〈坂本美雨さんの子育て日記〉47・みんな、みんな子どもだった

(2021年2月12日付 東京新聞朝刊)

写真を撮られまいと走りだす一歩手前の瞬間をキャッチ

カンフーブームがやってきた

 イップマン!! Netflixを見る余裕のある夜、「何見たい?」と聞くとイップマンと即答。ジャッキー・チェンの「ベスト・キッド」を見たのがきっかけでカンフーブームがやってきた。見よう見まねで、まったくキレはないが意気込みはあるカンフーが繰り広げられている。

 「ベスト・キッド」の中で、師匠は少年にカンフーの動きは教えない。ジャケットを脱ぎ、それを取ってまたシャッと着る。美しい所作の延長線上にある何かに少年は気づく。「カンフーは生活の中にある」とはいい教えだ。ちゃんと習わせてみてはどうだろう? いやしかしバレエが先だろうか? いや今通っている運動教室もあるし、水泳も、ギターも…。習い事の悩みは尽きない。

友達の家に「やばい段ボール」

 先日、十年来の女友達からひさしぶりに連絡が入った。あの家をいよいよ引っ越すから伝えておきたくて、と。あの家とは彼女の実家で、20代半ばはその家に入り浸り、年末年始は親戚のように一緒に過ごさせてもらった。特に、東日本大震災が起こってからの、うちのネコ・サバ美と共に居候させてもらった数週間は濃密な時間だった。

 娘が生まれて生活のペースが変わり、彼女とはすこし距離ができたけれど、こうして連絡をもらえてとてもうれしかった。娘を寝かせて夫に任せ、彼女を訪ねた。懐かしい家に入るやいなや、彼女が言う。「ねえ、やばい段ボールを発見しちゃったんだけど…」。屋根裏部屋への細い階段のそば、奥まった収納スペースの奥の奥に「思い出」と書かれた段ボールが3つあった。

「おかあさんいつもありがとう」

 おそるおそる開封すると、ザクザク発掘される宝物の山。昔の飼い犬の写真、ビデオテープ、卒業証書などに混ざって、彼女が幼い頃に母親にプレゼントした絵があった。おかあさんいつもありがとう、という文面とともに小さな女の子とお母さんが描かれている。

 「あぁぁ、わたしこれ覚えてる…。ここにインクが垂れちゃって、唾みたいだなってすごくやだったんだ」と、女の子の口元の汚れを指す。わーかーるー! 覚えてるのって、そういうほんのささいなポイントなんだよね、とインク染みを指でなぞりながら、なぜか涙が込み上げる。お母さんを思ってこれを描いた小さな女の子が、目の前の彼女の中にまだ生きている。娘の姿、そして、幼い私自身が重なる。みんな、みんな、頭をなでてあげたいと思う。(ミュージシャン)