気づかれにくい「ヤングケアラー」 こどもなのに家族を世話、成長の土台が奪われる 周りができることは?〈PR〉
漫画家・水谷緑さんに聞く
本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行う「ヤングケアラー」を題材にした漫画「私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記」(文藝春秋)がロングセラーとなっています。統合失調症の母をもち、幼稚園のころから一家の世話をしてきた主人公が、失っていた「感情」を取り戻すまでの物語。2年間で10人以上に丹念な聞き取り取材をした漫画家水谷緑さんは、当事者への声かけを「『大丈夫?』と聞いてしまいがちだが、日常の普通のことを話しかけてみては」と考えています。
提供/こども家庭庁
多くの反響「泣いた」「実は自分も」
―2022年10月の発売から、長期にわたり人気で、3万5000部超を販売し重版にもなりました。特に半数以上は電子書籍で、当事者だけでなく、周囲の友だちなど表面化しづらくても、潜在的な関心を掘り起こしています。反響はいかがでしたか。
X(旧ツイッター)にも声がすごくたくさん届きました。これは自分と似ているとか、友だちが読んで泣いたとか、実は自分もそうだとか。取材時は私も出産してすぐだったということもあり、こどもがつらい体験をする話を聞くのでいっぱいっぱいになった。届いたエピソードを読むのも取材当時を思い出してつらかったです。
―出版から1年以上がたちました。ヤングケアラーを取り巻く環境は変わったのでしょうか。
行政でも取り組みは少しずつ始まっているとは聞いていますが、支援者からは「どうしたら良いのか、わかりやすい正解はない」とも聞きます。まだ模索中の段階かなとも思います。こども自身は自覚がないし、ヤングケアラーがいるということも知らない人は多いです。あくまで家庭内の問題ととらえる人もいます。
なぜ気づかれない? 学校では優等生
―自覚のない子に自身がヤングケアラーだとわかってもらうのは難しいですね。
精神疾患のある親に対して、子のやっていることのどこまでがケアになるのかわからない部分があります。朝起きて親をなだめて機嫌良くさせてから学校に行くとか、親の話を毎晩、一晩中聞いてあげるとか。
精神科のケアは聞くことがメインなので、目に見えない労働にあたります。料理や掃除、家族の面倒を見るといったことで「自分がいないと家が回らないなら、それはケア」というとらえ方があると聞いて、共感しました。
こどもがこどもらしいこと、好きなことに没頭することでその子のアイデンティティーを育てるといわれます。何が好きか、嫌いかを知っていく時期が自信を作るので、その時間が奪われていますよね。
―長い時間をかけて多くの当事者を取材した中で感じたヤングケアラーの特徴はありますか。
学校では勉強ができて優等生の良い子なので、ヤングケアラーとは気づかれにくいケースが多そうです。空気が読めて、目立たない子は多かったです。
つらそうに見えないように友達を笑わせたりしていたという話や、小学生の頃はなぜかいつも微熱があった、不眠だったという体調不良の話もよく聞きました。まだこどもで言語化しにくいため、ストレスが体に表れているのかと思います。
一方で、高校生ぐらいになると疲れたり自覚したりで限界が来てしまい、不登校や家出、非行、自殺を考えたという人も多かったです。
親に振り回されても、縁を切れない
―あとがきでは「驚くような困難もあった」とあります。作品の展開上は入れられなかったけれど、印象に残っている事例はありますか。
きょうだい間で性的虐待を受けたり、殴る蹴るの暴行を受けたりしていた家もありました。でも親は気づくことも怒ることもできず、放置していたそうです。
ほかにも、父親が精神の病で薬を飲んでいて、年に1~2回すごく暴れる日があるとか、いつも親の叫び声で起きる子とか、親に殺されそうになる子とか。「明日がないと思っていた」と話す子もいました。精神疾患だと親本人もコントロールできない中で、縁を切ったり見限る子って少ないんですね。
「行ってきます」と言ったときのお母さんの反応が気になって「今日は早く帰らなきゃ」と思ってしまう。帰って家の明かりがついていないと、何かあったのかと怖くなる。常に何か気にしてしまう習慣がこどものころから付いているようです。
―どんなにひどいことをされても親のことは好きということでしょうか。作品の中でも「すれちがってたけど お互いに愛情はあったんだ」というセリフがありました。
好きとは限らないと思います。「親のことは好きかどうかわからないけど、好きって言わないとやっていられない」と言う子もいました。精神疾患でおかしくなっている日もあれば、調子の良い日はご飯を作ってくれるし、親への愛情がゼロになりにくいのでしょう。
一方で、虐待を受けていた子の中には「親が死んでほっとした。死んでからが私の人生だ」と話す声も聞かれました。
―作品では、水泳の授業に参加するために親が体温を書き入れる書類を、こどもが代筆し、家族以外に家庭の事情がばれないように工夫して振る舞う描写がありました。あとがきでは「取材して実感したのは『こどもはプライドが高い』ということです。同情されたくないですし、誰が何に怒るのか、喜ぶのか、冷静に見極めて行動しています。こどものしたたかさを大前提にしながら描きたいと思いました」とつづっています。
頑張ってきたことが崩れる、という意識があるのでしょうね。認めたら自分のプライドが傷つく。自分が家族を回してやっているんだ、というような。
感情オフ 常に冷めていて怒れない
―主人公のセリフが題名にもなった「私だけ年を取っているみたいだ。」の場面では、大学生らしい話題ではしゃぐクラスメートとの対比が象徴的です。
小さなころから感情をオフにしていたことから、常に冷めていて、怒れず、涙も出ず、それを言語化もできないという悩みはよく聞きました。美しい花火を見ても「わあ、きれいだな」と没入できず、「みんなきれいと言ってるからきれいなんだろう」と。こども時代にいろんな人にかわいがってもらって安心できる経験をして、やりたいことを探して大人になっていく…という土台がないんです。
―主人公が結婚、出産を経て娘ができて、幼少期のトラウマ(心的外傷)がフラッシュバックするシーンは衝撃的でした。
当事者が親になり、自分もそんなふうに育てられたからこどもの育て方がわからず虐待するケースも聞かれました。
こどもは家族の中で一番の「弱者」
―取材はどのような形で行っていたのですか。
一人一人実際に会ったり遠方の人とはオンラインで話したり。細部まで表現するため、3時間以上話して、その後もメールで何十回もやりとりする人もいました。
―取材で心がけていたことはありますか。
かわいそうとはあまり思っていませんでしたが、そういうふうに接しないようにはしていましたね。同情されるのが一番嫌だろうなと思ったので。自らのかっこ悪い経験なども話しながら聞いてました。
―そもそも、なぜヤングケアラーを取り上げたのでしょうか。
元々精神疾患の患者さんの漫画を描いていました。当事者の話の中でこどもがちらっと出ることが多くて。精神科についてきたこどもが1人で待っていたとか、こどもを道連れに死のうとした人がいたとか。編集者さんからこのテーマを提案されて、私自身も妊娠や出産をしたタイミングだったため、こどもは家族の中で一番の弱者というのを強く感じました。
周りができること まずは日常会話
―ヤングケアラーの当事者に対して、周りの第三者ができることはあるのでしょうか。
よく「大丈夫?」って聞かれるけど、何と答えて良いかわからず、家の事情がばれて誰かが来るのも怖いし「大丈夫」と答える子は多いようです。「運動会で何の種目に出るの?」とか「明日の宿題できた?」とか、もっと普通の日常のことを聞いてほしかったというのが印象的でした。
例えば運動会の赤白帽がどこかに行ってしまったけど、お母さんの世話が忙しくて探せないとか、ごみ屋敷で部屋がぐちゃぐちゃになっていてわからないとか、日常のことで困っているんです。「何かあったら警察呼びな」と言われても、通報へのハードルは高いしこどもにもプライドがある。ちょっと愚痴を聞くぐらいから入っていけば良いのかなと思いますね。
「否定」や「評価」をしてはいけない
―当事者への声かけで気を付けることはあるのでしょうか。
否定や評価をしないことでしょうか。やっと対話できた養護教諭から「親は大事にしないとね」と言われた子は「大人にはもう絶対話さない」と決めたそうです。本人はただ気持ちを聞いてほしかっただけだったんです。
当事者が振り返ると、隣の人がお総菜を持ってきてくれたり、学校の先生が合格発表についてきてくれたり、友だちのお母さんが「進学はした方が良いよ」と声をかけてくれたりといったことを何十年後かに思い出すそうです。力になりたいと思って声をかけた大人は、本人の反応がなくて落ち込むかもしれないけれど、おせっかいを言わないよりは言った方がいいのかもしれないですね。
当事者のこどもへ 自分の力を信じて
―ヤングケアラーの当事者に伝えたいことはありますか。
こども自身がもっと大人を観察する目を身に付けても良いかなと思います。私のこどもも4歳なのにすごく人を見ていて、びっくりします。自分にも力があるし、大人を見極めて声を上げる力があると信じてほしい。誰かが何とかしてくれるかもって思ってほしいですね。
こどもには元々ものすごい力がある一方で、大人が当たり前のように搾取することがある。搾取されているのに気づき、自分のせいじゃないって思えたらいいですね。今後はこうしたことを絵本などでも発信していきたいです。
水谷緑(みずたに・みどり)
漫画家。2013年、メディアファクトリーのコミックエッセイプチ大賞を受賞し、2014年に「あたふた研修医やってます」として書籍化。著書に「こころのナース夜野さん」「精神科ナースになったわけ」など。神奈川県出身。
ヤングケアラーとは
年齢に見合ったお手伝いの範囲を超えて、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこどもたちのこと。障害や病気のある家族のお世話のほか、幼いきょうだいの世話、日本語が話せない家族の通訳、アルコール問題を抱える家族の対応、家計を支えるためのアルバイトなど負担は多岐にわたります。学業や友人関係に支障が出たり、健康状態に影響したりすることが懸念されます。
国が2021、2022年に公表した実態調査結果によると、大学3年の6.2%(約16人に1人)、高校2年の4.1%(約24人に1人)が「世話をしている家族がいる」と回答。
そのうち、大学生の28.3%、高校生の20.4%が「進路や就職など将来の相談にのってほしい」と支援の必要性について回答していました。こども家庭庁は4月以降、進路やキャリア相談を含めた相談支援体制の構築など、地方自治体の相談窓口機能を強化する新事業を開始します。
2024年通常国会には、ヤングケアラーの支援を明記したこども・若者育成支援推進法改正案が提出されました。法案ではヤングケアラーを「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められるこども・若者」と定義しています。
相談窓口
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