妻も子どももいない「自由」を謳歌したけれど〈加瀬健太郎 お父ちゃんやってます!〉
三男の胃腸炎が四男にうつり、併発した結膜炎が僕にうつり、次男の顔が腫れるぐらいにひどかった謎の皮膚炎が長男にうつりしている間に、季節も冬から春に移り変わっていた。妻だけは何にもうつらなかった。強い。
春休み中に子どもたちが、「ぐーまの家に行きたい」と一斉に言い出した。「ぐーま」とは、「おばあちゃん」と呼ばれると、本気で怒る義母のこと。なぜ行きたいのか聞くと、「だって、本物のすしも牛肉も食べられるし、ジュースにアイスクリームとお菓子も食べ放題だよ」と、皆口々に言った。「悪かったな、回転ずしで、豚細切りか鶏肉で。こっちは1日3食、おやつ付き。習い事までさせてるの。月1やったら、俺でも焼き肉ぐらい食べさせたるわ」と魂の叫びが口からあふれ出た。
妻と子どもたちが、ぐーまの家に行く朝。「うれしいんでしょ?」と妻に言われる。ばれている。子ども同様、僕もこの日を待ちわびていた。
みんなが出発すると、とりあえずビール。「ごはん中はテレビをつけない」が、うちのルールだが、テレビを見ながらごはん。「行儀悪いで」といつも子どもに注意している食卓に肘をつき、足を組んで食べる。面倒くさがる子どもを無理やり入れる風呂にだって、面倒くさいので入らない。「これが本当の俺だ」とひとり笑い。
ビールの空き缶の山を築き、録りためておいたドラマを一気見する。思いっきり自由を謳歌して、酔っぱらって布団に入ると、急に寂しくなった。スマホで子どもの写真を見て寝た。
次の日、すしと牛肉を食べたみんなが帰ってきた。「お父ちゃんに会いたかったか?」と長男に聞くと、「普通」と答えた。
加瀬健太郎(かせ・けんたろう)
写真家。1974年、大阪生まれ。東京の写真スタジオで勤務の後、ロンドンの専門学校で写真を学ぶ。現在は東京を拠点にフリーランスで活動。最新刊は「お父さん、まだだいじょうぶ?日記」(リトルモア)。このほか著書に「スンギ少年のダイエット日記」「お父さん、だいじょうぶ?日記」(同)「ぐうたらとけちとぷー」(偕成社)など。13歳、11歳、6歳、3歳の4兄弟の父。これまでの仕事や作品は公式サイトで紹介している。