Eテレ「アイラブみー」アニメで伝える包括的性教育「自分を大切に」 5歳の主人公と一緒に大人も学べる
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パンツを描くことで何を伝える?
―思い返せば、ほかの人の気持ちを考えなさい、友だちに優しくしなさい、とばかり子どもに求めて、「自分の気持ちや体を大事に」とは言ってこなかった。反省です。
番組を監修する先生方は、親が自分たちも分からない中であれもこれもしなきゃと追い詰められるのはとても良くない、と話していました。全部自分でやらなくてもよくて、絵本とかアニメーションとか、いろんなものの手を借りながらやればいいですよね。
ただ、いわゆる出産の仕方などの情報ではなく「自分を大切にする」という包括的性教育の概念は、すべての親が分かっていたほうが良いと考えます。番組の各回が「自分を大切にするとは何か」について考える材料になればとの思いで作っています。
包括的性教育とは
月経や射精など生殖の仕組みだけでなく、人権尊重をベースに、人間関係やジェンダー平等、健康など、幅広く性を学ぶ教育のこと。ユネスコが2009年に作成し、2018年に改訂した性教育の指針「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」で、発達段階に応じて5歳から学ぶべき内容が示されている。
初回は子どもの好きなパンツを取り上げようと、なんとなく決めながら番組の骨格を作っていきました。パンツをやるということは、パンツの中の性器の話に触れなきゃいけないよね、でも本当にテレビで性器を描くべきなのだろうか?と議論になりました。先生方にも相談し、男の子の性器はこう、女の子はこう、というのは子どもがだんだん自然に覚えていけるので、テレビで絶対にやらなきゃいけないことではない、という結論に至りました。
じゃあパンツの回で何を描く?と考えたら、すごく複雑なのですが、パンツの中はとてもプライベートなところで、けれど体のすべてがプライベートで、体を見られるとか触られるとかは自分で決めていいのだ、と。自己決定権の話ですね。だから自分で自分を大切にしなきゃいけない、自分のことは自分でしか大切にできないんだよ、というメッセージに数珠つなぎになっていきました。
自分も他人も大切に それが人権尊重
―番組名に込めた思いは。
自分を大切にすることは、同じように大切である他人も大切にすることにつながり、それが人権尊重につながる。これが包括的性教育の根幹ですよね。そこから「アイラブみー」という案が出ました。
でも実は私自身、最初は抵抗があったのです。数年前に、自己肯定感を上げるための日々のヒントやおしゃれなどを取り上げる若い子向けの番組をやっていたときに「アイラブミー」というタイトルを提案したら、スタッフに、え?と言われて。自分のことをそう言うなんてちょっと恥ずかしい、自意識が高いと思われる、みたいな。
でも今回はスタッフみんなが、ひっかかりもあるし良いのでは、という意見でした。アニメがみなさんになじんでもらえて、「アイラブミー」と言うことが何の違和感もなくすっと受け入れられるようになる、「恥ずかしい、何それ?」と思われないようになる、そこを目指して作っていこうと思うようになりました。
子育て中の「ひっかかり」がテーマに
―各回のテーマはどのように設定していますか。
子どものいるスタッフが多いので、子どもが日々感じているつまずき、ひっかかりみたいなことを共有するところから始めます。生活の中で今日こんなことがあって、とか、子どもがこういうことを言った、とか、子どもが感じる「平場(ひらば)の疑問」が出発点ですね。そこから、世の中を見る目線が変わる学びみたいなものを、各テーマでひとつずつ作れないかな、と議論していきます。
私の5歳の子どもが、朝からちょっとしたことでひっかかった日がありました。朝起きてリビングに行くのが1番じゃなくて号泣し、涙を拭いたら鼻水が洋服について怒って、その鼻水を洗ったら水が冷たくて怒って、とイライラが止まらなくて。本人もどうしたらいいのか分からなくてもう無理!となってしまった。
じゃあこの状況に対して、どういう気づきがあれば次の日から世界の見方が変わって、生きやすくなるだろう? 専門家に相談し、議論して脚本を作り、「イライラしたときどうすればいいの?」という回になりました。切り替えスイッチを持っておこう、というのは、大人も知っていると役立ちますよね。
「さらっと大事なことを言ってくれた」
―パンツの回で「おんなのひとは生まれたときから3つの穴があるんだよ」と説明しました。「赤ちゃんはどこから生まれるの?」は多くの大人が答えに悩む質問です。
さらっと大事なことを言ってくれて良かった、という反響がほとんどでした。画面のQRコードから「アイラブみー」の番組ホームページに飛ぶようになっているので、専門家のアドバイスを読んでそのように子どもに説明しました、という意見もありました。とまどってしまう保護者に、じゃあどうしたらいい?まで示せる番組でありたいと思っています。
一方で家庭によって考えはさまざまです。絵本なら大人が選んで買って子どもに合ったタイミングで向き合えますが、Eテレを時計代わりにつけている家庭もあり、テレビは受動的に流れてきてしまう。(性の話に)拒否感がある方がいるのは当然で、その方たちの気持ちを考えて作っています。そこがテレビの難しさであり、日常に浸透するやり方をみんなで模索しています。
―みーだけでなくすべての登場人物の声を満島ひかりさんが担当しています。
みーの性別をどうしよう、と考えていたときに、男の子の声も女の子の声も演じられる満島さんに声をかけました。途中でみーの性別を決めないことになり、せっかく満島さんにやっていただけるならほかのキャラクターもお願いできないかと相談したら、満島さんが「じゃあ試しにやってみます」と受けてくださって。
満島さんの演じ分けは素晴らしいですし、結果的に、お母さんが絵本を読み聞かせするような温かさがあり、また、自分と同じように他人を大切にする、というメッセージにもつながりました。
親がシングルでもかわいそうじゃない
―みーはお父さんと2人暮らし。お母さんはどうしているのでしょうか。
全部設定を決めているわけではないのです。当初は、心配性のお母さんが家で待っていて、みーが家から出かけて戻ってくるまで、というストーリーでした。ですが、そういう設定のアニメはほかにもあり、オーソドックスな性別役割ではないほうがいいのでは、と考えて変更しました。みーのお母さんは離婚しているのか、単に離れて暮らしているのか、まだ分かりません。分かっているのは死別ではなく、とりあえず生きているけれど一緒には暮らしていないということ。
描きたかったのは「みーはかわいそうではない」ということです。お母さんはみーのことが大好きで、みーはお母さんもお父さんも大好き。シングルの親と暮らす子が増えている中で、自分の親がシングルでなくても、お友だちがそうだったときに「あの子はかわいそうではない」となってほしい。普通の光景としてあるよね、としたかったのです。
―ポッドキャスト「おとなのためのアイラブみー」も配信中です。
子どもたちに「自分のことを大切にすることを考えましょう!」というほどに自分がそうできていないので、探りながら、みんなで、大人も発見しながら番組を作っているのですよね。包括的性教育みたいなことを子どものときに学べなかった自分たちはもう手遅れなのか、という気持ちがあったので、じゃあそういう「自分のことを大切にする感覚を持たないまま大人になってしまった大人」向けにやろう、と。
若い人が自己肯定感を持てなかったり、やらなきゃいけないことや他人のために「自分」の優先順位を下げてしまったりすることがありますよね。それでうつになったり、病気につながってしまったり。それは悪いことではなく、他者への優しさを否定するのではないけれど、自分を大切にする観点を持っていると、自分が楽になったり、少し自由になれたり、ということがあるのではないかと思います。
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