高校受験で親ができること 学校や塾にはできない大切な役割 多様な受験生を指導する塾講師が解説
言わなくてもいいことを言ってしまう…
ある受験生のお母さんから、「中3の息子に、こんなことを言ってしまった」と相談がありました。
「今がどういう時期か、分かってるよね」
今年9月、東京都内の区立中学3年の長男が、部活動に参加するため塾を休むと言うのを聞き、母親(45)は、ついムッとしてこう言い返してしまいました。
険悪な雰囲気になり、長男は無言で学校に向かいました。新型コロナの影響で、思い出になるはずの大会が中止になるなど、長男自身が不完全燃焼であることも理解しているつもりでした。
「受験に向けて大事な時期だということは本人が一番分かっているはず。それなのに、頭ごなしに子どもの気持ちをつぶすような言い方をしてしまった」。長男の後ろ姿を見ながら後悔がこみあげます。
傷つける言葉 繰り返さないのが大切
―このお母さんのように、本当は温かく見守りたいと思っていても、親自身も不安からイライラしたり、子どもにきつく当たってしまったりすることがあります。子どもが言われたら嫌だと分かっているのに、つい口にしてしまった場合、どうしたらよいでしょうか。
柳原さん 子どもは案外タフなので、一度不適切な言い方をしてしまうくらいは大丈夫。繰り返してしまわないことが一番大切です。親御さんが繰り返さなければ、しばらくすると子どもは回復していきます。反対に、傷つけ続けてしまっては子どもの感情にも傷が残り、会話もできなくなって関係性の回復がどんどん難しくなります。親御さんが自分の言動を良くなかったと感じたら、「しばらくは控えよう」と気を付けていくことが大事だと思います。
―親がイライラしがちなのは、子どもがテレビやゲームでくつろいでいて、机に向かわないときです。「大丈夫なの?」と嫌みのひとつも言いたくなってしまいますが、そうならないためには、どうしたらよいのでしょうか。
親は「自分が見ている子どもの姿が全てではない」ということをつい忘れがちです。学校や塾で頑張っている子にとって、家は休息の場所です。「子どもが24時間の中で一番リラックスしている時間を自分は見ている」と意識しておくと、だいぶ気持ちは違います。
学校や塾に加え、家でもと、あまり根を詰めると、受験直前までモチベーションを保つのが難しくなります。休憩の時間も必要です。
「休憩時間はいつ」と親子で情報共有
―テレビやゲームの時間も大事なんですね。
時間を決めてする気分転換は、むしろよいと思います。大人は「受験が終わってから遊べ」と考えがちですが、子どもにとっては日々の息抜きがないと続かないだけでなく、「受験までの辛抱!」と期間限定で無理をさせようとすると、高校入学後に息切れして勉強できなくなることにもつながってしまいます。
ただ、子ども自身も、「気付いたらこんなに時間がたってしまった」というのは避けたいはずです。テレビを見るなら番組を決めて、録画して見ましょう。ダラダラ見るのはもったいないですし、それくらいなら体を休めた方がいいと思います。
―親も「これは必要な時間なんだ」と思えると違いますね。
息抜きの予定を親子で共有できるといいと思いますよ。よく聞くのは、子どもが「この30分間は休む」と決めてくつろいでいたときにちょうど、親に休んでいることを注意されてやる気がなくなってしまうパターンです。この原因は、休憩時間の情報共有が親子でできていないことです。「この時間は休む時間」というのが親子ともに見えていると、親も不必要に気をもんだり怒ったりしなくてすみます。「うるさく言わないために」と、いつ、どのくらいの時間、何をして過ごすかをあらかじめ子どもに伝えてもらうようにすれば、「サボっているのではなく、休憩なんだな」と穏やかな気持ちで見守ることができます。
まずは一緒に30分、机に向かってみる
―中には、勉強の習慣がついていない子、受験勉強になかなか取り組めない子もいます。そういう場合は、どうしたらよいでしょうか。
実際のところ、多くの中学3年生にとって、高校受験は避けて通れないものです。本心から受験を「もういい」と思っている子は少ないと思います。やらねばと思いながら、手がつかない子、どうしていいか分からない子がほとんどなので、きっかけづくりが大切です。
まずは30分、親子で一緒に机に向かうところから始めるとよいです。子どもは勉強、親は別のことをやりながら、机に向かう時間を共有します。
親がやるのは、仕事でもいいし、本や新聞を読んでもいい。料理の下ごしらえや、洗濯物を畳むといった家事でも構いません。ただ、スマホいじりは控えてくださいね。「面倒くさいことに向き合う時間を大人も一緒に作っている」ことが説得力を持ちます。
場所はリビングがおすすめですが、家では集中するのが難しいようならファストフード店や喫茶店でもいいでしょう。
―どんなふうに子どもを誘えばよいのでしょうか。
勉強の習慣がついていない子どもに「勉強しなさい」と言うだけでは、当然うまくいかずに結局叱ることになってしまい、悪循環に陥ります。「気が向かないけど、私も面倒くさいことをやるから一緒にやろう」と誘って、まずは30分、やってみてください。一度やってみると、次の日はハードルが下がります。続けることでだんだん習慣になっていきます。
―最初は30分からで構わないのですか?
30分を積み重ねていくと、自分から「やろうかな」と思い始めます。大人もそうですが、やらなくてはいけないことがあっても手をつけないとどんどん嫌になっていきますね。勉強も同じです。親ができるのは、子どもが勉強に触るきっかけづくりです。今からでも十分、習慣づくりは可能ですよ。
「教科書を繰り返し読む」ことが大切
―まずはどんな勉強に取り組めばよいのでしょうか。
学校で使っているワークがおすすめです。ドリルや、穴埋め型式のものですね。宿題として出される時は、解いておしまいだと思いますが、繰り返しやることで内容が定着し、何が苦手なのかが見えてきます。新しい問題を解いても消化できないことが多々あるので、一度やったことのあるものの方が取り組みやすいです。
ただ、ワークを繰り返し解くのも大切ですが、それであやふやなところは必ず教科書を読み直して確認することが大切です。勉強する力がある子ほど、教科書を何度でも読み返すことへの抵抗感が小さく、勉強が苦手な子ほど、教科書を読み返すことなく問題だけを解きがちです。しかし、教科書の内容が隅々まで理解できていれば、都道府県立高入試レベルならそれほど問題なく解けるようになります。
―数学や英語はワークやドリルなど、学校で使っているものがありますが、そのほかの教科は、どのようなことをするとよいのでしょうか。
国語のワークは教科書に沿っているため、入試対策としては向きません。ワーク内の現代文の文法と漢字に絞って取り組むのがよいでしょう。社会と理科は、ワークをやってもよいですが、教科書を読むだけでも知識や理解を定着させる効果があります。ここでも教科書を繰り返し読み返すことがとても大切です。
逆にNGなのは、親が「これをやりなさい」と教材を用意してしまうこと。ついつい大人目線で難しいレベルのものを用意しがちです。「取り組み方が分からない」という子こそ、まずは今使っている身近な教材に絞って習慣づけをしましょう。
12月から「公立高の過去問」をやろう
―ワークや教科書を使った学習の次は、どう進んでいけばよいですか?
受験まで十分な時間があれば、ワーク以外に自分のレベルに合った問題集を選んで進むのがよいのですが、もう12月ですので、公立高の過去問(東京都であれば都立高の過去の入試問題)を一通り解いてみましょう。そうすることで、弱い分野が明らかになり、重点的に学習するべきところが分かります。1、2月は、過去問を解いては苦手分野を見つけ、その苦手分野の復習に充てる。復習が終わったらまた過去問を解く、という繰り返しが大切です。
―いきなり入試問題に挑戦すると、解けなかった場合に焦りませんか?
この時点での結果に一喜一憂する必要はありません。過去の入試問題を解くのは、自分が弱いところを見つけるため。いわば「健康診断」です。健康診断を受けるのは、悪いところを見つけて治療するためで、「悪かったから、もうおしまいだ」ではありませんよね。その位置づけをしっかり分かっておくことが大事です。「こんな時期なのに、これしかできない」と焦る必要はなく、弱い分野を見つけ、復習していくためのツールととらえてください。点数に一喜一憂しない、ということは特に親御さんには肝に銘じていただきたいところです。
「苦手分野を発見→復習」が効率◎
―苦手分野をなくすことが大事なのですね。
はい、公立高校の入試は、広く浅く出題されますので、苦手分野をつぶしていくだけでも、点数はすぐ上がっていくものです。難しい問題を解くよりも、苦手な分野を見つけて復習をしていくことです。それができてきたら、次はどこが弱いのか見つけるつもりで、もう一回、過去問を解いてみる。その繰り返しで、だいぶ弱点が埋まってくるはずです。
―得意な分野(単元)や科目を伸ばすよりも、苦手を埋めていく方が効果的なのですか?
苦手な科目ほど伸びしろが大きいわけですから、そこに時間を割いていくことが一番効率が良い勉強法となります。
また、入試問題は何が出るか分かりません。自分の得意な分野の問題がたまたまその年は難しくて、逆に苦手な分野の問題が簡単なこともあります。「得意な教科や単元で得点を稼ぐ」という受験の仕方はかなりリスクが高いので、とにかく弱点をつぶすことを目標にしましょう。
志望校選び「面倒見が良い」に注意
―志望校を最終的に決める際、親はどの程度関与したらよいでしょうか。
志望校を決める際、親子で意見が割れることもあります。子どもは校風や部活動など、楽しく充実した学校生活を送れるかどうかを重視することが多い一方、親としては、進学実績や学費も気になるところです。意見が分かれた場合は、できるだけ子どもの重視する要素で選ぶとよいと思います。
気を付けたいのは、「面倒見の良い学校」として進学実績をアピールしているような学校です。大量の宿題や補習、小テストを課すことも多く、親の勧めだけで選んだ場合、入学後に忙しすぎて気持ちが折れてしまうことがあります。また、一人一人のレベルを見極めて効果的な宿題を出すのは本当に難しいことです。宿題をオーダーメイドで出せる学校というのはない以上、このような学校の宿題は「質より量」になりがちです。
逆に、子どもの価値基準で選んだ場合は、もし多少学習面で大変なことがあったとしても、頑張ってついていくモチベーションが保てます。基本的に、子どもが自由な時間を持てる学校の方がお勧めです。その方が高校1~2年のうちは、ある程度緩むこともできますし、大学進学をする子が高3で受験モードになったときに、自分に必要な内容を選んで学習する時間が取れるからです。大学受験では、自分で勉強できる時間をどれだけ確保できるかが一番大切です。
コロナ対策よりも大事にしたいこと
―コロナ禍の今年、特に留意することはありますか。受験本番でコロナになってしまったら、濃厚接触者になってしまったら、という不安の声も聞こえてきます。
コロナ禍だからといって、いたずらに不安になる必要はありません。もちろん感染予防として手洗い、マスク、うがい、睡眠時間の確保は徹底するとして、受験生にとっては、どうなるか分からないことを気に病んで、今、目の前にある取り組むべきことに手が付かないのが一番まずい事態です。
親御さんは特に勉強の当事者ではない分だけ、「できるかぎりのコロナ対策を!」と考えがちです。ただ、どのように対策してもこれだけ市中に蔓延していれば、なるときはなります。コロナ対策として準備を増やしすぎてしまうと、子どもは親の「ピリピリ感」を敏感に感じ取って、リラックスができなくなります。それよりは最低限の対策だけして、あとは気にしない、という姿勢でよいと思います。
受験本番や間際でコロナになってしまったら、それはそれで仕方のないことです。できるのは、念のため、公立高の2次募集や、3月に受験できる私立高を調べておくことくらいでしょうか。大切なのはやはり、どこの高校に行くか、ではなく、この高校受験を通じてしっかりと実力をつけていくことを目標にすることです。
極論を言えば、しっかり実力がついているのなら、仮にコロナで当日受けられないとしても、その高校受験は「成功」です。コロナ対策を気にしすぎるあまり、受験生本人が勉強に集中できなかったり、親がピリピリしすぎてそれを妨げてしまったり、という状態でこの時期を過ごしてしまうほうがはるかにもったいない、という認識を持つことが大切です。
でも…志望校に落ちてしまったら?
―志望校や併願校に落ちてしまった場合、どのようにフォローすればよいでしょうか。
受験校がまだ残っている場合は、親ががっかりする姿を見せたりせず、残りの受験に集中できるように励ますことが大切です。受験は、問題との相性など偏差値だけでは判断できない要素が多いからこそ、一つの失敗から他の学校の受験結果を類推するのは誤りです。がっかりしてしまうと、それがその後にも響いてきてしまいます。
その上で、最終的に望んでいた結果を得られなくても、それまでの努力の大切さを伝え、ねぎらってあげてください。「高校はあくまで通過点。次の3年をどう過ごすかが重要」という姿勢で親が接していくと、それが子どもにも伝わりますよ。
学校にも塾にもできない、大切なこと
―最後に、高校受験において、家庭はどういう役割を果たすべきでしょうか。
「家庭は勉強させる場ではなく、受験勉強に取り組む子どもが回復する場」だと位置づけること、親子の信頼関係があって、そこで子どもがしっかりと鋭気を養えることが大事だと思います。学校や塾の代わりをしようとすることで家庭だけが担えるその役割を見失ってしまわないように気を付けていただきたいです。
親にできるのは、できるだけ普段の会話をすることです。共通の趣味のことでも、友達のことでも、好きな芸能人のことでも、スポーツのことでも、気軽に話せるような内容がいいでしょう。逆に「受験に関して適切な声がけを」と思うほど、声がけが難しくなって構えてしまい、子どものプレッシャーを募らせることにもなってしまいます。
親子の会話が受験についてだけの関係性になってしまうと、子どもは「受からなかったら自分のすべてが否定されるのでは」と不安に感じてしまうこともあります。
逆に日常の他愛もないコミュニケーションは、子どもが受験のことを忘れられる貴重な時間になるとともに、親子の信頼関係にもつながります。こうした時間をつくってあげられるのであれば、十分に家庭の役割は機能していると思います。これは学校や塾には到底できない、とても大切な役割です。
柳原浩紀(やなぎはら・ひろき)
プロの家庭教師として子どもと接する中で、「一人一人の力を伸ばすには、自学自習スタイルの洗練こそが最善の方法」と確信し、一人一人にカリキュラムを組んで自学自習する「反転授業形式」の「嚮心塾(きょうしんじゅく)」を2005年に東京・西荻窪に開く。勉強の内容だけでなく、子どもたち自身がその方法論をも考える力を鍛えることを目指して指導する。東京大法学部卒。
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