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自閉症の長男を育てる記者の思い「息子よ。そのままで、いい。」

原田晋也 (2017年7月7日付 東京新聞朝刊 群馬版・栃木版)

【あなたのひと言が、自殺を止める】「騒いでいる子どもを見たら、自閉症かもしれないと考えてくれたらうれしい。そして、あたふたしている親にちょっとひと言かけてあげるだけで、その人はその夜飛び降り自殺しなくても済むかもしれない」。自閉症の長男を育てる記者が訴えます。 

写真

「ささやかな想像力を失いつつある社会は怖い」と警鐘を鳴らす神戸さん=下仁田町文化ホールで

 自閉症の長男(18)を育てる元毎日新聞記者でRKB毎日放送(福岡市)東京報道部長の神戸金史(かんべかねぶみ)さん(50)が、出身地である群馬県下仁田町の町文化ホールで講演した。自閉症を含む発達障害への理解を呼び掛けるとともに、障害者に冷たい意見が広がりつつある現状に警鐘を鳴らした。(原田晋也)

「育て方が悪い」という一方的な視線

 神戸さんは自身の体験を基に、発達障害への理解を呼び掛けるための取材を続けてきた。長男の金佑(かねすけ)さんは、小さいころから抱っこしても目が合わず泣き叫んで暴れた。幼児用ブロックを投げてガラスに当たる音を面白がり、1時間以上も続けることがあった。

 意思の疎通が難しく、周囲からは虐待を疑われたこともある。3歳の時、自閉症の傾向があると診断された。現在は福岡市の特別支援学校で学んでいる。妻からは後になって「長男が2歳のころ、このままでは殺してしまうかもしれないと思った」と打ち明けられた。


<関連記事>自閉症、同性愛者、ダウン症…子どもの個性と家族のかたち 映画「いろとりどりの親子」


 「自閉症の子を持つ親は育て方が悪いという一方的な非難と視線を浴びている」と神戸さん。自閉症の子を育てる家庭を追ったドキュメンタリー番組をつくった時には、放送後、2週間前に娘が子育てに悩み自閉症の孫と心中してしまったという女性から「この放送を見ていたら、娘と孫は死ななかったかもしれない」という手紙が届いたという。

 「騒いでいる子どもを見たら、自閉症かもしれないと考えてくれたらうれしい。そして、あたふたしている親にちょっと一言かけてあげるだけで、その人はその夜飛び降り自殺しなくても済むかもしれない」と訴えた。

facebookに書き込んだ詩が大反響

 神戸さんは「格差社会が進み障害者への見方が厳しくなっている」と感じているという。昨年7月、相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害された事件では、被告は逮捕直後に「障害者は生きている資格がないと思った」と供述したと報じられた。神戸さんは事件の3日後、自身のフェイスブックに、思いを託した詩を書き込んだ。

 「長男が、もし障害を持っていなければ」という想像から始まり、長男がいることで悩み考えたからこそ今の家族があることに気付き、「息子よ。/そのままで、いい。/それで、うちの子。/それが、うちの子。/あなたが生まれてきてくれてよかった。/私はそう思っている。」と締めくくった。この詩はインターネットメディアやテレビなどで取り上げられ、大きな反響を呼んだ。

写真 本の表紙

 2016年10月にはこの詩や長男への思いなどをまとめた「障害を持つ息子へ~息子よ。そのままで、いい。~」(ブックマン社)を出版した。

 神戸さんは「みんな高齢者になって最後は動けなくなる。障害者に冷たい社会にしていくことは、将来高齢者になった自分が住みにくい社会にしていくこと。そんなささやかな想像力を失いつつある日本の社会はかなり怖い」と訴え、最後に「困っている人がいたらちょっと声を掛けてあげる。そんな雰囲気の社会にしていきたいと思っている」と静かに語った。

【神戸金史さんのfacebook投稿 全文】

私は、思うのです。
長男が、もし障害をもっていなければ。
あなたはもっと、普通の生活を送れていたかもしれないと。

私は、考えてしまうのです。
長男が、もし障害をもっていなければ。
私たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれないと。

何度も夢を見ました。
「お父さん、朝だよ、起きてよ」
長男が私を揺り起こしに来るのです。
「ほら、障害なんてなかったろ。心配しすぎなんだよ」
夢の中で、私は妻に話しかけます。

そして目が覚めると、 いつもの通りの朝なのです。
言葉のしゃべれない長男が、騒いでいます。
何と言っているのか、私には分かりません。

ああ。
またこんな夢を見てしまった。
ああ。
ごめんね。

幼い次男は、「お兄ちゃんはしゃべれないんだよ」と言います。
いずれ「お前の兄ちゃんは馬鹿だ」と言われ、泣くんだろう。
想像すると、
私は朝食が喉を通らなくなります。

そんな朝を何度も過ごして、
突然気が付いたのです。

弟よ、お前は人にいじめられるかもしれないが、
人をいじめる人にはならないだろう。

生まれた時から、障害のある兄ちゃんがいた。
お前の人格は、
この兄ちゃんがいた環境で形作られたのだ。
お前は優しい、いい男に育つだろう。

それから、私ははたと気付いたのです。

あなたが生まれたことで、
私たち夫婦は悩み考え、
それまでとは違う人生を生きてきた。

親である私たちでさえ、
あなたが生まれなかったら、
今の私たちではないのだね。

ああ、息子よ。

誰もが、健常で生きることはできない。
誰かが、障害を持って生きていかなければならない。

なぜ、今まで気づかなかったのだろう。

私の周りにだって、
生まれる前に息絶えた子が、いたはずだ。
生まれた時から重い障害のある子が、いたはずだ。

交通事故に遭って、車いすで暮らす小学生が、
雷に遭って、寝たきりになった中学生が、
おかしなワクチン注射を受け、普通に暮らせなくなった高校生が、
嘱望されていたのに突然の病に倒れた大人が、
実は私の周りには、いたはずだ。

私は、運よく生きてきただけだった。
それは、誰かが背負ってくれたからだったのだ。

息子よ。
君は、弟の代わりに、
同級生の代わりに、
私の代わりに、
障害を持って生まれてきた。

老いて寝たきりになる人は、たくさんいる。
事故で、唐突に人生を終わる人もいる。
人生の最後は誰も動けなくなる。

誰もが、次第に障害を負いながら
生きていくのだね。

息子よ。 あなたが指し示していたのは、
私自身のことだった。

息子よ。
そのままで、いい。
それで、うちの子。
それが、うちの子。

あなたが生まれてきてくれてよかった。
私はそう思っている。

父より

(facebookの元記事はこちら


    
東京すくすくラジオ】サイト開設1周年の2019年9月にあわせて記者がつくった音声コンテンツです。記事を書いた原田記者が、取材の裏話や神戸さんのその後、コメント欄に寄せられた声への感想を語っています。


この記事を読んだ方から多くのコメントをいただいており、編集チームでも一つ一つ大切に読ませていただいています。ご自身の子の障害を受け入れるまでの心の揺れや、日々の苦労、そして子どもをかけがえのない存在だと感じる気持ち…。もし、直接お話を伺うためにご連絡したり、コメントを記事として紹介の中で使ってもいい、という方がいらっしゃいましたら、こちらの問い合わせフォームに感想や思いを書いていただけたらと思います。(東京すくすく編集チーム)

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コメント

  • 匿名 より:

    7歳の重度自閉症の子を持つ親です。発語もほぼありません。
    私も息子が「本当はしゃべれるよ」と私に話しかける夢を見ます。
    日々大変な事だらけですが、この子のおかげで色んな方々に助けてもらい、2つ下の弟も優しい子に育ってます。
    これからも沢山の大変な事が出てくると思いますが、一人で抱え込まずにやっていこうと思います。障害者やその家族が生活しやすい世の中になりますように。

  • 匿名 より:

    8歳の甥が重度知的障がいを伴う自閉症で姉夫婦が育てています。言葉でのコミュニケーションは難しく、オムツも必要です。しかし、絵を描いて気持ちをあらわしてくれることがあったり、時折笑顔を見せてくれたり少しずつ彼なりの成長は感じられます。
    この記事をよんで、姉家族と同じように世間からの非難と冷たい視線をうけ苦しんでいる方が多いのだと感じました。病院の待合室で騒いでいる甥を見て、「親の育て方が悪い」と怒る人、親戚でさえも「知恵おくれは大人になれば治る」と言って障がいについて理解しようとしてくれない。兄弟に対して友達からのいじめもあるようです。
    日々、甥と共に一生懸命生きている家族がどうして、こんなにもつらい思いをしなければいけないのかと心が痛みます。世間からの温かい眼差し、声かけがあれば姉家族はどんなに生きやすくなることか…。
    自閉症への理解がもっと世間に広まってほしい、障がい者、その家族に優しい社会であって欲しいです。

  • 匿名 より:

    自分の心に正直に向き合い心の変化に気づくまでの過程がこの詩には含まれて、私も、同じ過程でいったらこのような境地になるだろうと思う。
    子どもがまだ幼いが乳児、幼児の頃、育児を楽しむ余裕もなく、毎日がしんどく生きるのが辛かった。こういう経験があるから気づくことでもあると思う。遺った側でしかみれなかった死が、死ぬ側で死を向き合うようになってきた。

  • 匿名 より:

    第二子を妊娠中に、第一子の自閉症が分かりました。一人目も満足に育てられないのに二人目を作って良かったのか、一人目にも二人目にも申し訳ない気持ちでいっぱいの出産でした。
    我が子は二人とも可愛いです。例え過去に戻ってやり直せたとしても、二人のいない生活は選択しません。
    でも、どうしても思ってしまうのです。一人目のこの子が自閉症でなかったなら。思い描いていたごく普通の親子の幸せが欲しいだけなのに、と。
    そして、生まれたばかりの第二子を抱っこしながら毎日祈っています。どうか第二子は普通の子でありますように、と。

  • 匿名 より:

    うちも五歳で知的の遅れを伴う自閉症をもっています!まだお話しできません。投稿を見て同じ気持ちそして励まされほんとに気持ちが楽になりました!
    診断をされた時は子供の将来を悲観し終わらない育児を想像し落ち込みました。でも月日が経ち最近、知らない世界を知り人として成長できてる気がしてきました。大変なこともありますが、これだけは言える、息子は可愛いです!

  • 匿名 より:

    以前、軽度のアスと投稿した者です。生まれてごめんなさい。私は、パニックになって一階の天井の高さ位から落ちて骨折しました。35年たつ48になっても冬は痛くなります。当時は強い薬でたぶん押さえていたみたいです。いまは中3小4の子供の為に死ねないと決めてます。現実的に皆さんの子供のお世話が辛いのであれば、昔の私のように薬の処方は出来ないでしょうか?私のように一度、死にそうにでもならないと薬の処方は難しいですか?お父さん、お母さん、逃げることは、悪いことではありません。生きていて下さい。せめて親が眠れるように子供に風邪薬、ヒスタミン?は小児科で出して貰えるかも。夜泣きで、ノイローゼの親に奥の手であると聞きました。眠って、愚痴をはくといいと育児本にありました。ここのページにはあってないかもしれませんが、死なないで下さい。生まれてから今まで、ありがとうございます。ごめんなさい。

  • 匿名 より:

    名古屋で自閉症の息子さんを手にかけた、裁判がありましたね、うちも同じ自閉症の25歳の息子がいます。被告人の気持ちが本当にわかります。毎日、毎日、子供がいつパニックになるか、いつ子供から、暴力をうけるか?そんな恐怖の日々を送っています。こんな人生いつまで続くのかとおもうと、この息子さえいなくなれば、といつもおもいます

  • 匿名 より:

    アメリカ在住です。アメリカでも、立ちはだかる壁があります。泣きながら七転び八起きです。学校のカウンセラーのASD評価は、、、「何も悩むことなんてありません。貴方のお子さんはとってもうまくいってるわよ!感覚過敏もこだわりも見受けられません!喋らないけど勉強出来てアイコンタクトや頷きや微笑みでコミュニケーション取れてますよ!」
    いえいえ、毎回パニック起きとるとき”どーしたらいいですか”とメールしてくるやん。感覚過敏があるからバスに乗れなくてメルトダウン起きとるやん。社会性の欠如は学校以外が一番大変なの分からんか?毎日毎日手伝いしてやらんと宿題出せへんの分からんか?税金が使われるから軽度は特別支援を受けなくて何とか自分達でしましょうと促すのは分かるが、所詮は学校の心理士。何も分かっとらんのが多い。
    お爺ちゃんお婆ちゃん夫も理解不足。私だけで毎回ミーティング。病院のカウンセリングも1人ぽっち。
    今日の学校の評価には落ち込み、生きるのが辛くなった。。。子供には悪いが、この記事にあるように、子供のみならず、親も子供と同じくらい尊重されても良いはず。親も辛いのよ。本当は子供と沢山笑いたいのよ。
    日本に行ったら、子供で悩んでる人がいたら、そっと声を掛けてあげようと思います。

  • 匿名 より:

    こんにちわ。この記事をたまたま、拝見して。私の孫ADHDの自閉症です。忘れもしませんが、小学入学の教室での先生と保護者の皆さんの前で、先生がナゾナゾをされました。ぞ!のつくのは?2名手をあげました。はい、では森君と。すると、孫は、ゾンビ❗と言って…確かに間違いはありません。けど、先生も一瞬ビックリされ、うまくフォロ~されましたが。保護者の方々はかなり、引いてました…私も多少ビックリしましたが、間違いはないと思って、ふっと、娘の顔見たら、辛いのでしょう。恥ずかしいのでしょう…それから、孫は窓際に立ちズーと、外を見てまして。幾度か先生が注意してもむずかしいのか、諦めたり、等々。
    娘を見たら、泣いてました。私とて同じ気持ちでした。帰宅して…私は孫に、何でゾウさんでなく、ゾンビだったの?聞いてみると、バァバあのね、ゾンビには悪いゾンビと良いゾンビがいて、穆は良いゾンビを言ったよ~と。そっか、良いゾンビだったわけね。うん、ゾがつくのは間違いないよね😄と誉めましたが。微妙な気持ちでした。これは忘れもしません。今では孫は普通学級に行きたいと、言いますが。それは無理で仕方なく支援クラスです。今は五年生です。この先どうなるのか、娘も私も不安でたまりません。

  • 匿名 より:

    私も障害児の母です。息子は2歳で薬の副作用で急性脳症になり、重度の障害を持ちました。とても活発で賢い子だったので、もう何も考えられませんでした。今は高3です。あっという間でした。彼は私に全ての命は平等だと教えてくれました。彼がいなければ、学歴偏重の嫌な人間のままでした。彼の笑顔は全ての人を癒し、魅了します。人間力は知的な能力と比例しないとも教えてくれました。5歳違いの姉も、精神障害を持っています。彼女を支えるのも、息子との日々が役に立ちました。こどもたちに教えられることばかりです。

  • 匿名 より:

    3歳自閉症の男の子の母です。
    「普通の子を育てたかった」「不妊治療しなければよかった」「こどもを望まなければよかった」
    色んな思いを巡らせながらも、ふとした息子の表情や仕草に励まされ、笑顔をもらい、愛しく感じながら日々を過ごしています。
    そうですね。息子が存在しているからこその今。息子のお陰で、私の知らなかった世界を知ることができています。
    「みんなと同じじゃなくていい」
    息子を通して、自分に問われている気がします。
    「息子は息子」
    素直に心からそう思えるようになりたいです。

  • 匿名 より:

    私の次男も重度の知的障害を持つ自閉症です。小さな頃は私も何度一緒に死のうと思ったことか。長男を置き去りにできないー。それだけが歯止めでした。今は21歳になり毎日施設に通っています。
    彼がいたから負けるのがつらくなくなりました。人生の大切な毎日の小さな幸せの見つけ方を教えてもらいました。

  • 匿名 より:

    記事のコメントを見ていて思ったことです。
    「普通」ってなんでしょうか?「普通」に生まれなきゃ排除される世の中ってどうなんでしょう…出る杭は打たれるのでしょうか?
    障害のある子どものほうがより「素直」で、私からしたらキラキラして見えます。そういう子どもと接しているときの方が私もキラキラ(楽しすぎて目が輝きます)できます。
    放デイ勤務していた際に、発語がないお子さんや他害の酷いお子さんと接してきましたが、言葉が出なくてもしっかりと理解することはできていましたし、私の腕に引っ掻き傷が今も残っていますがそれはその子の苦しみの叫びだと思うとぶつけてくれてありがとうとさえ思います。こんなこと言っている私が「病気」かもしれませんが。
    20代 小学校教諭(放課後デイサービス勤務経験有)

  • 匿名 より:

    自閉スペクトラムの5歳の息子がいます。同世代の友達と遊べません。言葉のキャッチボールが苦手で、話に入っていけません。興味の範囲も狭いので楽しめるおもちゃも少なく、ふらふらする時間が多いようです。どんどん色んなことにチャレンジする周りの子との差は深まってきていているように思います。
    人と楽しく過ごせると嬉しい、人に負けると悔しい気持ちは周りの子と変わりません。周りと自分を比べることもできる年齢になっています。頑張っても上手くできなことが多い、という現実とどう向き合っていくのでしょうか?そう考えると辛くなります。誰もが生きやすい社会になってほしいです。

  • 匿名 より:

    もうすぐ26歳になる重度自閉症の息子の親です。ここに書かれた沢山の親御さんの中ではかなり年長でしょうか。まだお子さんが小さく診断を受けたばかりの親御さんの気持ち、切なくも懐かしく思い出します。私も診断を受けた日、クリニックからどうやって帰宅したか記憶にありません。でも私と違い診断を聞いた主人は「うん、わかった、これでモヤモヤした気持ちも終わり。ねえ、前向いて今出来る事をやろうよ」。その日から彼は息子にあらゆるアプローチをしました。楽しみながら。
    そんな主人も42歳で亡くなってしまいました。息子が中学2年生の時でした。心強い頼もしい主人が亡くなりどうしていけばいいのかわからず、息子が男の子としてこれから難しくなる大事な時期に突入する不安。それと同時に父の介護も重なり…。でもそれを支えてくれたのが誰でもない息子でした。
    父親の死への理解などありません。不安定な私への不安もあったでしょう。でも彼に訪れる毎日にかわりはなかった。それが不憫でしたが前を向かなければいけないとも思わせてくれました。認知症が進む父も、命より可愛い孫の存在はそのその進行すらゆっくりにさせていきました。そして息子の事は最期まで忘れる事はありませんでした。
    私も神戸さんのように健常の息子の夢をよくみては朝目が覚めて現状に引き戻されまた大変な1日が始まる。でも今青年になった彼と2人の毎日がしんどくも楽しくて仕方ありません。
    軽度ではありませんから1人にさせる事はできない苦労はあります。でも一緒に台所に立ったり朝ゴミ捨てに行かせたり野球を見に行ったり。その時その時を噛みしめています。
    まだ幼くて先が見えない不安と闘ってる親御さん、この子達にも無限の可能性があります。親だけでなくサポートして下さる方々、友人、親戚、きっとその中の誰かが力になってくれます。見ず知らずの他人様も無理解な人ばかりではありません。障害者が安心して生きていける国とは言い切れませんが希望を捨てずに自分達のまわりから変えていけたらなと思います。今日も違うマンションの掃除のおじさんにも挨拶をしてしまう息子と一緒に施設のバス停に向かう母でした。

  • 匿名 より:

    奈良市に住んでいます前原と言います。長女次女が知的を伴う発達障害で三人目の娘五年生とまだ2歳の息子が居ます。長女は公立中学校の支援学級に居ましたが場面暗黙症があったので今は養護学校の高等部に通って居ます。次女は公立中学校の三年生で支援学級に入ってます。
    人生の分かれ道になった時初めて受験で苦しむ事もなければ駅でああやって友達と学校に行くことがないんだと思うと涙が止まりませんでした。小さい時は分からなかった苦しみが一杯出てきました。
    小学四年の時に発達検査を受けた時娘が障害なんて認めたくなかった。なんでなんで。娘が恥ずかしがりやさんと思ってたら場面暗黙症だった。 なんでなんで!なんでなん。なんでうちの子なん。神様なんて居ないと思った。でも確かにいじめる側にはならなかったしいつもされる側だった。
    三人目を産んでやっぱり長女次女はちょっと違う。認めたくなくても認めるしかない現実。
    でも障害者って関わりなかったけどママも初めての事ばっかりだけど。少しずつ成長してる、ママも子供も。自慢の娘には変わりない。 娘には感謝してる。お母さんにしてもらってありがとう……
    娘が病気やったから分かったこと。周りの人の優しい所。沢山意地悪されて悲しい現実。でも娘は毒を吐かないいつもピュア。だからママの嫌な所が自分でよく分かる。だけど!泣いて笑って怒って不安一杯子育てに違いはないなーって。思ってます。
    ただ1つ違うこと。私が死んだら……長女と次女はどうなるやろ。分かってる?三女長男とは違った感情。たまに娘が普通やったらって思う……恋バナしたりしたかったな……
    普通ってこんなに難しいんやと。神様が居るんなら聞いてみたい……何でうちの子なんですか。

  • 匿名 より:

    自閉症スペクトラムの小1の長男がいます。今日、洋服を選んでいるとき、目を離していまい、一歳の知らない子供に2回平手打ちをしてしまいました。向こうの親には、育て方が悪いと。すみませんでした。じつは障害があって。と伝えても、ならなおさら目を離してはいけないと。うちが100%悪いので、ごめんなさいと言うしかない。とにかく本人からごめんなさいの言葉がほしいと。相手と話している間に、息子は逃げてしまっていて、なんとか見つけて謝らせたが、おそらく本人は事の重大さがわかっていない。もちろんうちが100%悪いし、ごめんなさいしか言えないが、言いたいだけ言って去っていった相手に、健常者に生まれてよかったですねと言ってやれば良かったという気持ちになった。結局、自分の子供が障害者じゃない人にはわからない。育て方が悪いって…どうしたらいいのかわからない。幼稚園の前から療育に通っているし、はっきり診断が出たのは幼稚園入ってちょっとしてから。私は年少から年中の途中まで幼稚園に行ってる間毎日息子に付き添ってきました。何もやってないことはないはず。育て方が悪いという問題ではないはず。一緒にいた母親のお母さんからは、私も2人の子供を育ててきたと。偉そうに言ってきた。ホント健常者で良かったですねと言いたい。うちは他害があるので、とくに問題だし、辛いです。ホント、子供が健常者に生まれてきた親御さんに言いたい。健常者に生まれてきて良かったですねと。

  • 匿名 より:

    自閉症スペクトラム障害当事者並びに、中学生の長女も当事者です。「冷たい見方が広がり続けてる」という風には感じませんね。当然、安全な対岸から火を投げつけて逃げやすくなった面あり、変わってない面あり、解決法にたどり着けなくても「こんな人がいるんだ」と興味を持つ人、いろんな人がいて、一言で表せなくなったという気がします。
    私がネットで出会った妻と最初のデートで待ち合わせた駅のホーム。数年後、同じ障害を持つ少年が人を突き落として殺害しました。随分前のことですが、あの頃マスコミ各社は「殺人事件の原因は発達障害にある」という論調を普通にしていましたよね? 当然の如く不安に陥った大衆の敵討ちの標的になりました。『「育て方が悪い」という一方的な視線』この記事の書き出し「あの時、憎悪を煽った新聞も随分変わったものだな」と思います。Facebook引用してくるとかね・・・。うん。障害は現実で、決していらないものじゃないです。
    自閉症は障害でありますが、それがもたらす過去・未来の恩恵に基づいた当事者並びに保護者の評価なんてされることはありませんし、無知を単純に責めることはできませんが、その一言は私や私が守りたい人の生活を長期間に渡って潰されてきました。
    一体誰を憎めばいいのか?「そんなにみんなで殺人鬼言うなら適当に殺してやろうか?」何度思ったかわかりません。その黒い記憶が発作的な記憶想起(いわゆるフラッシュバック)で私を何度も苦しめた一方、私と同じ闇に落ちそうになる何度長女を救えたことか。
    大丈夫、あなただけじゃないですよ。その怒り、憎しみ、きっと多くの人の力になれます。私はそうやって生きてるから。あなたが近くにいて、あなたのことを知ってたら、私の黒い記憶に誓って絶対助けます。

  • 匿名 より:

    自分の子供が発達障害になり、よく気持ちがわかります。

  • 匿名 より:

    こんばんは。まだ診断は受けてないでしすが自閉症スペクトラム症と言われてる年中4才の母親です。前まで周りの目が気になってました。子供が遣ることに対して嫌な思いをしました。今もそうですが幼稚園で遣ることに対し周りの親御さん達はいい印象を持ってないようです。
    だけど、今の所いじめとかがないから大丈夫ですか。小学校に行くようになると今まで以上悩む事が増えるかなと心配してます。

  • 匿名 より:

    自閉症とADHDの7歳の息子がいます。息子は癇癪やこだわりが強く、気に入らないと暴言や叩く蹴るなどの暴力行為もします。最近そんな事がとても多くなりました。怒鳴ったり怒ったらダメだと思うけれど、言うことを何一つすぐには聞かずダラダラしてる姿を見ると我慢の糸が切れてしまい怒鳴ってしまう…。そして母親失格と自分を責める…その繰り返しです。しかしながら、寝てる顔は可愛くて。この子が普通ならどんなに平和だったかな?と私もこの方の話の内容と同じ事を常に思っていました。そう、私が一番の理解者でいないといけないのですよね。どんなに辛くてもこの子のためになるなら、きっとそれは自分の為でもあるんですよね。

  • 匿名 より:

    はじめて読ませていただきました。この記事に出会うきっかけは息子が同じ発達を持った子と一緒に遊びたいのに、彼の思いがけない言葉に心が壊れそうになった姿を目の当たりにしてなんとかできないだろうか?と思ったからでした。
    我が子はASDとADHDの混在した発達があります。診断を受けたのは今年に入ってすぐのことでした。公園遊びで、周りと馴染まず…何度も?あれ⁈が続き、幼稚園の先生からの指摘と私が園での生活を見て専門機関へ相談しました。
    その可能性が高くまず療育へ!出来る限りのことをしたい!子どもの困った感を軽減したい。その事しか考えられず、昼夜とにかく沢山の本を読むことで息子への理解を深めていきました。療育を初めて2年目に入りやっと少し形が見えてきたように感じてます。
    息子の優しさゆえのガラスの心を柔らかくしなやかな形へ変化させて行くには一生勉強だと感じています。治ることのない障害に息子自身どうこれから向き合い折り合いをつけていけるのか…悩ましい日々は続きますが、ただ愛おしい存在であることは間違いなくって、彼のために親として先に生まれたものとして何をサポートできるのかを考え息子がいいよって言ってくれるまで側にいて見守りたいと思います。
    昨日より今日、今日より明日が息子や同じように悩んでいる方に生きやすい世の中なることを心から祈ります。

  • 匿名 より:

    現在3歳の娘。知的障害と自閉症の診断がついています。言葉というものは何も話せず奇声のような宇宙語を1日中叫んでいます。危険と不潔も理解出来ずトイレのブラシを口に入れたり調味料等を片っ端から出しては飲んでみたり。気の休まる日はありません。私が病気で横になっている間にもベビー柵に登り頭から転倒。一時反応もなく死を覚悟した事もあります。正直このまま育てていけるのか、いつか本当に死に直面するような怪我をさせてしまうのではないか、もう自信がありません。当たり前の事が出来る普通の子に生んであげられなかった自分を責める毎日に疲れました。

  • 匿名 より:

    この8月に3歳の息子が自閉症の疑いという診断をうけました。やはり…って感じでした。来月からは、療育に通う事が決まり息子の為に頑張ろうと思っていた矢先、ご飯屋さんに行った際、じっと出来ない息子は飛び跳ねながら大きな声を出してしまいました。注意はするものの収まる訳でもなく後ろの席に居た70代位の男の人にうるさいぞと叫ばれました。とっさに睨み返してしまいました。その点は反省しています。世の中には障害を持って生まれ、じっと出来ない子も居てます。そういう状況を知らないで、そういう事言うのは辞めて頂きたいと心から思いました。また、同じ事言ってきたら、直接言ってしまいそうでした。 反対側の後ろの席のおばあちゃん世代の人もチラチラ見てきて…ホント、まだまだ理解がないんだなと感じました。
    体が小さい時は、元気な子ね。で終わった反応が3歳になり体も大きくなり、周りのそういう反応が気になりだしました。息子は悪くないのに、そういう周りの反応にイラッとしてしまい、息子に当たってしまった小さい自分に反省です。
    全てを理解してくれとは言いません。もう少し息子が暮らしやすい世の中になってくれたらなぁって思ってしまいました。

  • 匿名 より:

    神戸さんの記事、そしてここに寄せられているたくさんのコメントを読み、胸が苦しくなりました。障害を持つお子さんを育てているご家族、ご本人にとって「なんて生きにくい社会なんだろう、、」と。
    私は健常児2人娘の母です。保育士です。障害児の放課後ディサービスでも働いた経験があります。働いていた時も今も、常日頃思うことがあります。それは、障害を持つお子さんを育てているご家族のみなさんはみんなスペシャリストだと。
    計り知れない程、悩み、苦しんだことと思います。でもそれを感じさせないぐらい明るくて、子どもと真っ直ぐに向き合ってる姿を見て「素敵!私もこういう母でありたい!」と何度も思うことがあります。
    「外へ出ると冷たい目で見られる」というコメントも読んで悲しくなりました。自分がそういう立場だったら、、と考えることはできないんでしょうか、、。「あなたのお子さんやお孫さんは小さい時、公共の場で騒いだり、泣いたりした経験は1度もないんですか?」と聞きたくなります。もっとみんながおおらかな心で、障害を持つ方が生きやすい社会になることを願うばかりです。

  • 匿名 より:

    重度知的、自閉、骨の病気まで持ってうまれてきたうちの長男も、睡眠障害で毎晩夜中に起き奇声をあげて家中をガチャガチャと物音を鳴らしながら走り回ります。
    睡眠は大事です。睡眠不足は心を蝕みます。共働きの我が家の二人ともが眠い目を擦りながら、時には頭をふらつかせながら、仕事に行きます。妹は、何度も寝返りを打ちます。
    この子と暮らして9年、感じることも少なくなったし、私たちは幸せですし、超越したと思っていますが…涙が溢れて止まりませんでした。よくやってるよなと、自分を褒めながら、私もこの子を守り、この子の人生を必ず全うさせてみせます。私も同じように思います。普通ならな…。
    普通なら、私の割と好きになった今の自分はいなかっただろうな。長男は、私たち夫婦を育てるために、妹は、私たち夫婦を救うために、生まれてきてくれたのだと、有り難く幸せに生きています。

  • 匿名 より:

    「自閉症児 しんどい」で検索したら、この記事に出会いました。自閉症と知的障害のある息子。まだ5歳です。でも本当にしんどいです。でも、この記事を読んで、だいぶ気持ちが楽になりました。また気分が落ち込んだら、読もうと思います。

  • 匿名 より:

    我が子が『ふつう』に産まれてこなかったわたしは悩み、苦しみ、涙が止まらず眠れぬ夜を過ごしてきました。自分を責めて、過去に後悔し、未来が不安で、そのままの我が子を心から受け入れることができなかった。10年が経ち、ようやく平穏な日常が過ごせることも増えました。我が子を徐々に受け入れることができてきてるからかな。
    母の日に『お母さん、いつもありがとう』と言ってくれることがあればどんなにいいか。などと、まだまだ完全に受け入れられない自分の愚かさにきづくこともある。
    でも、愛しているよ。

  • 匿名 より:

    記事を読ませていただきました。なにげなく、見た内容が、自分の子供と重なり涙が溢れてきました。
    私もなんで健常者じゃないんだろうと、色々な、場面で感じます。今日も小児科に行き小さい子は泣いてないのに、うちの子だけ3歳半なのに抱っこしないといけないのかなとか、子供美術館に入ろうとしても泣きわめき入れず行きたいところも上手くいけず、外食もできず。
    自分はそうじゃかなかったのに、ふと思ってしまいます。でも、療育に行き、アドバイスなどもらうことで、自分の関わり方を思い直すと、心を開いてくれるときや会話になるような言葉を目を見て話してくれるときや笑顔を見れた時はひとしお嬉しいです。自分は相手に求めすぎてばっかりで、子供に真剣に向き合ってなかったんだなと純粋な子供をみて考えさせられます。
    どうしても、友達の子供と遊ぶと冷たい目でみられたり落ち込むこともありますが、我が子の為に自分は生まれてきたと旦那の言葉を聞いて、心強かったです。私は、働いていますがなにもとりえはないですが、この子のためにお母さんで良かったと思われるようなお母さんでありたいと同時に、この子と過ごせる時間を大切にして、たくさんの思い出を作り、ゆっくりな成長ですが、その分できた時や反応をみる感動は大きく、この子がいるおかげで違う世界をみれた、私のところに生まれきてくれた命を大切に、これからも家族で楽しく暮らしていきたい。

  • 匿名 より:

    重度自閉症の娘7歳の母です。まだおむつ。言葉も出ない。初めての子で一人っ子なので頭の中は娘ばかりになってしまい悩むことも多いです。ワンオペ育児で毎日へとへとですが娘の笑顔に救われています。ただ一緒にご飯を食べに行きたい。会話したり、映画だって一緒に見に行きたい。

  • 匿名 より:

    長男、一昨年、22歳で、自死いたしました。次男、今、21歳で、半年前から引きこもりで、毎日、死にたいと言います。長男は発達障害のグレーゾーンでした。次男は、強迫性障害だと思われますが、病院へは行かないといいます。私が、才能を何も与えずに、産んだから、こんな人生は、リセットしたいんだそうです。もう、10年以上、家族で苦しんできました。終わりの見えない我が家。疲れました。もう、終わりにしたいです。

  • 匿名 より:

    息子の壮絶な癇癪で近所さんからの警察や相談所への通告。同じ説明を何度もしなければならないこと、理解のない男性警官への対応など、精神がおかしくなってしまいました。辛くて、辛くて…
    だけれども、読ませていただき、涙が溢れ、やっと心が救われました。ありがとうございました。

  • 匿名 より:

    お疲れのお父さん、お母さん、ごめんなさい。私は軽度のアスです。14歳の時パニックで骨折しました。20歳でアルバイト30歳結婚、33歳通高卒業、出産その子が高校受験します。皆さんの子どもさんにも導きがあるように祈ってます。母になったアスより

  • 匿名 より:

    心が少し救われました。ありがとうございます。

  • 匿名 より:

    この国では昔から障害児(者)は見えないように隠してきた、そのことの延長線上ではないでしょうか。土蔵や離れや小屋に入れるのと、特別支援学校や特別支援学級に入れるのは、同じではありませんか?
    何故、その子に合った支援が同じ教室でする事が出来ないのでしょうか。共生社会と言うならば、分けることなく子どもたちを育てる努力をするべきです。
    障害者(健常者)が周りにいない環境で育った子どもたちが、大人になって共生を理解できるとは思えません。それがこの国の歪んだ形になっているのでは。
    障害者差別禁止法や子ども権利条約がうわべだけのものになっているような気がしてなりません。
    10歳の自閉症児を持つ母

  • 匿名 より:

    作業療法士を目指しています。この記事を読んで当事者であるお子さんはもちろんご家族や周囲の方も少しでも心が楽になれるようなサポートがしたいと改めて思いました。これからより一層勉強して「障がい」に苦しむ方を支えられるように頑張ります。

  • 匿名 より:

    長男19才健常者、次男17才重度自閉症。次男は2才前から障害者である可能性がわかりました。明日の朝には「ママ」って起きてくるのでは、今起きてることは夢なのでは、と、毎日が過ぎていきました。
    でもあの子はコチョコチョするとはちきれんばかりの笑顔で笑い、何度もせがんできました。替え歌にあの子の名前を入れて一緒何度も歌いました。不意に見せてくれる笑顔が見たくて、それだけで私は幸せな気持ちになりました。
    私は幸せだけど、二人(長男、次男)は幸せなのかな…
    10年前からシングルマザーになり、二人を育てることは並大抵ではありませんでした。難聴や腎臓を悪くしました。外に出ればいろいろな人と関わらなければならない中、傷つくことはこんなにも多いのかと愕然としました。
    でもたくさんの人に支えられてなんとかやってこれました。昔からの友達、ママ友、近所の人たち、先生、療育の先生、医師、ヘルパーさん、子どものお友達。数えきれない人たちの支えがあって、私の人生はそれまでとは180度違う人生になりました。見えるものが変わると自分の感性も変わり、大切なことがひとつひとつ手に取るようにわかるようになりました。
    親の愛情をほとんど知らずに育った私は、子供たちからの無条件の愛を受け、不器用なままに子供たちの笑顔を見るためだけに生きてきたように感じています。
    みんな違ってみんないい。ギブアンドテイクが当たり前の世の中になってほしい。
    そんなふうに思いながら日々、生きています。

  • 匿名 より:

    3歳を迎えた息子が同時に自閉症の診断を受けました。2歳になる頃には、人の目を見ないことや声かけへの反応のなさから違和感を覚えており、さまざまな特徴からも自閉症は覚悟していました。誰かの代わりの障碍。そういう考え方まで、私はまだかかりそうです。私の中で芽生えて育って生まれてきた息子ですから。自分の責任を切り離して考えることはできません。苦労させる、ごめん、ごめんと毎日毎日思います。でも、今のままの息子が私の息子でかけがえがなく、愛しくてなりません。息子は双子なこともあり生活は大変です。私自身の精神科受診を考えることも多々ありますが、大切な息子が少しでも生きやすい人生を歩むための勉強が始まったばかり。頑張りたいと改めて思いました。

  • 匿名 より:

    昨日、長男の結果が出て、軽度の自閉症と診断されました。今まで思っている事があり何とか自分の心に受け止めようと頑張っていますがすすめません。後悔しても仕方ないのですが、職場でも涙ぐんでしまいます。

  • 匿名 より:

    夏休み帰省して数日経ちました。毎日、休む暇はありませんが両親に助けてもらいながら日々過ごしています。
    今日、電車に乗り二人を連れて福岡のO駅で昼食をしようと入って二女がパニックを起こしました。店員さんに謝り、自閉症ですと伝えても中々、分からなかったようでしたが、とても親切にして下さいました。
    高齢の女性は血相変えて…煩くてまともにご飯食べられんやったと、こっぴどく叱られてしまいました。一方、隣の方に謝ると、いいのよって笑顔で仰って下さいました。その方はヘルプマークをご存知だったかもしれませんが…。お一人で来られていた男の方も✋と手を振り私達を見守って下さいました。
    自閉症の理解はまだまだですが、迷惑かけつつもいっぱい外に出て、将来、自閉症のことをわかって頂けるよう前に進んでいきます。
    謝ることばかりだけど、子供たちが自立するときのために…。

  • 匿名 より:

    私の息子は一歳半検診で言語の遅れがあると引っ掛かり、2歳のときに自閉症の診断を受けました。何となく覚悟はしていましたが先生の口から自閉症と言葉が放たれた時はやはりショックで暫くは落ち込みました。
    今年の4月から支援学校に通いだし楽しんで行ってくれています。現在3歳、言葉はまだまだ話せませんが声の種類が増え、支援学校での手遊びなどを家でも気が向いたときなどに突然披露してくれます。今日はツーステップで喜びを表現してくれました。他にも色々と楽しい動きを見せてくれるので、我が家では最先端のコンテンポラリーダンスと命しています(笑)
    3歳年上の長女は話が出来ない弟と話せるようになるのを楽しみに待っていて、その姿が時々切なくなったりもします。
    これから成長と共に大変な事も増えていくだろうし不安に押し潰されそうな時もあり、夜中に寝顔を見ては涙が止まらず、愛らしい寝顔に謝る夜もあります。それでも時を経てゆく中で自分に何が出来るか考えさせられました。ありがとうございました。

  • 匿名 より:

    読ませて頂きありがとうございました。重なると思う部分が多く心が救われました。私は、母子家庭なので、私1人でできる対応が限られ今まで自分が出来る範囲工夫などの対応してきましたが、自分にも出来る範囲の限界があると感じ、正直最近疲れきっていたので、記事を読ませて貰い本当に励みになりました。
    私には、自閉症の子供がいます。幼稚園の年長の頃に症状が悪化し5年程学校に行けなくなり家で過ごしていました。今年に入り別の支援学校に移ってから初めて一緒に少しずつ登校出来るようになってきました。
    子供と接する中で、よく感じる事があります。子供が生まれてきてくれたからこそ、私の方が子供から色々な事を学んだり成長させてくれた部分が沢山あると感じました。
    この記事を励みに焦らずゆっくり歩みたいと思います。ありがとうございました。

  • 匿名 より:

    神戸さんの詩を読んで涙が溢れました。私は今52才、私が小学生の時学校のグラウンドに手紙の付いた風船が落ちていました、それを拾った友達と校長先生の所へ持っていくと、風船を飛ばした人に手紙を書こうとなりました、それは群馬県にある福祉施設から飛ばされた風船でした。しばらくしてその福祉施設から一冊の本が送られて来ました。タイトルはたしか「神どののお昼寝」だったと思います、小学生だった私は読んでも意味が解らず、もやもやとした気持ちのまま本の事は忘れて大人になっていきました。あるとき ふと 本に書いてあったのは、障がいを持って産まれてきた子は、神様がお昼寝をしてる間に産まれてきただけのことで、誰にでも起こり得る事で、元気に産まれてきた人だって、ただの偶然にすぎない……という事ではなかったのか、と思うようになりました。ほんのちょっと違う所があったり、でも そもそもどっちが違うのか、、、
    みんなちがってみんないい、我他皆師なり、、世の中がおおらかな気持ちで、全てを認めあい、お互いを大切に思いあえれば温かな日本になれると思います。

  • 匿名 より:

    うちは孫が重度の自閉症で知的障害ありです。現在4歳ですが、意味のある言葉はまだ話せません。3歳の時に正式に診断を受けて、想定していた結果でしたが親である娘が泣いて帰ってきました。
    みんなで可愛がって育てていこう、出来る限り協力するからと言って何かにつけ手助けしています。
    神戸さんの記事を知ってから本も読みました。泣けましたが勇気ももらいました。
    自閉症児の子育ては本当に大変だと娘の子育てを通して見ています。時には娘も爆発したりしていますが、皆で可愛がって育ててちょっとした進歩にも喜び合って親バカ孫バカです。

  • 匿名 より:

    3才になる息子がいます。まだ、意味のある言葉は出ておらず、一見外国語のような訳のわからないことをずっと話します。多動もあり、常に走り回らなくては気がすみません。気にくわないことや、いつもと違うことをすると癇癪を起こし狂ったように泣きわめきます。今現在、言語訓練を行いながら、経過観察中(診断はついていません)ではありますが、自閉症で間違いないだろうな….と覚悟は決めています。決めているのに、診断の時が今とても怖いし、息子の将来のことを考えると不安でなりません。でも、この詩を読んで涙が止まりませんでした。この詩に出会えて良かった。不安なことだらけで弱い母親ですが、息子をこれからも大事に、大事に育てていきたいです。

  • 匿名 より:

    こんな親が欲しかった

  • 匿名 より:

    僕の弟は障害を持って生まれ、しかも数年前に事故でなくなりました。彼にどれほどのものを背負わせればいいんだとこの社会を恨みました。でも、この詩を読んでいると何故か涙がとまりません。

  • 匿名 より:

    我が家にも6歳になった重度の知的障害・自閉症児の娘がいます。涙涙で記事を読ませてもらいました!
    感動で涙が止まりません。
    心が洗われました!

  • 匿名 より:

    我が子も知的障害を伴う自閉症です。5歳になりますが、日々の療育の成果むなしく、まだ一言も話せません。多動や奇声が大変で、外に出れば周りの視線を感じ、理解のない老人にやかましいと怒鳴られたり、常に足の速い子供を追いかけまわし、子の安全の確保と周りの人への謝罪ばかりで疲れ、世間の冷たさに何度も涙しました。(かといって多動だし家の中だけではもたない)
    最近は奇声は落ちつき、多動もやや落ちついてきました。とはいえ、健常児ばかりの保育園にいっていますが、ダントツで多動で、コミュニケーションも取れないので苦労しています。健常児の親にはこの苦労は絶対にわからないと思いますし、何げない一言や、周りの子たちと比べてしまって落ち込むことも多いです。神戸さんの詩、泣けました。本も読ませてもらいましたが、弟さんの思い、これまた泣けました。
    まだ神戸さんのような境地に達せてないですが、世間の理解が広がり、自閉症でも受け入れてもらえる優しい世の中になってほしいです。

  • 匿名 より:

    自閉症の息子が幼稚園と小学校の低学年の頃は、学習障害に加え徘徊と奇声でクラスのお母さん方には白い目で見られ、担任の先生からも見放され、息子を不憫に思い将来を心配し、ダメな時は二人で死のうと思った事が有りました。その息子も今年二十歳です。幼少の頃から絵を描く事が好きな子で、ビジュアルアートを専攻する美大生となりました。

    当時はまさかこのような日が来るとは想像もつきませんでした。思えばあの頃の他人の冷たい視線が私の中でエネルギーに変わったような気がします。なんとかこの子を健常に近付けたいと。その思いで十年間ありとあらゆる治療や療育に取り組んできました。

    中学生、高校生は他の生徒と足並みが揃っていなければなりません。学校では息子が苦手な文学や科学系の学科も受講しなければならず、落ちこぼれ感に悩まされました。しかし、大学になれば自分の得意な学科に専念することができます。息子は動物と人間の顔とその表情に強い興味を持っています。正にスペクトラムの特徴、とも言えるでしょう。しかし今ではその不可思議な興味が彼の美術のテーマになりつつあります。今、少し光が差し始めたのです。

    小さいお子さんを持つ私よりずっと若いお母様方を応援したい気持ちで投稿しました。

  • 匿名 より:

    我が子が重い自閉症で特別支援学校に通っています。障がいを受け入れるまでも葛藤しましたが、現在もこだわり、パニック、自傷他害…暴れまくる俺様な我が子に、自閉症だから…と自分に言い聞かせても辛いと思ってしまう日があります。特に、パニックで私に噛み付いた時の歯型を見るたびに「なんで私ばかり、こんな人生になってしまったのだろう」と。
    でも、この記事を読んで涙が止まりませんでした。誰かの代わりに障がいを背負ってくれたのだと。人の何倍も、親の私なんかの何倍も我が子はハンデを抱えて生きているのだと。
    心のイライラや不安がホッとしたように感じます。

  • 匿名 より:

    次男が自閉症です。この記事をよんで涙がとまりませんでした。

  • 匿名 より:

    読んで涙が出ました。
    自閉スペクトラム症の小学1年生息子の母です。うちの子の障がいが分かったのは3歳の時でした。それから私自身が受け入れるまでに2年くらいはかかっていると思います。悩みました。すごく、、、。視覚優位の息子、いきなりのハプニングなどは理解が出来ない、それを説明するのも通じない。言葉の通じない外国語で話しているかのように。説明しても理解出来ない。何度も何度も私自身に言い聞かせ、息子は障がいではなく特性が強いんだと。それで息子と向き合っています。
    今では私も理解して、周りに私が笑顔でちょっと自閉があるんですよ。と伝えるようにしてます。私は運良く、周りの環境がいいのでしょうか、周りの方も(最近多いから気にしないよ)と(特性を伸ばせば天才だよ)と言ってくれたりします。私は息子の特性を伸ばそうと思いますが、壁にぶち当たりながら日々奮闘しています。息子は虫や生き物は全てコンプリートするくらい好きで虫は平気で触り集めていきます。名前も見て覚えているようです。
    私も日々勉強出来るから息子に感謝、私は産んだ責任はあるからしっかり息子と向き合う覚悟で育児してます。自閉でも体に障がいがあってもいきなり障がい者になっても、人にかわりない。世界で大事な存在だから。意味があって産まれているから。

  • 匿名 より:

    涙がでてきました。うちの長男は高機能自閉症です。見た目が普通、知的に問題がなく、そのために苦しみます。悪気なく言われる言葉に何度傷付き落ち込んだことか分かりません。今もバタバタと毎日が過ぎ、悩む日々ですが、この記事を読み、スッと気持ちが軽くなりました。救われました。次男は全くの健常で病気一つなく過ごしています。全て、長男が引き受けてくれたんだ..この子が背負ったものはとても大きなものだけど、だからこそとても優しく明るいです。そんなお兄ちゃんは次男のヒーローです。2人とも大切な我が子。悩みは尽きませんが、きっと乗り越えれる気がしてきました。大丈夫、そう思えます。母子家庭ですので、家族3人ニコニコと暮らしていきたいです。

  • 匿名 より:

    産まれて成長過程で少し違うような感じがして気にしすぎかとおもっていました。うちの子に限ってとは思いませんでしたが上の子供の時と違ってすべてに戸惑いを感じ病院に自閉症スペクトラム障害と診断されました。落着きがなく眼を放すと何処かに行ってしまい気に入らないことがあれば、その場で奇声、初めはどうしようもないくらい恥ずかしく手を引っ張り抱っこしてその場からすぐに立ち去りどうしていいいかわからず、だれに相談していいかも分からず、病院の先生や福祉に相談、でも改善方法がない。言われる事といえば決して怒らない、特徴の一つ受け入れるしかない、でした。まだうちの子は軽度だからと、怒らない?の意味が分からず、保育園に入所した当初は周りの目が気になり運動会ではひたすら園を走って、お楽しみ会でもずっと廻りを走って、加配の先生もつけてもらって、どうこれからどうしたらいいかの話し合いもなく3歳まで来て、何度も繰り返し話し合いをして、4歳のクラスになった時に初めて良い先生に会えて少しずつ変化が、少し子供との向き合い方が分かってきたように思え、無事に卒園。今小学1年生に、環境が変わったせいか多発性円形脱毛症になり髪の毛がなくなり、自分の思いがうまく伝えられないから、又始まった自傷行為、色んな所に頭を打ち付け、自分を叩く、そして暴言、何度も言われると心が折れそうになります。自分を痛めつけている姿を見ると涙が止まらなったり、学校でも支援学級のお友達に暴言、暴力、クラスから居なくなったりしているそうで、私は子供にどうしてあげたらいいのかわかりません。
    そのままでいい。それがうちの子ってわかってはいるんです。生まれてきてありがとう。とも思っています。宝物、間違いないです。でも急に居なくなれば何かあってはと思い、人に暴力は振るってはいけないことを伝えるにはまだまだ時間がかかるみたいです。まだ1年生、時間はたくさんあるからと自分に言い聞かせ向き合っていかなければいけないのはわかってるんですが、どう伝えればどう向き合えばいいのか、毎日が自答自問の日々です。
    ただ相談や話ができる人がいたら少しはかわるのかな。母子家庭頑張るしかない!!

  • 匿名 より:

    私の娘もつい最近自閉症スペクトラム障害と診断されました。言葉を話し出すのが遅かったり、喋り方が周りの子より拙いと思う事もあり、色々相談したりもしていました。自閉症スペクトラム障害と診断されて、やはりショックです。
    来年小学校に上がりますが、今のままだと普通学級に通うのは難しいと言われました。なので療育を受ける事になりまさした。療育を受けたからといって、必ずしも普通学級に通えるとは言えないと言われましたが、今出来る事をやりましょうと言われました。
    私も今子供にしてあげられる事をしてあげようと思っています。私は娘が生まれてきてくれたことを心から嬉しく思っています。障害を持っていても、娘は私の宝物です。

  • 匿名 より:

    子供の障害や親の悩みも様々ではあるでしょうが、今はまだでもきっといつか この子はこのままここにいるだけでいいと思える日が来ることを心から願っています。
    昨年亡くなった私の父が重度知的障害の息子によく言っていました。「いいか〇〇、お前はここにいるだけでいい、ただそれだけでいい」と優しく頭を撫でながら。 それは息子に対しての言葉ではあるのですが、父親である私や他の親族に対するメッセージでもあったと思います。
    先日突然息子を亡くして、この子がいてくれたおかげで、自分は心から笑うことができていたんだと思い知らされている毎日です。
    言葉で会話はできなくても、笑顔や笑い声でいつもまわりを明るく照らし元気を与えてくれていた。 新たな病に侵され、持病の心疾患も悪化し苦しかったはずのこの一年間も、最後の最後まで必死に生き抜いた息子は、私の誇りであり最愛の存在です。
    まだ息子が小さいころ、仕事や将来のことで悩みいろんなことを諦め、この子がいなければとか、どうしてうちの子は普通じゃないのかとか、いっそ二人で死んでしまおうとか何度も考えてしまったこともありました、でも彼が色んなことを気付かせ、そして私に教えてくれた。
    この子はこのままいてくれるだけでいいと思えるまで少し時間はかかってしまったけれど、多くの人に助けられ、また息子にいろんな事を教わり父親にしてもらった。パパのところに生まれてきてくれてほんとに幸せだった。
    でも今は早くお前のところに行きたいけれど、それは頑張った君への裏切りだと自分に言い聞かせて、何とか一日を乗り越えるのが精いっぱいなへこたれパパでごめん。

  • 匿名 より:

    世の中みてさ、障害者よりも健常者の方が生きにくいかもしれないなと思った。誰であれ、理解してもらえない人は居る。誰であれ、白い目で見てくる人も居る。そう思ったら、健常者の方が生きにくい世の中なのかもしれない。
    私も統合失調症という障害があります。今まで色んな人に出逢った。障害がある事を言えば、色んな反応があった。悪い事ばかりではない。私の旦那さんは私の障害を知った上で「結婚してください」と言ってくれた。息子も2人居る。2人とも自閉症です。
    私は子供達に「生まれてきて良かった」「僕は愛されている」と言える人生をおくってほしいと願っています。障害者でも魅力的な方は居るから、そこから学んでいかしたい。子供達の成長はゆっくりだけど、成長してる。
    親が子供に出来ることは少しだと思う。「自分の持てる愛を注ぐ」「子供のありのままを受け入れる」これだけ。私はそう思います。

  • 匿名 より:

    うちは双子で6歳の高機能自閉症のお兄ちゃんとプラダーウィリー症候群の弟を母子家庭で育てています。この地球上に 健常者と呼ばれる人が2割、障がい者と呼ばれる人が8割になれば 現在障がい者と言われる人が健常者になるのでしょうか?
    みんな常識とか普通とかこだわり過ぎですよね。うちは大変ですが子どもと3人幸せです。

  • 匿名 より:

    私も自殺を考え、ここにたどり着きました。死にたいのではない、援助が欲しいだけなのだ。だけど、その援助がもらえないのだ。倒れるまで、やり続ける。ありがとう。

  • 匿名 より:

    この世に居てはいけない存在などないと思います。様々な気づきを得て、様々な想いを巡らせ、様々な苦悩や葛藤、喜怒哀楽が正に真に生きていること、人生を感じさせてくれるのだと感じます。我が子により良い境遇が続くことを切に願いながらも日々成長し、成長させてもらえる気付きを与えてくれる子ども達と私も歩んで行きたいと思います。一歩前へ!

  • 匿名 より:

    重度の知的障がいのある自閉症の17歳の娘の母親です。色々と思うことがあって検索していたらこちらへたどり着きました。
    ゆっくりながらもそれなりに成長してきたかなと思っていましたが、最近、動作がゆっくりとなってきたのが気になって…。急かして本人に負担になってはと思うもののこちらがイライラしがちになってしまって…。私が更年期であるからかもと思ったりもしてます。2人で一緒に逝ったらと思うこともたびたびあります…。でも、家族は他にもいるので、なんとか踏みとどまってると思います。楽しみを見つけて過ごそうと気持ちを切り替えたいところですが、なかなかうまくいかないこともありますね…。
    “そのままでいい” というメッセージ、改めてホッとさせて頂きました。このままでいいのかと悩んでたところだったので…。娘の笑顔に癒されながらありのままを受け入れていきたいと思います。なかなか思うようにいかないこともあるかもですが…。
    先日、知人からの連絡で神戸さんがnews23でやまゆり園の事件の犯罪者との面談の内容を出されると聞きました。その時、神戸さんのことを知りました。
    色々と考え方はあると思いますが、命は大切にしていきたいですね。人生山あり谷ありですが、無理なく楽しくすごしたいですね〜!

  • 匿名 より:

    同じこと考えてました

  • 匿名 より:

    詩の中に書かれているワクチンの被害者です。小6で子宮頸がんワクチンを2回接種してから、体調がおかしくなり、学校に、通えなくなりました。高2の春症状が悪化してもう、自分ではどこにも行けません。背負ってくれたなんて思えません。まだそんな風に納得できません。子供を育てるとはどうゆうことなのか。修行?こんなに辛いのは私だけだとよく勘違いをします。
    詩を読んでたくさん涙が出ました。もちろん子供を愛しているし、生まれてきてくれて私を大人にしてくれてありがとうといつも思います。けど、生まれてこない方が娘は楽だったのに、産んだ私が悪かったと逆に考えています。

    早く皆さんが苦しみから解放されますように。
    試練に立ち向かい続けるのって疲れますよね。

    誰でもいつかは障害者になる。名言ですが、ちょっと娘は障害者になるの早すぎました。。いつかは治療薬ができて良くなって歩いてお買い物にいきたい。

  • 匿名 より:

    誰でもいずれは障害者になる、あるいはある日突然障害者になる可能性があるのに、なぜそのことに気付かないだろう?と自閉症の息子に冷たい視線をむけてくる方に出会うたびに思います。
    その視線が、ひどい言葉が母親の最期のひと押しになってしまうかもしれないのに。人の痛みがわかる人間でありたいと、いつも思います。

  • 匿名 より:

    私は、5歳の娘と3歳息子の母親です。2人とも自閉症です。喋れないし、2人はそれぞれに性格が違い出かけるのも私1人では2人連れて行けません。とっても大変です。けど小さい時から療育に通っていて、そこの先生・友達のママがいて、考えが変わって楽に生きていけるように考えが変わりました。けどやはり理解のない人には我が子は挨拶できない、常識を親が教えていないとよく思われるし、注意されます。
    けど、他人の目を気にせず育てると決めています。私も何度も、車の運転中にハンドル操作を間違えと考えました。けど理解してくれる人は少ないかもしれないけどいます。
    そしてゆっくりですが子供も成長してできる事が増えます。
    1人じゃない。私は我が子達に感謝して毎日過ごしたい。

  • 匿名 より:

    私の子が自閉症です。知的障害もともなっており、現在3歳です。誰にたすけを求めたらよいのかもわかりません。

  • 匿名 より:

    毎日慌ただしい現代社会 子どもたちと、ゆっくりゆっくり歩きたいですね。 自然が大好きな保育士です👩

  • 匿名 より:

    私たちの息子もてんかん発作を伴う自閉症19歳です。読んでいて、涙が止まりませんでした。
    「あの子たちにはあの子たちの人生がある。」
    私の養護学校の先輩ママの言葉です。私たちに彼らの命を奪う権利なんてない・・・
    身にしみた言霊でした。

  • 匿名 より:

    小学1年の子供が自閉症です。疲れました…。この詩を読んで涙が止まりません。

  • 匿名 より:

    まさに、冒頭のような事がありました。
    自閉症スペクトラムの小学生の息子がおります。私なりにとても息子を愛し心配し、その生きづらさを悩んでいます。暴れ癇癪を起こします。どんどん体が大きくなり、路上で暴れる息子を引っ張っていって体が腰が痛いです。何より知らない方に時々白い目で見られ、『そんなに怒ってたら息子ちゃんかわいそう~』とか言われ(夏祭りでくじ引きで癇癪、暴れる、なだめるために買った唐揚げを投げる、パーキングを蹴る、鍵をガードレールに打ちつける)、幼稚園のママ友には『ぎゅってしてあげな~』と言われ、小学校のママには、母親への試し行動ではないかと言われ。
    愛が足りないから息子は暴れるのでしょうか。
    そんなはずはない。私は私なりにずっと息子に向き合ってやってきた。しかし、世間は冷たく辛い。
    そのままでいい、そう思えたら。そのままでいい、世間も思う?

  • 匿名 より:

    息子が自閉症スペクトラムで、現在特別支援学校の小学2年生です。今は、保護者の皆さんが同じような悩みを持ち、痛みのわかる優しい方大勢いらっしゃるので、だいぶ心が救われましたが、幼稚園の頃は地獄でした。教員からも保護者からもまったく理解されず、ことあるごとにパニックを起こす息子に暴言を吐かれ、他のママさん数人からも呼び出され、迷惑だから園を辞めていただけないかと言われました。悪口を流され、ありもしない虐待の噂を流され、また、近隣からも息子による騒音の苦情などが相次ぎ、結局引っ越すことになったのですが、本当に言葉では言い表しきれないほどの苦しみの連続で、毎日毎日、息子と心中する手段を考える日々でした。
    誰にも理解してもらえないことほど苦しいことはないです。あの時、私はどうするのが正解だったんでしょうね。今でも答えは見つからないです。
    仮に、卒園するまで我慢し続けるのが正解だったというなら、そこでもし鬱が悪化して心中してしまっていたら、それも正解ってことになるのでしょうか。
    あらゆる相談機関を頼りましたけど、明確な返答をしていただけた方は一人もいなかったです。神様でない限り、正しい答えなんてわからないのかもしれませんね。それでも心中したら責められるんですものね。本当にあの頃は、どうしていたらよかったんでしょうね。途方に暮れますね。
    ただ、今は、ものすごく大きな目標ができましたので、未来のために全力で頑張っています。障碍者が将来、差別を受けずに生きていくには、大きな資産を築いていくしかない、という結論に達しましたので。我が子だけでなく、他の障害児のためにも、何か役に立てる人間になるよう、頑張っていこうと思ってます。本当の意味で弱者を救えるのは同じ苦しみを経験した者にしかできないような気がするので。

  • 匿名 より:

    おかしなワクチンが本当に?
    せっかくの素敵な詩が残念。エビデンスもないのに頸がんワクチンが広がらないのはあなた方のせいです。

  • 匿名 より:

    私の娘は、17才で自閉症です。産まれて来て自閉症とわかってショックを受けて、一緒に死んだら楽なのにと思った事や、夢の中で喋ってるのに、起きたら嘘だと思った事が思いだしました。娘が、多動行動や周りの視線を受けて苦しい時もあったりしたけれど、支援学校に入ってからは、いろんな方達のお陰で気持ちも変わってきました。神戸さんの記事の中で、世の中には、事情を抱えて生きていている人がいるから、私たちも、生かされているのは、当たり前じゃないと思いました。まだ、将来は、壁がありますが、一歩ずつ乗り越えて行きたいと思います。

  • 匿名 より:

    二人の子供は、軽度の発達障害です。不登校となり、元気がありません。

  • 匿名 より:

    3歳の息子が自閉症スペクトラムです。療育グループやプレなどで徐々に言葉が増えたり、他者と遊ぶことが出来るようになりましたが、健常者のお友達との差は歴然で、落ち込むことばかりです。
    いつかこのままの息子を愛せることが出来たらなたと、この詩を読んで思いました。

  • 匿名 より:

    この記事を読んで涙が止まりません。
    以前は入所施設で勤務していました。10年勤務し自分では一生懸命に努めていたつもりでした……。また利用者さんの気持ちもご家族の気持ちもわかったつもりでいたのだと思います……。
    ですが、その後とてもとても小さな双子を出産しとても不安な日々を過ごしました。今もまだ発達経過は続いています。
    今は入所施設で勤務しています。
    このような想いで育てられた方が、施設で過ごす時間を健やかに感じていただけるよう……
    ご家族の方が安心して預けていただけるような職員になっていきたいと思います。

  • 匿名 より:

    4歳の息子が自閉症スペクトラムと診断されました。軽度知的障害があり、単語はたくさん知っているけれど、まだ話せません。私も同じように何度も息子が普通に話しかけてきてくれる夢を見ます。起きると目が合いにくい、会話のできない息子がいます。いつか2歳下の妹に、言葉も追い越されてしまう日が来るでしょう。彼を想ってなのか、自分が辛いからか、涙が出る日もあります。少しずつ成長している息子を誇らしくも思いますが、なぜうちの子だったんだろうと、健常児のママ達の会話が辛くなったり、毎日気持ちがアップダウンしてしまいます。でも息子は息子、本当に愛おしい。どうか、息子の未来が明るいものでありますように。私たち家族をいつも明るく照らしてくれる太陽のような息子が明日も大好きな歌を歌いながら、笑っていますように。

  • 匿名 より:

    私の息子も自閉症です。知能の遅れがないことで高校まで普通学級に通えました。でも、コミュニケーションが取れないことからずっと苦労しました。大学2年目で退学し、職業訓練校に入りましたが、就職ができないことを落ち込み、あと一週間という今になって辞めてしまうようです。とても辛いです。先が見えないことが不安です。詩を読んで胸がたまりました。そうだな、私の代わりに誰かが背負ってくれてたと気づきました。うちにも次男が優しくて強い子に育ってくれました。この先、まだまだ悩み続けると思います。でも、前を向きて息子たちを大切にして生きて行きたいです。

  • 匿名 より:

    ↓ 子宮頸がんワクチンのことなのかも、、、、

  • 匿名 より:

    詩のなかにある「おかしなワクチン」に?となりました。反ワクチン派でしょうか。

  • 匿名 より:

    私もいつか、神戸さんのような心境になれたらと思います。
    まだ自閉症だと思う幼いわが子と話ができたらどんなに幸せだろうと思ってしまうからです。
    コミュニケーションがとれない事は不幸なことではありません。幸せがちゃんとありますが、前向きになれる時とそうでない時を繰り返しています。
    私自身が人として成長することが大切だと思います。
    希望を頂ける記事をありがとうございます。

  • 匿名 より:

    相模原の事件で犯罪者を擁護する声やとても酷い言葉が多数ネットでありとても悲しい苦しい気持ちになりました。

  • 匿名 より:

    私は自閉で最重度の息子を施設に通わせています、息子が31歳で夜寝なくなり嫁と2人で七転八倒してますが、この方の文を読ませていただき、気持ちの持ち方を変えて残りの人生を支えていきたいと、体の許す限り、、、、

  • 匿名 より:

    いつも子ども達を自分のモノサシで見てしまい出来ない事に対して叱責してしまっています。
    なぜ分からない?なぜ出来ない?なんで理解しようとしない?と責める言葉ばかり。
    でも子どもって、と言うより人はそれぞれ違って当たり前なんですよね。
    あたしはそんな子ども達に親にしてもらい、共に学び、共に悩み、共に笑い、共に成長していくこと。
    基本的な事を忘れてました。
    この記事に巡り会ったのもきっと理由かあったから。
    今のあたしに色々と気付けって意味があったんだろうな、と思いました。
    読んでて涙が止まりませんでした。

    今の時代、巷では何でも障害って言葉で一括りにして片付けようとする傾向がある。
    でも決して障害じゃないんです。
    それぞれが持って生まれた個性なんです。それだけは以前から変わらず、そしてこれからも変えることなく生きていきたいです。

  • 匿名 より:

    この記事を読み、ふと思い出した出来事があるので投稿させてください。その時、ある区役所に用事を済ませるまでの待ち時間でした。若い女性が小さな赤ちゃんを抱いて、目の前に座りました。数分後、その若い女性に対して心無い言葉を沢山かけた年配の方がいました。見ているこちらが辛くなり、その年配の方が去った後で赤ちゃんを抱いて俯いていた女性に、思い切って声をかけました。「赤ちゃん可愛いですね、近くで赤ちゃん見るのが初めてなんです。私には子供がいないので…」と。初めは不安そうな顔をしていたその女性に笑顔になってほしくて、勇気を出して最後に言いました。「お母さん、頑張ってね!」と。お互い泣きそうになりながら、笑顔で別れました。

  • 匿名 より:

    とても感動しました。私の娘はいま6歳で来年支援学校に入ります。重度の自閉症、知的障害で意思疎通も難しく、奇声や暴れたりとても周りの目線が怖くて下を向いています。オムツもはずれず電車も乗れず体もどんどん大きくなり、パニックや暴れるのでいろいろ極限状態で、とても辛いときがあります。その時このサイトに出逢い考え方が変わり、家族にも見せて家族もこんなに大変だったのかと、理解してくれるようになりました。今月どうしても電車と新幹線に乗らなければならなくて、抱っこ紐を買いました。外に出れば視線がとても冷たく、どなられたこともありました(;_;)けれどこのサイトに出逢えたことで考え方が凄くかわりました救われました。辛くなったときまた読ませていただきます♡感謝です!

  • 匿名 より:

    どれだけ悩んだことでしょう
    愛する我が子への想いが伝わりました。
    私の娘は自閉症スペクトラムです。我が子を愛するがゆえ多くの苦しみが日々付きまといます。
    このままの娘でいいとも思います。
    何が正しくて何が間違っているのか分からず不安になる日もあります。
    この記事を読んで私も娘と前を向いて失敗してもいいから進んでいこうと思いました。

  • 匿名 より:

    心に沁みました。
    仲良くしてくれているママ友の子どもが、ADHDらしく、周りにいじめられています。助けたいけど、どうしたら助けてあげられるのかわからない。先生にも相談しているみたいだけど、先生自身が無知なのか、改善されてないみたい。
    この場合、どうするのが最善なんでしょうね。
    自分に思いつくのは、ひたすら話を聞くくらいです。世の中に失望しないでほしいと願っています。わかってくれる人はいるよと。

  • 匿名 より:

    詩が、素晴らしい。涙が出ました。

  • 匿名 より:

    障害って、誰でもなる可能性は、あるんですよね。
    それを健常とか障害という言葉で分けるのはいつも不自然だなぁと思うことがあります。
    ここでの自閉症スペクトラムに関しては、本当に軽度のものから重度のものまでありますけど、周りの人の認識というか理解は、まだまだだと思う。
    また、親子さんも様々で病気と諦めてしまっている人もいれば、なんとかしてあげたいと思っていろいろトライしている人もいます。
    医師も専門医も少なく、また、本人や家族のメンタルケアをしてくる機関も少なくないのが現状だと思います。
    学校の先生の中でもまだ、理解が薄く教育現場の対応もなかなか上手くいっていないのも現状あると感じます。
    自閉症スペクトラムであっても、すごく知識豊富な子もいるし、早期に細やかな取り組みをされている子は、社会的にも活躍もしています。
    どちらかと言えば、日本は、分ける社会で、それをなくさないとなかなか障害を持つ人は生きにくい。
    社会全体でも考える必要があると思います。
    自閉症スペクトラムに限ることなくです。