【中学受験と親の役割】崩れた親子関係-ある女性の告白 「翼の翼」の朝比奈あすかさんに聞く

 中学受験をテーマにした小説「翼の翼」(光文社)の作者、朝比奈あすかさん(46)をゲストに招き、読者からの質問を一緒に考えるすくすくオンライン講座「中学受験、親の関わり方は?」。【3・夫婦仲の悪化を防ぐには? 中学受験を「降りる」とは?】に続く今回は、番外編として、中学受験の失敗で親子関係が崩れ、その後の人生にわだかまりが残った女性の告白を取り上げます。長い目で見た子育てと中学受験のあり方について朝比奈さんと一緒に考え、本講座の結びとしたいと思います。

親子関係が崩れ「50年たった今も…」

東京すくすく編集長・今川綾音 質問という形ではないのですが、「こづぁ」さんという62歳の女性から、壮絶な体験談が寄せられました。受験を巡る親子関係のわだかまりが後の人生にも影響した一例として、大変重い投稿だと受け止めています。この女性の体験談を読まれて朝比奈さんがどう感じたかを、最後に話題にさせていただければと思います。

62歳の女性・こづぁさんの投稿

 現在62歳の女性です。ちょうど50年前、自分から言い出して中学受験をしました。理由はその1年前に東京から埼玉に引っ越し、友達の考え方の違いになじめなかったからです。東京の学校に戻りたいというだけで、具体的な目標校はありませんでした。

 ところが父が女子の最高峰「桜蔭」に目標を定めて、私は何も考えずに頑張りましたが、結果は失敗。父はいい顔をしませんでしたが、滑り止めに受けた自由な校風のミッション系に入学しました。

 ところが父は、成績は中位だけど、その学校で楽しそうにしている私が気に入らないのか、1年生の最後の学期で成績が上がらなかったら、中1で中退させて、中2で地元の公立中学に編入させて「浦和一女」を目指せといいました。自分は努力したのですが、上がりませんでした。

 中1の終業式の時、成績表を持って担任の先生に泣きながら「成績表を書き換えてください」と土下座したくらいです。そのころ漠然と鉄道自殺を考えました。

 小学校の卒業式の時、みんなとは違うセーラー服の制服を着て、うらやましがられた1年後、地元の中学に戻るなんて恥ずかしいこと、そもそも母が阻止するに決まってました。今思うと本気ではなく脅し(いじめ、と今ではとらえています)だったと思うのですが、「私の力が足りなくて桜蔭に入れなかったからこんなことになったのだ」と、それから50年、60過ぎた年齢になっても中学受験に失敗したことにこだわっています。

 ちなみにこのころから「私は結婚しない、子どももつくらない」と決めて、現在その希望通り生きています。

 生活圏に桜蔭がありまして、学生の制服姿を見ると、両親に対して死ぬ前に「なんであそこまで自分を否定したのだ」と直接聞かなかったことを後悔しています。ただ、滑り止めで入ったミッション系の中高一貫校は、成績的には二流校ですが、先生にも友達にも恵まれて、過ごした楽しい6年間は宝物です。

親の「脅し」で自己肯定感が下がる

東京すくすく編集長・今川綾音 中学受験が後の人生にまで影響を及ぼしたというケースです。中学受験は子どもの心がやわらかいうちに経験することなので、親からかけられた言葉は強く残るのだなと感じました。

朝比奈あすかさん(右)と東京すくすくの今川綾音編集長

朝比奈さん これはまず、桜陰に目標を定めた理由が「最高峰だから」ということなので、「その子が大切にしている基準を重視して選ぶ」という姿勢とは対極です。お父さんがそこに勝手に目標を定めることが、まずおかしくて、きっとお嬢さんの目標ではなかったわけですよね。当時は私立に進学する子が相当少なかったであろう中で、お嬢さんがセーラー服を着て卒業式に出てうらやましがられたということは、もう私立に行くんだということがみんなに伝わっている。その後に地元の中学に戻るということが、どれほど恥ずかしいか分かっているのに、脅しや恥をかかせる方法で子どもに勉強させるというやり方です。一番良くないやり方をお父さんはしているなと思います。

 これでは自己肯定感が下がるし、自分はやればできるという気持ちも奪われていきます。「自分なんて」という気持ちの果てには、「生きてていいんだろうか」という不安すら生まれてしまう。自分は失敗した子どもだったんじゃないか、親にとって失敗作なんじゃないか、ぐらいの気持ちになってしまうと思います。

 ただ、彼女は泣きながら成績表を持って先生に「書き換えてください」と土下座する、というアクションができているということが、本当に素晴らしいなと思います。追い詰められながらも、自分で自分を救おうと一生懸命頑張ったわけです。その行動を見るだけでも、芯があり、強い方だとお見受けします。

朝比奈あすかさん

今川 スタートのところがおかしいと、本当にここまで追い詰められてしまい得るのですね。朝比奈さんがインタビューでも話していたように、「親が短期的な利益にこだわるよりも、子どもに対して恥ずかしくない言動をするといいんじゃないか」ということを頭に置くと冷静になれるのではないかと思いました。

大人になった時に軽蔑されないように

朝比奈さん 受験勉強の真っただ中にいて合格を目指して奮闘している時に「長い目で見ましょう」は、現実味のない言葉に聞こえるかもしれません。

 ただ、中学受験の結果は、終わった瞬間に過去になります。未来はずっと続きますから、中学受験の結果より、ご縁があった学校で自分がやりたいことを見つけていく力や、自分で目標を立てて挑んでいく力のほうが重要です。親が結果にこだわりすぎると、子どものそうした力や自信の芽を摘みかねないので危険です。

 この方も後の人生に影響するほどの深い傷を負い、自分が存在していていいのかと自問させられてきた少女時代だったと思うと、本当に胸が痛みます。

今川 ここまで長く引きずるというのはやはり、12歳という年齢の怖さなのかなと思います。まだ自分が確立されていない時期、自分の判断だけで進められるわけではない受験ですよね。

朝比奈さん そうなんですよね。子どもは本当に無力で、親がよいと言ったものをよいのだろうと思うしかありません。親の価値観や指針をそのまま飲み込んでいきます。そんな中で、しんどさや無力感を抱えながら、他に道を塞がれた状態で中学受験をする子もいるかもしれません。

 子どもが大人なった時に、「あのとき、私の親ってこういうこと言ったよね」と軽蔑され、人間として低く見られるのはすごく怖いことだなと思います。いつか子どもも大人になるので、その時に、軽蔑されないように振る舞っておいた方が、長い目で親子関係を見たときに重要だと思います。

 私がよい親だったという自信はないのですが、どうか、現役の中学受験生の親御さんたちには、大変な挑戦をしていくお子さんの心に傷を残さないようにお願いしたいと思います。

今川 朝比奈さん、本日はありがとうございました。

朝比奈さん これから受験期に向けていよいよ加速していく時期です。親も焦ったり不安になったりイライラしたりしますが、子どもが一番しんどくて、子どもが一番頑張っているので、どうか子どもの未来を長く捉えていただいて、子どもの心を守ってもらえればと思います。今日はありがとうございました。

今川 中学受験をする家庭も、そうでない家庭も、親子の向き合い方についてあらためて考えるきっかけにしたいと思います。