〈坂本美雨さんの子育て日記〉78・サバ美が奇跡の復活劇! 娘の涙と感謝の手紙

(2024年3月27日付 東京新聞朝刊)

復活前日のサバ美姉さん(手前)と「妹」

「わたしは妹です。ぼくの姉は猫です」

 娘の小学2年生が終わってしまった。2年間をともにしたクラスはバランスがよく、切り替えの難しい子やいろいろな特徴のある子がいるのを受け入れ合ってきたのではないかなと思う。あなたはあなた、自分は自分、というマインドの中で生まれた、違っていて当たり前、という思いやりが感じられる。

 また、ハリポタオタク友達ができたことをきっかけに、週末にお泊まりに行ったり、学校帰りに友達のおうちに行き夕飯をごちそうになって帰ってきたり、なんだかザ・小学生!な日々である。3年生はクラス替えがあるのでハラハラだけれど、当の本人は楽しみ!とどーんと構えているので頼もしい。

 家の机に山ほど2年生のプリントが積み上がっている中に、漢字のまとめがあった。めくると、姉という漢字の例文に「わたしは妹です。ぼくの姉は猫です。」とあった。そう、彼女の姉は猫のサバ美。サバ美はママの一番長く一緒にいる家族であなたのお姉ちゃんだから、と言い聞かされて育ってきた。

 そのサバ美が1カ月前、突然痙攣(けいれん)を起こして倒れたのである。痙攣を発見した娘は取り乱したが、その後見事に私のアシストをして夜間救急に付き添ってくれた。それからの2日間はサバ美の意識レベルが低く、このまま旅立ってしまう覚悟をし、悲しみよりもどう安らかに見送れるか、どう娘とこの現実と向き合うかばかり考えていた。

 いつこのまま息を引き取ってもおかしくないと感じた夜中、一緒にリビングで寝ていた娘を起こし、今のうちにちゃんとお別れをしておこう、と話した。寝ぼけ眼からすぐに涙があふれ、「サバちゃん、ありがとうね、よくがんばったね、大好きだよ」とありったけの言葉でお別れをした。私が泣きつかれてウトウトしていると娘は暗がりのなか一人で机に向かい、サバ美への感謝の手紙まで書いていた。8年間ありがとう、姉妹になれてよかった、と。

 翌朝、腕の中のサバ美はまだ息をしていて、その日も病院へ。主治医がじっとサバ美の目をみつめ、ふいに「サバはまだまだ行ける!」と立ち上がり液体ミルクを口に入れると、サバ美の目が急に覚醒し、なめ始めた。そこからの急激な復活劇は笑ってしまうほどで、その日の夜にはふらつきながらも歩き、次の日には普通のごはんを食べ、自分の足でトイレに行き、いつもの気高い様子が戻ってきたのだった。奇跡の生命力を見せてくれたサバ美に、感謝と尊敬でいっぱいだ。娘と「あの涙はなんだったの!」と笑い合える尊さをかみ締めている。

坂本美雨(さかもと・みう)

 ミュージシャン。2015年生まれの長女を育てる。SNSでも娘との暮らしをつづる。

コメント

  • 汎白血球減少症と診断され、まだ1歳ほどだったビッケが子猫の場合は100%助からないと医師に告げられた日から2,3日後日夜見守るしかないわたしにビッケが奇跡をもたらしてくれた。 その夜、そっと呼吸
    ひな 女性 70代以上 
  • え?何言ってんの?私まだまだ生きるわよ。 とおっしゃってるサバ様の声が聞こえてきそうです。
    茶汲み猫 女性 40代