親に精神疾患が…ヤングケアラーのつらい日常と再生を描く漫画「私だけ年を取っているみたいだ」 丹念な取材で見えた”ひずみ”

小林由比 (2022年12月16日付 東京新聞朝刊)

「私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記」(文藝春秋)

 親などの大人に代わり、家事や看護・介護などを日常的に担っている「ヤングケアラー」。こうした子どもたちの中には、親に精神疾患があるケースも少なくない。当事者たちへの取材を基に今秋、漫画「私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記」文藝春秋)を出版した漫画家水谷緑さんに話を聞いた。

母に精神疾患 気持ちにふたをして

 主人公は統合失調症の母親と暮らし、父や弟、祖父らを世話する女の子。症状に起伏のある母を一身に受け止め、「家族」を壊さないよう気持ちにふたをして過ごす小学生時代から、壁にぶつかりつつ人生を切り開き、娘を育てる母になるまでの過程が描かれる。

「私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記」(文藝春秋)から

 水谷さんは2年ほどかけて約10人の当事者から話を聞いた。母に運動会に来てほしいけれど、疲れで症状が悪くなることを恐れ、「おうちにいて」と伝えてしまう。前ぶれなく激高する母から包丁を向けられる。描かれるエピソードはどれも、当事者たちが実際に体験した出来事だ。

 水谷さんは当初、子どもが助けを求め、周りの大人が介入すれば、その子は安心できるはずだと思っていた。だが、当事者からは「そうは思わない。助けを求めてしまった、どうしよう、という気持ちになる」と指摘された。

漫画家の水谷緑さん

 丹念に描かれる日常と子どもの思い。家族の買い物のためのお金でちゃっかり好きなおやつを買ったという話も印象的で取り入れた。「子どもにはプライドもあり、簡単に『問題がある家庭』と言われたくないとも思っている。そういう子どものたくましさやしたたかさも描きたかった」

父は無関心 子どもの「軸」が奪われ

 母親の描写から、コントロールしにくい精神疾患の現実を伝えることにも心を砕いた。「成育環境などが病気を引き起こすこともある。子どものために、いろいろしてあげたいけれど、今日調子がよくても、明日はわからないというつらさがある」

 父親の無関心ぶりも描いた。「当事者のどの家庭も父の存在感がないことに驚いた。働いていれば家の中の面倒には関わらなくてもいいと思っていて、母親も同じ意識だから『手伝って』とは言わない。そのひずみが、最も弱い立場の子どもに出ている」

「私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記」(文藝春秋)から

 ヤングケアラーは常に自分以外のことを考えているといい、「時間を忘れて遊んだり、ボーッとしたりする経験が、子どもの軸をつくっていくのに、それを奪われているのが最大の問題」と水谷さん。

 作品では、主人公は過酷な体験で奪われた感情を、さまざまな人たちとの関わりで徐々に取り戻していく。「大丈夫かな、という子がいたら、声をかけてみてほしい。最初はあいさつくらいでいい。反応がなくても、自分を気に掛けてくれた大人はゼロではなかったと後で思えることは、とても大事だと感じています」

当事者団体が協力「言葉にできない子どもの感情を漫画で切り取ってもらえた」

 作品は、精神疾患の親に育てられた子どもや支援者でつくる「こどもぴあ」など当事者団体の協力を得て制作された。こどもぴあ代表の坂本拓さん(31)は「実際の出来事だけでなく、言葉にできない子どもの感情や考えの処理の仕方を漫画という表現で切り取ってもらえた」と評価する。

こどもぴあ代表の坂本拓さん

 悲しみや苦しみだけでなく、親への心配や愛情も絡み合い、こうした状況にある子どもたちの気持ちは理解されにくい。こどもぴあは、そうした気持ちを当事者同士で分かち合う場を大切にしているという。

 「病気への偏見や打ち明けにくさがある社会が家庭を孤立させ、ヤングケアラーを生んでいる」と坂本さん。「親も子も社会的な支援に安心してつながれるよう、精神疾患への正しい認識が広がるきっかけにもなってほしい」と願う。