私が嫌だったのはバレーではなく、暴力や勝利至上主義だったんだ―。益子直美さんと考える、子どもとスポーツのあるべき姿【後編】
厳しくて…実はバレーをやめたかった
―私は子どもの頃、剣道を習っていたのですが、稽古に行くのが嫌だなと思うことがよくありました。
私もそうでしたよ。中学の頃からずっと、練習に行きたくないし、スパイクも打ちたくない。ぶたれないようにするため、平穏に終わりますようにってことばかり考えていました。
―そうなんですか? 意外です。
指導が本当に厳しかったんですよね。だから、私、中3で一度、バレーボールをやめているんです。母に相談したら、「やめよう、やめた方がいいよ」って賛成してくれて。その後、いろいろあって、バレーに戻るのですが、実際はやめたくて仕方ありませんでした。もう、一生懸命、仮面をかぶってましたね。五輪に行きたいですって、行きたくもないのに。
いったんバレーを離れてから気づいた
―指導者になったときは苦労したんですか?
そうやって育ったので、例えば五輪のキャスターをやっていたとき、出場する選手が「楽しんできまーす」って言っているのにカチンときたり(笑)。昭和の呪縛ってね、もう本当に根深いんです(笑)。
―益子さんは今では怒ってはいけない大会や「NO! スポハラ」活動をしています。その「昭和の考え方」が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
私、42歳から45歳まで不妊治療をしていたのですが、そのとき治療に集中したいと思って、解説の仕事とか一切やめたんです。なぜかというと、バレーボールがストレスだから。バレーの仕事がストレスになることを避けたかったんですね。
でも、やめた後、LGBTQの方のバレーボール大会を開催したり、(パラリンピックの競技になっている)シッティングバレーとかを楽しんだりして、そのとき、「あ、バレーボールが嫌いだったのではなく、暴力や勝利至上主義が嫌いだったんだ」と気が付いたんです。
たたかれた「怒ってはいけない大会」
―その気づきから生まれたのが「監督が怒ってはいけない大会」だったのですね。大会を始めた当初、反発はありませんでしたか?
それはもう、たたかれました(笑)。SNSなどで「そんな甘いことを言っているから、日本のスポーツ界はだめになったんだ」とか、「お世話になった監督を否定するのか」とか、1日100件とか来るんです。もう怖いくらいでした。今はもうなくなりましたが。
―賛同者が増え始めたのは、いつくらいからだったのですか?
5年目か6年目くらいですかね。ニュースや記事でたくさん取り上げてもらって、ようやく。今はスポーツ・ハラスメントに関する意識も変わってきたと思います。
―親は子どもの居場所がなくなってしまうと思うと声を上げにくいです。かといって、子どもも自分からは声を上げにくいです。
子どもって、自分がダメだから怒られる、自分が弱いから怒られるって思っているんです。だから、声を上げることができないんですね。でも、他の大会で子どもが叱られて、泣いているのを見て、自分の大会くらいは楽しくやらせてあげたいな、そのためには監督、コーチが怒らないのが一番。それで、できたのがあの大会です。
スポーツは「しつけの場」ではない
―「NO! スポハラ」の記事、私も読みました。暴力だけでなく、暴言も子どもたちを傷つけて、親も加害者になり得るという話は衝撃的でした。
親が介入しすぎると、イライラが生まれてしまうことが多いんです。負けたときなんか、子どもががっかりしている以上に親ががっかりしていて。試合でもうまくいかなかったのに、帰りの車の中でもまた責められたりしている。個人的には、たまに見てあげるくらいでいいのではと思います。
―サッカーを始めた小学3年生の息子が、コーチが大事な話をしているときに、土をいじったりしているのを見ると、「真剣に聞けないんだったら、もう行かなくていいよ」とつい、言ってしまうんです。そこはどう見ればいいんでしょうか?
見なくていいです(笑)。許してあげてください。親御さんは子どもがスポーツをやっているとどうしても期待を大きく持ってしまうのはわかりますが、小学校低学年の場合、集中力なんて3分くらいしか続かないんですから(笑)。子どもたちに任せて。
―スポーツとしつけを重ねてしまう面があるのかもしれません。
うちの親もそうでしたから、わかります。親からすれば、教育の部分との線引きができないケースが多くて、親がコーチに、つい、「厳しく鍛えてあげてください」って言ってしまうことがあります。でも、それはしつけの放棄でもありますよね。
―しつけの放棄…。
私の夫(山本雅道氏)は海外で自転車のレースに出ていたこともあって、自転車のチームをつくっているのですが、よく親御さんが子どもと一緒に「チームに入れてもらえないか」と来るんです。面接をすると、「うちの子は本当に言うことを聞かなくて、山本さん、ビシバシ鍛えてやってください」と言う。すると、夫は「あ、大変申し訳ありませんが、うちはしつけをする場所ではありませんので」と断ってしまうんです。スポーツは自分が好きでやるもの、自分で自分を成長させるものという意識なんですね。
生理とコンディショニング「1252」
―スポーツは楽しむもの。保護者も進化しなければいけませんね。
そうですね、私が一つ気になっているのは、例えば、日本のスポーツって、引退って言葉が多いですよね。中学でも、高校でも部活を引退するって。でも、海外では同じクラブでずっと大人になってもやっていて、スポーツは本来、生涯スポーツで何歳になっても楽しめるもの。そういう考えが浸透すればいいなと思います。
―生理やPMS(月経前症候群)についてはいかがですか? 体調や気分の波が激しい人に対しての意識やアプローチも、昔とは変えていく必要があると思いますが…。
私自身の話をすると、中学、高校のころは生理についてタブー視されて、誰にも相談ができませんでした。でも、社会人になると、チームにアメリカでやっていたトレーナーがいるんですね。それで、何日に始まって、何日目とか、出血はどうだとか、そういうのを健康手帳に全部書くようになって、皆で状態を把握しあうようになった。今はそういうこともわかりあうことが大事かなと思います。
―男性の指導者の理解も必要ですよね。
もちろんです。「スポーツを止めるな」という一般社団法人が「1252」というプロジェクトをやっているのをご存じですか。1年52週のうち、女性は12週生理期間があるって意味なんです。JSPOも先日、包括連携協定を結びました。私たちのときは保健体育の授業でも男女別々でしたが、隠さなければいけないものでもない。コンディショニングに関する知識は男女問わず、広げていかないといけないと思います。
子どものもの、自分のものなんです
―今後、どのような活動を考えていますか?
まだスポーツ少年団の本部長になって1年たってないのですが、とりあえず、小学生の部分、スポーツの入り口を整えたいなと思っています。子どもたちにスポーツは楽しいと思ってもらえる環境をつくっていきたいです。
―まだ先は長い、ということでしょうか。
「監督が怒ってはいけない大会」も、10年で一区切りつけたいと思っています。今年で丸9年なのでそろそろエンディングに入ってきていると思いますが、今のままでは、まだ終われない。若い人の意識は変わってきているように、各団体のトップの人の意識も変わらないといけない。だから、あと一押し。変わる準備は皆さんできていると思います。
―子どもたちにはスポーツを通じて成長してほしいです。
スポーツは子どものもの、自分のものなんです。親のものでもないし、先生のものでもない。大人はスポーツで成長してほしいと願っていますが、自分がやりたいからやる。自分が楽しいからやる。子どもたちがそう捉えてくれるようになればいいですね。子どもは勝手に成長していきますよ。
◇前編はこちら → 指導者が怒るのは自己満足。それで進歩は生まれない 益子直美さんと考える、子どもとスポーツのあるべき姿
益子直美(ますこ・なおみ)
1966年、東京都生まれ。中学時代にバレーボールを始め、日本代表として活躍。現役引退後は指導者、スポーツキャスターとして活動。2023年には日本スポーツ協会副会長、日本スポーツ少年団本部長に就任。「NO! スポハラ」活動実行委員会委員も務める。
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