河村勇輝選手が子どもたちに贈る言葉 けがの予防、練習の極意、そして「バスケよりも大事なもの」

谷野哲郎
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「今の感覚を忘れずに」と子どもに声をかける河村勇輝選手=世田谷区で(イベントの写真は坂本亜由理撮影)

アディショナルタイム

 「いいよ~、今の感覚を忘れずに!」「もう少し、足を使ってみようか!」。コートに元気な声が響きます。子どもたちを指導しているのは、バスケットボール男子日本代表の河村勇輝選手(22)=横浜BC。今回は先月、都内で行われた河村選手のバスケットボール教室の模様をお伝えします。河村選手がバスケより大事にしているものは? どうすれば、そんなに足が速くなるの? 日本の若きエースの答えは意外なものでした。

強い体を作るのは「食事、睡眠、運動」

 3月16日、東京都内で「ZAMST×河村勇輝バスケットボールクリニック」が開催されました。河村選手が会場に現れると、集まった104人の子どもたちは拍手と大歓声。あいさつの後に行われたトークショーでは、主催した「ZAMST」がスポーツ向けサポート・ケア製品ブランドということもあり、「成長期におけるけが予防」をテーマに話し始めました。

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子どもたちを前にトークショーを行った河村選手(右)

 河村選手は「特別なことをする必要はなく、食事、睡眠、そして運動。この3つをしっかりすれば、強い身体ができると思います」「毎日繰り返していくことで自分の身になっていくので、積み重ねていくのが大事」とアドバイスを送ると、「僕も小学校、中学校のころにもっと食事に気を配っていれば、身長が180センチくらいになったかも」と笑わせ、会場の雰囲気を和ませていました。

大谷選手も大事にする「リカバリー」 

 今回、小学生高学年を募集対象にしたのには理由がありました。子どもたちにとって4月は進学や進級など、新たな環境でスポーツを行うことが増える時期。運動強度が上がるため、5月ごろにけがが多くなる傾向があるそうです。集まった小学5、6年生を前に河村選手が訴えたのは、リカバリー(疲労回復)の重要性でした。

 「バスケを全力でプレーするために、身体のケア、けがをしないための予防を大切にしてください」

 「僕は高校時代、練習量が多くてもリカバリーが追いつかないことがないよう、しっかりとお風呂に入って、ご飯を食べて、自分の部屋でストレッチをする。これを徹底していました」

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Bリーグ千葉Jの富樫勇樹選手(左)と激しくぶつかりあう河村選手。試合後のリカバリーが重要と説く(平野梓撮影)

 体のケア、疲労を回復させる努力は、地味な作業で軽く考えられがちですが、実は一流アスリートが最も大事にしていることの一つ。疲れがたまると、けがをしやすくなるからです。せっかくうまくなっても、けがで試合に出られなかったら、うれしくありませんよね。米大リーグ・大谷翔平選手が毎日10時間の睡眠を心がけているというのも、同じ考えです。

試合前の「うどん」がパワーの源に

 けがの予防には食べることも大事です。「僕はルーティンというのをあまりやらないのですが、試合前にうどんを食べることはしています」と河村選手。

 以前はうどんが好きではなく、あまり食べていなかったそう。ところが、「尊敬する田臥勇太選手(宇都宮)から、『うどんは消化もいいし、試合前はすごくいいよ』って教えてもらって、それからうどんを食べてパワーの源にしています」。

 試合中のパフォーマンスを高めるため、試合後の疲労を軽減するため、事前にエネルギー(炭水化物)と水分を取っておくという考えは今では一般的です。「水も、自分でも飲みすぎかなと思うくらい、運動中は取るようにしています」と秘訣を明かしていました。

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献身的なプレーでチームを支える河村選手(平野梓撮影)

 憧れのプレーヤーの食の秘密を知り、「僕もうどんを食べる!」と口々に宣言する子どもたち。その後のバスケ教室で河村選手は「全身でシュートを打つ。まっすぐ打つ。その2つを意識して」「終わった後、フォロースルーでリングに指をかけるようなイメージで」などと声をかけていました。

「10本連続!」練習は集中力が大事

 河村選手といえば、昨年のワールドカップ(W杯)の活躍が話題になりましたね。スピードを生かし、ゴール下に切り込むプレーで相手を圧倒。バスケの日本代表「アカツキジャパン」の主力選手に名乗りを上げました。

 そんな日本のスピードスターに、子どもたちから矢継ぎ早の質問が飛びます。

―速いスピードでボールを運ぶにはどうしたらいいですか?

 「ボールを見ながらドリブルすると難しいので、まずは前を向いてドリブルできるようにしましょう。ボールが手にくっついているくらい、触れているのがいいですね。僕は『ボールと友達になる』と考えて、家でもボールを触りながらテレビを見ていました」

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シュートを指導する河村選手

―ミドルシュートが入りません。どういう練習をしたらいいですか?

 「僕が小学生のときにやっていたことは、連続シューティングです。適当に数をこなす練習よりも、例えば、『ミドルシュートを10本連続で決めるまで、今日は帰らない!』とか。集中力を使った練習をすることが大事。試合に近い状態の練習ができれば、シュートも入ると思います」

 小学生がすぐにまねできる助言に子どもたちは皆、納得の表情でした。

あの岡田監督と同じ…細部への意識

 このバスケ教室で印象的だったことが2つありました。

 一つは「どうしたら、足が速くなりますか?」と質問されたときのことです。河村選手は高校入学時にはチームで一番足が遅かったのに、3年生のときには一番速くなっていたというエピソードを明かし、こんな話をしました。

 「タイマーを使って、『よーい、スタート!』って走る練習がありますよね。そのとき、しっかりラインから走り始めて、(戻るときも)ラインを踏む。僕は毎日の走る練習のとき、ちゃんと線を踏む、フライングをしない。それだけを意識していました。そうしたら、走れるようになっていたんですね」

 あっと思いました。サッカー元日本代表監督・岡田武史さんが同じことを言っていたからです。W杯南アフリカ大会で日本をベスト16に導いた名将はよくこんなことを話していました。

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サッカー日本代表監督としてチームの指揮を執った岡田武史さん(2010年、W杯南アフリカ大会で、川口貞史撮影)

 「例えば、コーンまで走って戻ってくる練習のとき、少しさぼって1メートル手前で戻ってきたとする。すると、10日で10メートル、1カ月で30メートルとたまっていき、年間では相当な距離をさぼることになる」

 「運を掴み損ねないように小さなことまでどれだけきちんとできるか。勝敗を分けているのは、戦術よりもっと些細な日々の積み重ね。『1回くらいいいだろう』『少しくらい大丈夫』という気持ちが負けにつながるんだ」

 岡田さんは「勝負の神様は細部に宿る」という表現をしていましたが、河村選手が高校生のときに同じ考えで行動していたことに驚きました。ラインからラインまでをしっかり走る。フライングをしたり、ズルをしたりしない。細部までごまかさずに練習することが結果につながる。競技は違っても、勝負事は突き詰めれば、同じ思考にたどり着くのでしょう。子どもたちにぜひ、知っておいてもらいたい考えだと思いました。

 「バスケよりも大事なものがある」

 もう一つは「バスケ以外のことにも熱中してほしい」と子どもたちに訴えたことです。

 「バスケが好きで、バスケ中心の生活をするのはいいことなんですけど、バスケだけやっていてもダメです。勉強もそう、友達と遊ぶこともそう。文武両道で頑張ると、人としてすごく成長できるんじゃないかなと思います」

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子どもたちを指導する河村選手

 河村選手は「バスケよりも大事なものがある」と言います。

 「僕たちは一人のプレーヤーである前に、一人の人間です。トッププレーヤーである前に、一流の人間であれというのは、すごく大事なことです。バスケ第一というより、バスケットボールを通じて、どれだけ人として成長できるかが僕の人生において、一番に考えていること。それを子どもたちに伝えるべきかなと思いました」

 バスケで成績を残すよりも、人として成長することを考えよう。河村選手の言葉に、見守った保護者の人たちは何度もうなずいていました。

 4月は新生活の季節です。まもなく学校が始まり、新しい環境でスポーツに挑戦するというお子さんも多いことでしょう。そんなとき、若き日本代表の司令塔の言葉を思い出してみてください。きっとお子さんの役に立つはずです。

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子どもたちに囲まれ、笑顔の河村選手

河村勇輝(かわむら・ゆうき)

 山口県出身。プロバスケットボール選手。ポジションはPG(ポイントガード)。福岡第一高で全国高校選手権を2連覇。2022年春に東海大を中退し、Bリーグ・横浜BCでプロ選手に。同年夏に日本代表デビュー。昨年のW杯では主力として活躍した。昨季のB1では1試合平均19.5得点、チームをプレーオフ初進出に導き、レギュラーシーズン最優秀選手賞(MVP)と新人賞をダブル受賞した。172センチ、72キロ。

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  • Tkaz says:

    春休みに多くの子供たちが、市体育館のオープンコートにシュート練習に来ました。子供たちは皆、例外なく上手くなりたいと願っているのですが、練習の方法が分からず、あるいはその密度が薄く、上達に(必要以上に)時間がかかっているようでした。

    そこでよく私が使う喩え話があります。「暗闇の夕飯」

    夕飯を食べていると突然停電します。「アッ、停電だ!」それでも真っ暗になったテーブルで手に持った茶碗から、頬や眼をお箸でつくこともなく、食べ続けます。それは赤ん坊の頃から食べるという動作を毎日繰り返しているので体がそれを覚えているから。

    シュートが1本入ったら、同じシュートを少なくとも3本続けて入るように、同じ動作を体に覚え込ませる。3本できたら5本、そして河村選手も言っているように10本続けて決められるように練習する。

    最初から目標をあまり高く設定すると、達成困難で途中で断念することにもなりかねないので、「達成可能だが簡単ではない」ホドよい目標を、毎日、毎週、毎月、毎シーズン設定し続け、それを達成し積み重ねることが大切です。河村選手と同じように、NBAのステッフ・カレー選手も「プロセス(過程)が重要」と言っています。

    30年以上日米でコーチを続けてきて、これで上手くいかなった選手に出会ったことはありません。保証します。(私の保証ではあまり重みがないかもしれませんが(笑))。

    ちなみに、私がこの「暗闇の…」に気が付いたのは子育ての経験からでした。初めて我が子が自分で食事をするようになったとき、ベビーチェアの上のテーブルにあるシリアルを、小さな指で摘んで口入れる、ベビースプーンで食べるという動作を覚えてゆく過程を間近で観て、自分たちが当然と思っていることは本当は当然ではなく、時間を経た学習によって獲得した結果だったと気づかされたのでした。

    長くなりました。スミマセン。

    Tkaz 男性 60代
  • しろちゃん先生 says:

    こどもたちの憧れの選手のいうことなら、素直にきくことができますよね。渡辺雄太選手もそうですけど、ちゃんと食べて、寝て、そしてバスケをすることを言い聞かせています。私は教育に携わっていますが、ぜひこの姿勢を子供達に知らせたいです。

    しろちゃん先生 男性 40代
  • ルカ says:

    人としてどれだけ成長できるかと言い切る河村選手が人間的にも素晴らしい考えを持っていることがわかるいい記事でした。ビーコルの他の選手も素晴らしい選手が多いです。扱って下さい。

    ルカ 女性 20代

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