不登校生を受け入れる「学びの多様化学校」 草分け・高尾山学園の「じっと待ち、とことん支える」取り組みとは
生徒ごとにプリント 個別に指導
JR中央線高尾駅からバスで約15分。高尾山学園は、他校で不登校を経験した小中学生95人(昨年12月1日現在)が在籍する小中一貫校だ。2004年度に公立としては初めて不登校の児童・生徒を対象に開設された。学習につまずきやすいとされる、小学4年生から受け入れている。
「きょうは2次方程式をやってみようか」「どこが分からない?」。中3の数学の授業では、問題に取り組む7人の生徒を、3人の教員が見回りながら教えていた。数学は2コースに分けている。ここは一人一人の習熟度に合わせて進めるB(ベーシック)コース。教科書は使わず、生徒ごとにプリントを用意し、個別に指導する。
高尾山学園には、通常の公立校と同じ都採用の教員のほか、八王子市が独自採用した教員がいる。年間の授業時間数は法律で決まっているが、特例校はこれを下回って授業を編成できる。高尾山学園は通常より2割ほど少ない。
授業を受けず、プレイルームも可
中2の英語では授業が始まる前に、2人の生徒が手を挙げた。「プレイルームへ行きます」と告げ、教室を出た。基本は「何事も押しつけない」。学ぶ気持ちが整っていない子どもには授業を無理強いしない。プレイルームは、代わりに用意した居場所の一つ。卓球やカードゲームなどができ、専門の職員が会話相手になる。この時間は14人が利用していた。
黒沢正明校長は「子どもたちの『やる気エンジン』がかかるのを、じっと待つんです」と言う。民間企業から同校の校長に転じて10年以上。多摩地域では初の民間人校長だ。「心身が成長し、学ぶんだっていう気持ちが高まれば、子どもたちは自分から授業に出ます。教員も試されている。子どもたちが出たくなるような授業を工夫しています」
登校率75% 高校進学率97.5%
プレイルームのほか、相談室、保健室で過ごすこともでき、相談員や養護教諭らが見守る。非常勤スタッフも含めると、同校には100人近い大人がいる。校内どこにいても、子どもたちを支えられる。
毎朝、職員室で児童生徒の様子を教職員間で伝え合う。黒沢校長は「何事も押しつけない。支える大人の密度を濃くする。情報共有の徹底。これが不登校支援に大切」。同校では、前の学校では一日も登校できない「全欠」だった子が珍しくないが、ここでの登校率は平均75%。中学卒業後の高校進学率は97.5%で、うち約3割は全日制普通科高校に進んでいる。
カギは「ねばならない」からの脱却
全国にまだ24校 300校あれば…
学びの多様化学校は現在、10都道府県に24校。通える児童生徒は限られる。300校あれば、おおむね全国で通学可能になる。
文科省によると現在、379の市町村が多様化学校設置を検討している。先例が少ないだけに、どんな学校を作ればいいか分からないという声は多いという。教室の広さは、児童生徒への配慮は、時間割をどうするか、どんな教職員を何人集めれば…。
文科省は、多様化学校「マイスター」派遣事業を、昨年12月から始めた。特例校の現・元校長ら5人にマイスターを委嘱、授業の進め方、心構えなどについてアドバイスする。
高尾山学園の黒沢校長はマイスターの一人。不登校支援に特に大切なこととして「『ねばならない』からの脱却」を挙げる。
「学校は、授業はこうあらねばならない。何年生はここまで学ばねばならない-といった固定観念を捨てること。教員も、教育委員会も、文科省も。例えば学習指導要領。とても良くできているが、何年生はここまで学ぶ、というゴールには幅を持たせてもいいのでは。『ねばならない』から解放された、柔和な顔の教員を育てることです」
学びの多様化学校とは
不登校児童生徒の実態に配慮し、特別の教育課程を編成して授業ができる学校。文科相が指定する。少人数指導や習熟度別指導など、個々の児童生徒の実態に即した指導ができる。現在、全国にあるのは公立14校、私立10校。中学、高校、中高一貫、小中一貫など形態はさまざまだ。2005年に制度化した当初は「不登校特例校」と呼んでいたが、文科省は2023年に「学びの多様化学校」と名称を改めた。