なぜ東京の出産費用はこんなに高い? 年々上昇する理由は? 一時金は原則42万円から増額方針だが…「1人で我慢しようか」

神谷慶 (2022年12月1日付 東京新聞朝刊)

 出産した人が公的医療保険から受け取る原則42万円の「出産育児一時金」。出産費用が全国的に上昇を続ける中、政府は2023年度から大幅に増額する方針だ。都道府県別で出産に最もお金がかかる東京都内で、昨年から今年にかけて子どもを産んだ親や専門家らに話を聞き、支援の在り方を考えた。

都内で「66万円」 24万円を自己負担

 「子どもが好きだから本当は3人くらい欲しいけど、2人が限界かな」。東京都内の大学病院で3月、第1子を出産した看護師の女性(29)は話す。出産費は約66万円。出産育児一時金を差し引いた約24万円を自己負担で支払った。

 妊娠が分かったのは昨夏。出産費が安い関東近県の故郷で「里帰り出産」をすることも考えたが、新型コロナウイルスが猛威を振るう中、万一感染しても転院せずに産めるよう、医療体制の整った都内の大学病院を選んだ。

 7日間入院。個室や2人部屋で伸び伸び過ごしたい気持ちはあったが、これらの部屋は1日数千~1万円以上の室料差額が加算される。「個室は絶対に必要なものではない」と我慢し、差額の発生しない大部屋で過ごした。

2人以上欲しいけど、我慢しようか…

 正常分娩(ぶんべん)で、費用の内訳は、入院・分娩料約59万円と、出産事故に備える産科医療補償制度の掛け金1万2000円、赤ちゃんの保育や検査をする新生児管理保育料5万円、その他が約1万円。「都内では80万~100万円かかるイメージがあり、それよりは安く済んだけど、やっぱり高いと感じた」と苦笑いする。

 住宅費や今後の子育て費用が気掛かりだ。会社員の夫と共働きで、親子3人で暮らすアパートの家賃は月15万円ほど。「都内は生活費が高い。子どもの習い事代や私立小中学校に進学することになった時のための学費も今からためておきたい」。故郷には4人の子を育てる友人もおり、うらやましく映るが、「東京で子どもが4人いると生活していけない」と感じている。都内の同僚や知人も「2人以上欲しいけど、お金が大変。1人で我慢しようか悩んでいる」と漏らす。

正常分娩の費用は年々上昇 地域差も

 医療行為を伴わない正常分娩は、医療機関などが料金を独自に設定する自由診療。費用は年々上昇している。室料差額などを除いた公的病院での正常分娩の全国平均額は、2021年度で45万4994円だった。

 都道府県ごとの差も大きい。最低の鳥取が35万7443円なのに対し、最高の東京は56万5092円と、20万円以上違う。東京に次ぐ神奈川も50万4634円に上り、愛知は13番目に高い45万6794円だ。

「健診費用も15万円以上を自己負担」

 「健診費用の負担も大きかった」と振り返るのは都内の男性会社員(30)。妻(32)が昨年7月、都内の総合病院で第1子を出産した。出産費は65万円ほどで、自己負担は約23万円。ストレスが少ないと考えて利用した個室代も含まれている。出産までにも、13回の妊婦健診や全額自己負担の妊娠診断、胎動確認などのために、クリニックと総合病院へ少なくとも20回通院し、区の補助券を使っても15万円以上を自己負担した。「子どもが増えなければ日本は衰退してしまうのに」と支援制度の在り方を疑問視する。

 出産育児一時金増額のための財源について国の議論が進められる中、香川県で暮らす男性の母親(61)は「支援を充実させてほしいが、弱い人が弱い人を支える構造にはしないでほしい」と注文を付ける。

 出産費無償化を求めて署名活動を展開する市民団体「子どもと家族のための緊急提言プロジェクト」の共同代表で、医師の佐藤拓代さんは「費用が高い医療機関での出産を諦め、インターネットで産み方を調べる女性もいる。出産費の高騰は死産や悲しい事件を助長する要因になる」と指摘。「『収入が少なくても赤ちゃんを産んで大丈夫』と全ての人が思えるような国のメッセージは『自己負担なし』しかない」と訴える。

妊娠や出産、育児の支援充実を訴える集会を開いた「子どもと家族のための緊急提言プロジェクト」などの関係者ら=11月28日、東京都内で

なぜ出産費が上昇? 背景に少子高齢化

 なぜ出産費は上昇しているのか。東京大大学院医学系研究科の田倉智之特任教授(医療経済学)に聞いた。

高齢出産、病院のブランドと競争、物価…

 背景には少子高齢化がある。妊婦の年齢が高くなると、出産のリスクに備え、高度な医療を受けられる病院に行く傾向がある。経済力があるため、「ブランド力の高い所で産みたい」と考えたり、付加価値のあるサービスを求めたりする人が多くなる。特に第1子では必要なサービスが分からないから、多めに選択して高額になりがちだ。

 一方で、妊婦の数が減ると、医療機関の競争になる。同じサービスなら安い方が望ましいはずだが、この分野では一般的な経済原理は働かない。ブランドがなく価格を上げられない所は妊婦が集まらずに撤退し、平均費用が上がる。

 東京は高齢出産の割合が高く、人口当たりの分娩数は少ない。医療機関の設備や土地代、物価、医師や助産師らの人件費も高く、出産費に反映されやすい。都外へ出て産む人も多い。

 費用が上がり続けると、最初から産むことを諦める人が出る可能性がある。そうした人々の情報も調査し、支援の在り方を深掘りすることが必要だ。