江戸川区名物の紙芝居 ”最後の1人”から受け継いだ女性が人気 「待っている子がいる限り続けたい」

加藤健太 (2019年6月24日付 東京新聞夕刊)
 最後の街頭紙芝居師と呼ばれた永田為春(ためはる)さん(91)が引退したのち、その意思を継ぎ、子どもたちから「じゃんぼ」の愛称で親しまれる女性が東京都江戸川区の路上で紙芝居を続けている。「永田さんが定着させた風景をなくしたくない」と、劇団仕込みの情感あふれる語りで毎週街頭に立っている。

子どもたちに囲まれ、紙芝居をする岡本理世さん=6月12日、東京都江戸川区の篠崎公園で

身長173センチの紙芝居師「じゃんぼ」 

 「じゃんぼが来たぞ」。公園に近づく自転車を見つけた子が声を上げ、キャッチボールや遊具に夢中だった小学生が一斉に集まる。小銭を手に行儀よく並び、お目当ては、水あめや甘酸っぱいさくら大根だ。

 駄菓子が行き渡ると紙芝居が始まる。この日は昭和20年代の作品で、人気を博した「チョンちゃん」。レトロ調のイラストに、スマートフォンを首から下げた子どもたちが真剣に見入った。

 「じゃんぼ」の正体は豊島区の岡本理世(りよ)さん(年齢非公表)。大学で演劇を学び、東京の劇団で芝居に打ち込んだ。だから、紙芝居は臨場感たっぷり。姿勢や表情で威張ったり喜んだりしているのが分かる。「じゃんぼ」は、身長が173センチあることから劇団時代に付いた愛称だ。

「これで生きてきたという自信に満ちていた」

 「老若男女から動物まで多彩に演じられる」と、もともと紙芝居に興味があった。江戸川区に住む永田さんとは、知人を通じて2007年に知り合った。一心に演じる迫力に「これで生きてきたという自信に満ちていた」と魅了された。

 その後も街頭に見に行くようになり、7年ほど前、高齢を理由に引退した永田さんから「やる気があるならやってみたらどうだ」と言われ、自転車や道具を譲り受けた。駄菓子の売り上げやイベントの出演料で生計を立てる。

 戦中、戦後の暮らしを伝える国立博物館「昭和館」(千代田区)が12年に開催した特別企画展で「最後の街頭紙芝居師」と紹介された永田さん。同業者が全国に5万人いた昭和20年代の最盛期を「紙芝居師ごとにファンがいて、会社員より稼げた」と振り返る。

昭和20年代の紙芝居最盛期を知る永田為春さん

永田さんの紙芝居で育った大人たちも楽しみに

 永田さんは朝から晩まで拍子木を鳴らして江戸川区内を回り、テレビの普及などで同業者が姿を消していっても、「子どもを喜ばせたい」と街頭に立った。その姿は子どもたちの記憶にしっかりと刻まれた。

 じゃんぼさんの元には通りすがりの大人たちも立ち寄り、慣れた様子で駄菓子を買っていく。永田さんの紙芝居で育った人たちだ。小雨の日にはレインコートを着てやって来る子もいる。そういう姿に触れるたび、じゃんぼさんは思いを強くする。「この地域には紙芝居の文化が今も根付いている。待っている子がいる限り続けたい」