編集者 北村淳子さん 「戦争は絶対にダメ」 祖父・半藤一利さんから受け継いだ非戦の思い

谷野哲郎 (2022年8月21日付 東京新聞朝刊)

祖父の故・半藤一利さんについて語る北村淳子さん(田中健撮影)

素直に言えない江戸っ子気質だった

 編集者という仕事を選んだのは、祖父・半藤一利の影響が大きいと思います。文芸春秋の元編集長でしたし、そもそも、私が本を好きになったのは祖父のおかげ。子どもの頃、母が祖父の本棚にあった本を読みあさり、後で私に「これ読んでみたら」と、いろいろな本を勧めてくれたのがきっかけでした。

 就活の際に祖父に編集者になる意思を伝えると、「そんなもん、やめとけ」と笑いながら言われました。でも、後で周囲の人に聞くと、すごく喜んでいたそうです。江戸っ子で、素直に本人には言えない性格だったのですね。

 祖父は頭が良く、博識で、何にでも興味を持つ人でした。歴史研究以外にも、日本舞踊を習いに行ったり、韓国語を勉強したり、版画は展覧会を開いたほど。興味を持ったら、自分で行動しないと気が済まない人でした。

祖父が託してくれた企画書

 昔、銅像の二宮金次郎が何を読んでいるか知りたくなり、あちこちの小学校に忍び込んで、見て回ったそうです。論語か白紙が多かったと聞きましたが、実は私も小学生のとき、同じことをした経験があって。そういうところは遺伝かもしれません。

 残念ながら、祖父は昨年一月に亡くなりました。ただ、遺作『戦争というもの』を担当編集者として出版することができました。祖父が入院中に企画書を書き、私に託してくれたのです。最初の仮タイトルは『孫に知ってほしい太平洋戦争の名言37』。祖父が自ら本を作ろうと言い出すのは珍しく、私たちの世代に何か残したいという思いがあったようです。

 高校生のとき、祖父から東京大空襲の話を聞きました。人が次々と炭になったこと、走って逃げたこと、舟に乗って溺れている人を助けようと手を伸ばしたら、水の中に引きずり込まれてしまったこと。どちらが水面かわからない状態で、たまたま長靴が脱げて浮いて、水面の方向が分かって助かったこと…。静かに語る姿は忘れられません。

ウクライナへの侵攻にショック

 結局、祖父が言いたかったのは「戦争は絶対にしてはいけない」ということです。私はずっと祖父が身近にいたので、世界中の人が同じように平和を望んでいると思っていました。だから、今年、ロシアがウクライナに侵攻したときは、ショックでした。

 祖母は「あの光景を夫が見ないでよかった」と言っていました。祖父は何かあるたびに、日本がまた戦争をする国に近づいてしまうのではないかと心配していましたから。

 終戦の時期になると、祖父を思い出します。私は祖父のように、戦争について語ることはできません。でも、全ての人が「戦争は絶対にダメだ」という思いを抱く世界にしなければいけない、そのためにできることをやっていきたいと思っています。

北村淳子(きたむら・あつこ) 

 編集者。1992年、東京生まれ。2015年にPHP研究所に入社。これまで文芸担当として、青山美智子さん、寺地はるなさんらに携わり、青山さんの『赤と青とエスキース』は2022年本屋大賞2位に輝いた。祖父は作家で歴史研究家の半藤一利さん、祖母はエッセイストの半藤末利子さん。