〈親に寄り添う発達支援・上〉「ママ」と呼んでほしいのに… 暗闇でもがいた育児経験 同じ苦しみを救いたい
同じようにもがく人たちを救いたい
2メートルほど先から転がしたボールを、小さな体をめいっぱい使ってキャッチする2歳の男の子。「上手につかめるね」と保健師の佐々木美華さん(43)が声を掛けると、傍らの母親の顔がふわっとほころんだ。
名古屋市北区で月1回、開かれるサロン「そーるきっず」。発達が気になるゼロ~2歳の子どもと親のためにと1月からスタートした。区内に住む佐々木さんが、子育て支援を掲げて始めた事業「Saule(ソール)」の一つだ。毎回2、3組の親子が訪れる。「自分と同じように、暗闇でもがいている人たちを救いたいんです」
出産直後に「普通と違う」 目の前は真っ暗
2011年、流産を繰り返した末、四度目の妊娠でやっと息子を授かった。しかし、出産直後、「喜びが絶望に変わった」と言う。なかなか産声を上げず、酸素不足によるチアノーゼで顔は赤黒い。耳は通常より低い位置に、唇には口蓋裂(こうがいれつ)があった。
「普通とは違う」。対面してすぐ、保健師として多くの新生児と接してきた経験から直感した。検査の結果、知的障害が見つかった。左半身にはまひがあり、将来も運動機能に遅れが残ると告げられた。すぐに死んでしまうのではないかという不安、どう育てたらいいのかという無力感…。目の前が真っ暗になった。一方で、障害を信じたくない思いもあって、気持ちは揺れ続けた。
息子をたたき起こし療育へ 鬼のようだった
心を決めたのは息子が1歳になった時。必死に療育に取り組んだ。しかし、筋力が伸びない。言葉はおろか「あー」「うー」といった声も出ない。「かわいい」と思うより先に、「障害のない定型発達の子どもに近づけたい一心だった」。昼寝の時間でも眠る息子をたたき起こし、療育施設に通った。「自分でも鬼のようだった」と振り返る。
地域の子育て支援センターでも追いつめられた。他の親子とのつながりや気分転換を求めて出掛けたはずなのに、定型発達の子が多く「やっぱりうちの子は発達が遅い」と傷つくだけ。行き場をなくし、次第に引きこもるように。「ママ」と呼んでほしいのに-。「なんでしゃべってくれないの」。イライラが募った。
3歳くらいまで診断がつきにくい発達障害
そんなある日、家の中で額をぶつけた。痛くて涙が出たが、間もなく3歳になる息子は離れた場所で遊び続けていた。「『大丈夫?』もないの!」。思わず、手を上げた。それでも息子は笑っていた。怖さをうまく表現できない、発達の遅れがある子ども特有の症状だと分かったのは、ずっと後になってからだった。
家族以外に悩みを打ち明けられる相手がほしかった。でも、定型発達の子とは悩むことが違う。療育施設で知り合う人は、自分の子どもで精いっぱいだ。加えて、発育にばらつきがある3歳ぐらいまでは発達障害の診断がつきにくく、どこに相談すればいいか分からない親も多い。「発達が気になる子の親が集い、気持ちをはき出せる場があったら」。そうした思いから、そーるきっずは生まれた。
事業名の「Saule」はフランス語で柳の意。「柳が風にしなうみたいに、子どもたちがそれぞれのペースでしなやかに生きられるように」といった願いを込めた。自らの体験をもとに親たちと向き合う。「一人で悩み、孤立する人がいないように」
〈次回はこちら〉「障害のある子が頑張ってるよ」の声に傷ついたから、伝えたいこと
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