 金メダルについて、「うれしいというのもあったんですけど、自分の中では、けがなく終われたことへの安心感の方が強かったです」と話した吉沢さん。緊張したかという質問に関しては「少しはしていたと思いますが、楽しんだ方が強いかなと思って」と笑顔を見せました。

 興味深かったのが、寺井さんの話でした。寺井さんは、吉沢さんが7歳でスケートボードを始めたときの話をしてくれました。

 「当時、スクールを開催していたのですが、恋ちゃんは10人くらいの中で、正直、一番才能がないかなという感じでした。でも、彼女が何よりもすごいのが、同じことを反復して練習できること、長い時間練習できることでした。反復、同じことを繰り返すのは飽きるし、一番きついのですが、彼女はそれを小学2年生くらいからできていましたね」

 「例えば、板をクルッって回すのを、皆が1カ月でできたとしたら、恋ちゃんは半年かかる。大げさにいえば、それくらい技を覚えるスピードは遅かったのですが、その技に対して、練習を半年ずっと続けられる。それが、彼女をここまで連れてきた要因だと思います」

楽しそうに寺井さん(右)とトークショーを行う吉沢さん

 金メダリストでも最初は才能がなかったという話はびっくりしますが、本人もあっけらかんとしたもの。「できないからやっていたら、半年たっちゃったみたいな」と言って笑っていました。

100回のうち1回の成功がうれしい

 吉沢さんがスケートボードを始めたきっかけは、家族に勧められたからだそうです。

 「私のお兄ちゃんが『何かスポーツやりたいな』ってなって、家の近くにスケートボードパークがあったので、私もついていったんです。でも、せっかく行くなら、やった方がいいんじゃないって、それで始めました」

 「でも、すごく難しいし、転んだら痛いし、最初は嫌でした(笑)。でも、やっていくにつれて、大会とかで優勝できるようになると楽しくなって。今でも、けがをしてしまったときとか、何時間たってもメイク(技を決めることが)できないときには、やめたいなと思うときがあります」

 寺井さんが吉沢さんの言葉を補足します。

 「スケートボードって、10のうち、9は失敗なんですね。例えば、最初は100回やって1回決まるとか、そんな感じなのですが、その1回がすごくうれしいんです」

 「あきらめてしまうのは楽なのですが、そこを1年、2年と頑張ってみる。今の子どもたちには、恋ちゃんのように、『続ける』や『あきらめない』をやってほしいですね」

 100分の1の喜びから始まる競技もある、ということが新鮮でした。

勝負中も交わす 互いに励まし合う言葉

 スケートボードを見ていて思うのは、競技中も仲が良さそうにしていること。吉沢さんも、うなずきながら、「実は結構、滑りながらしゃべっていて、『次、絶対に決めようね』とか、あと失敗したときも『ドンマイ』とか、お互いに励まし合うような言葉を交わしているんです」と明かしてくれました。

メダルを手に、仲良く記念撮影するスケートボードの選手たち。左は開心那さん(小沢徹撮影)

 パリ五輪のスケートボードは、勝負の苦しさより、滑る楽しさの方が強く感じられました。女子パークで2大会連続の銀メダルを獲得した開心那(ひらき・ここな)さん(15)は、何よりも競技の楽しさを優先してきた一人です。17日に都内で開かれた「VANSスケートイベント」に参加し、スケートボードについて、こんなふうに話しました。

 「私が一番大事にしているのは、自分らしさを出すことなので、自分らしいトリック(技)ができれば、それが幸せ。スケートボードはルールも決まりもなくて、自分の好きなように表現できるもの。すごく楽しいので、興味があるって人はぜひ始めてほしいです!」

 開さんはこれから2028年のロサンゼルス五輪を目指すとともに、「プロボーダーとして、カルチャー的な撮影とかやってみたいし、ファッションも楽しみたい」と意気込んでいました。

楽しくないなら、無理しなくてもいい

 また、同じく女子パークに出場し、8位だった草木ひなのさん(16)は、自由さを強調します。「私は男女や年齢を問わずにできることが、すごくいいなって思っていて、私の周りでは60代の方が始めていたりするんです。みんなで一緒にセッションできるのがいいなと思います」

都内で開かれたスケートイベントに参加した開心那さん(右)と草木ひなのさん

 草木さんにこんな質問をぶつけてみました。

ーそうはいっても、楽しいことばかりではないと思います。もし、スケートボードを始めたばかりの子が「練習がつらい」って言ってきたら、どのように対応しますか?

 すると、草木さんは「私なら、『楽しくないの?』って聞いて、もし、楽しくないなら、『無理しなくてもいいんじゃない』って答えます。楽しんで滑るのが、スケートボードがうまくなる秘訣(ひけつ)なので、『やりたいんだったら、楽しんでやればいいし、やりたくないんだったらやらなくてもいいんだよ』って答えますね」

 スポーツは強制されるものではなく、自分の意思でやるもの。

 草木さんは「私は、自分のスケートスタイルを世界に見せつけたいと思って滑っています。みんなに知ってもらえるようなスケーターになりたい」と語ってくれました。

SNSで選手が誹謗中傷される時代に

 振り返ってみると、今回の五輪は良いことばかりではありませんでした。特に問題になったのは、少なくない選手や関係者がSNSで攻撃されたことです。「今のは、誤審だ」「あの選手の態度が気に入らない」など、残念ながら、選手たちが誹謗(ひぼう)中傷の標的になるケースが目立ちました。

 しかし、そんな中で、お互いにリスペクトし合うシーンがたくさんあったのが、スケートボードでした。失敗しても声を掛け合い、成功したら自分のことのように喜ぶ。そんな光景に胸を熱くした方も多いはずです。

ライバル選手と抱き合う開心那さん(右)(小沢徹撮影)

 彼女たちは自分たちの競技について、どのように考えているのでしょうか。

 先ほどの吉沢さんはこう語ります。

 「スケートボードが他の競技と違うなと思うのは、ライバルだけど、一番は友達なんです。『相手がすごい技を出したから負けちゃう』ではなくて、最初に『すごいな!』って言葉が出てきて、その中で『自分も負けないように』って練習するところが、スケートボードの一番の魅力だと思います」

 彼女はさらに続けます。

 「スケートボードって、すごい(設備の良い)パークはそれほどたくさんあるわけじゃないので、オリンピック選手が集まって練習するところは限られるんです。そこで、一緒に練習していると、転んだり、うまくいかない姿をお互いが見ていて。(ライバルの)技が難しいのが十分わかっているんです。そういう中で相手が決めるのを見ると、自分のことのように喜べるし、応援したくなる。すごいな、自分もこういうふうにできたらなって思えるんです」

チャレンジした勇気 たたえるスポーツ

 日本では割と最近まで、スポーツは結果がすべて、勝たないと意味がないという風潮がありました。しかし、スケートボードの選手たちは違うようです。東京五輪で女子パークの金メダリスト・四十住さくらさん(22)は残念ながら、パリでは振るいませんでしたが、「人の失敗は祈りたくない」と話し、その後、予選敗退を喫しても、拍手で相手をたたえていました。

 吉沢さんは話します。

 「誰かを意識して戦うというよりは、自分自身と戦うことが大切なのかなと思ってます。大会では、限られた回数しか滑ることができないので、その中でチャレンジして、決めることができたら、うれしいんです」

 相手は関係ない。ただ、自分で挑戦するだけ。シンプルだけど、すてきな考え方だと思いませんか? チャレンジした勇気をたたえ、お互いが相手をリスペクトするスケートボード。SNS時代の今だからこそ、見習いたい考え方だと思いました。

パリ五輪で技を決める開心那さん(小沢徹撮影)

難しいトリックを決める草木ひなのさん(小沢徹撮影)

「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。

コメント

  • 私よりも年下なのにすごいと思います。彼女たちの考え方にすごく共感を持ちました。勝たなければ意味がないとか、勝つことだけを目標にする人がいますけど、そういうことではなくて、ライバルだけど友達と自分の挑戦
    さとう 女性 30代