夜中でも誰かが見ている「シナぷしゅ」 孤独な子育てに寄り添う動画を 飯田佳奈子プロデューサーが伝えたい「大丈夫」

嶋村光希子

乳幼児向け番組「シナぷしゅ」のメインキャラクター「ぷしゅぷしゅ」を見つめるテレビ東京の飯田佳奈子統括プロデューサー=いずれも東京都港区で(布藤哲矢撮影)

民放初の乳幼児向け番組「シナぷしゅ」(テレ東系)が2020年4月の放送開始から4年超。昨年は映画上映をし、今年は歌の全国ツアーも開催するなど、順調に赤ちゃんと親たちの間に浸透しています。成長の背景にあるのは動画コンテンツが不可欠となっている現代ならではの子育て環境。自身も1歳と6歳の母である統括プロデューサーの飯田佳奈子さんは、シナぷしゅを「社会的意義の強い番組」ととらえ「孤独な子育てに動画は必要。シナぷしゅは社会に育てられました」と話します。

シナぷしゅの一場面(テレビ東京提供)

シナぷしゅ

番組名は脳の神経細胞と神経細胞のつなぎ目である「シナプス」が由来。東京大学赤ちゃんラボの開一夫教授が番組内容も監修する。テレ東系で毎週月曜~金曜の午前7時半~放送。

テレビは発達に悪いの?

-大人気の「シナぷしゅ」。番組を立ち上げた経緯を教えてください。

2018年6月に第1子の長男を出産し、思うことがいろいろありました。小さい頃から自分が子ども好きだと思っていたし、欲しくてできた子だったのに、産んでみると睡眠不足もあってどうしようもなくつらかった。

それまで虐待のニュースを見ると「そんなことするぐらいなら子どもなんか産まなきゃいいのに」と思っていました。実際自分が産んでみると、虐待しちゃう人の気持ちが分かるというと変だけど、それぐらい追い込まれている自分がいることにも気づきました。やっぱり子育てって想像では分からない、当事者しか分からない苦しさがあるなという実感があったのが一つ。

-他にも、企画のきっかけとなった出来事があったのでしょうか。

しばらくして、近所の子育て支援センターに行くようになって、いろんなママや赤ちゃんと触れ合う中で、「うち昨日1時間もテレビ見せちゃった」「うちもだよ、全然大丈夫だよ」と。テレビを見せることに罪悪感を感じているママたちの、そんなやりとりを耳にしました。帰り道にベビーカーを押しながら「テレビって害悪なのかな。来年仕事復帰すると、子どもにとって害悪なものを作る会社に復帰することになるのかな」と考えるようになりました。

一方で当時YouTubeを見ると、赤ちゃん・乳幼児向けの公式コンテンツはなかった。アンパンマンなどの人形を使って一般の方が手作りしたクオリティーもさまざまな動画が何十万回、何百万回と再生されていました。

現代の育児に動画コンテンツは必要とされているのに、「テレビは発達に悪い」といった根拠のない「子育ての常識」がなんとなく受け継がれ続けています。昔は地域一体で、大人の人手がたくさんある中で子育てしている時は動画に頼らなくても良かったかもしれませんが、今は日中ワンオペで、狭い空間で子育てしている人も多い。現代の苦しい育児スタイルには動画コンテンツは欠かせない存在ではないかと思いました。海賊版のようなものを見せるのであれば、もっとオフィシャルで良質なコンテンツをいつでもどこでも見られるようにしてあげたらいいのでは、と。

赤ちゃん向け番組はNHKのEテレにもありますが、この選択肢豊かな時代に、民放の一局として選択肢を提案できるのでは、と育休から復帰してすぐに企画書を出しました。

赤ちゃんの心に種をまく

-復帰後すぐ出したのですね。

第1子の復帰後は時短を取り、保育園の呼び出しも多いので、最初会社側も良かれと思って、会議の書記などの軽めの仕事にしてくれていました。しょっちゅう呼び出されて早退して帰ることへの後ろめたさもあって。できる仕事は限られているとはいえ、自分の中で悔しさもありました。今の自分の働き方だからこそ、できる企画もあるんじゃないかとちょっとした反骨精神みたいに企画書を出しました。認めてほしかったというか。

シナぷしゅの一場面(テレビ東京提供)

同時に私の復職時期がテレビの既存のビジネスモデルを変えていこうという時期とも重なり、「視聴率でなく、配信や商品化などの放送外収入も得られるのでは」と、うまく時期的にもはまりました。

-番組の特徴は。

歌のコンテンツを大切に作っています。ラップ、演歌、ジャズ、ロック、レゲエ、K-POPといった多彩な音楽ジャンルの曲を提案して、「赤ちゃん自身が好きな音楽を選んでね」という感じです。番組側としては赤ちゃんの心に感性の種をまきたいんです。ただ、育てるのはシナぷしゅじゃない。「あなたの心にまかれた種を育てるのはあなた自身だよ」と思っていて。選ぶ力を身につけてほしいというか。無自覚的かもしれないけど、シナぷしゅでまかれた種がその子なりの咲かせ方で花開く日が来るといいなと思ってます。

-制作にあたっての苦労は。

制作費が本当に少なかったです。でも作るしかありません。たくさんのアニメーターや作家、作曲家の皆さんが自分ごととして、「赤ちゃんが喜ぶものづくりをしたい」と賛同してくださって。そういう方の情熱は単純に制作費には置き換えられない価値があります。制作費という言葉にしてしまうとすごく少ない予算ですが、制作に携わる人の情熱という意味では、実はすごく裕福な番組。潤沢に集まった情熱でカバーしています。

夜中でも300人が視聴

-「赤ちゃんが泣きやむ」「赤ちゃんが喜ぶ」動画として人気です。YouTubeでのネット配信は無料なんですね。

いち消費者、いちママとしても無料じゃなきゃ意味がないんです。子育てって毎日毎日何が起こるか常に分からなくて思い通りにはいかない。昔ながらのテレビのように「朝7時半にテレビの前に座っててください」というのは難しい。例えば病院の待合室で静かにしてほしい、車に乗っている時に見せたい…。そういう時にさっと、見たい時に見せたい見せ方で見せられるスタイルじゃないと、子育てにはフィットしないなと思ってます。

YouTubeでは連続ライブ配信を数年間ずっと行っていますが、視聴人数がゼロになったことは一度もないんです。夜中2~3時につけても200~300人が見ています。視聴者のコメントでは「夜泣きしてボロボロで、わらにもすがる気持ちでYouTubeを見せて泣きやませようと、シナぷしゅのライブ配信をつけたら視聴人数300人と出ている。ああ私だけじゃない、今戦っているのは私だけじゃないんだって。あの視聴人数に本当に救われるんです」とよくいただくんです。

育児の一番の敵って、睡眠不足もありますけど、孤独が大きいじゃないですか。夜中の夜泣き対応をずっとしていると、「なんで私だけ」とか、孤独感に襲われる時があって。特に仕事復帰もしていなかったら、社会との断絶を感じます。仲間がいるという感覚って、すごく大切ですよね。

-ベビー服の開発など他業種との協業を始め、映画上映、今年は歌やダンスのステージの全国ツアーもします。成長ぶりを振り返ると。

シナぷしゅをわが子のように育てていて。赤ちゃんも5年でめっちゃ成長するのと同じだなと思ってます。でも決して私やテレビ東京が資金を投じて無理やり成長させたのではなく、このコンテンツは社会が育てているというのは実感としてあります。最初に番組企画を打ち出した時「絶対需要はある」と思ったものの、それを上回る反響があって、社会が必要としているんだなと感じました。今の日本の社会の子育てに携わる人たちの「もっとこうだったらいいのに」という思いが成長させてくれていると思いました。

シナぷしゅの存在する世界

-少子化でも赤ちゃん番組に取り組む意義は。

少子化が進む現実は悲しいですが、社会にとっての財産は「人」。人数は減っていくが、彼らが私たちの未来を作り守ってくれる存在です。自分の子どもたちの未来を案じるわけじゃないですか。この子たちの人生が生きやすいといいな、生きる社会がすてきな社会だといいなとか。数が減れば減るほど、彼らに対して今の大人が情熱を注いであげて、彼らが生きる力をこれまでの私たち以上に身につけてほしいです。人数が減っていくと一人一人の負担が大きくなってくると思うので、無理なく彼らの生きる力や基礎を作ってあげることが大事だなと思いますね。

シンプルに自分の子どもが幸せであってほしくないですか。この子たちがいつか未来を担うのと同時に、今私たちは社会を担っている。今の私たちにできることが絶対あるはずとも思います。

-日本の今の子育て環境をどうとらえますか。

私はこの時代でしか子育てをしたことがないから「こんなものかな」とも思うし、決して楽ではないけどどちらかと言えば楽しいじゃないですか。子育てはすごくクリエイティブ。自分の子どものまっさらな人生の下描きみたいなことをするのって、かけがえのないものだなって。シナぷしゅの存在する令和での子育てはそんなに大変じゃないよ、と伝えていけたらいいなと思いますね。

-子育てをする親たちに伝えたいことは。

声を大にして言いたいのは子育ては楽しいんだよということ。SNSでよく「仕事と子育ての両立どうしてますか」と質問もらうんです。仕事復帰が心配で仕方ないって。

「両立」っていう言葉が苦しいですよね。両方立たせてないといけないですから。私は仕事の時は「仕事」の札が立ってて、仕事が終わったらそれを倒して、「子育て」の札を立てる。両方立ってる時なんてよっぽどないと思うんです。

その時々、目の前にある自分のタスクに一生懸命向き合えば、「両立!」っていう意識でなく、うまく使い分けられるじゃないですか。両立しなきゃと悩んでいる時点で真面目。真面目なあなたなら、目の前にあることを一生懸命やれば全部大丈夫なはずと。「大丈夫ですよ」って自分に言い聞かせながら皆さんにお伝えしたいです。

シナぷしゅの一場面(テレビ東京提供)

9月から全国ツアー

そんなシナぷしゅが送る、全国のキッズ達と歌って踊れるコンサートツアー「ぷしゅソングフェス」は東京、大阪、愛知、福岡、北海道の全5都市で今年9月から順次開催します。ツアーの詳細はテレビ東京のイベント情報ページで案内しています。

9月28日開催「東京すくすく6周年イベント」で飯田佳奈子さんをお迎えします

9月28日(土)に世田谷区の昭和女子大学グリーンホールで「東京すくすく6周年イベント」を開催します。今回のインタビューがきっかけとなり、飯田佳奈子さんに出演していただくことが決まりました。東京すくすくで子育て日記を連載中のフリーアナウンサー・清水健さんとのトークショーです。ぷしゅぷしゅも来場予定ですので、お子様と一緒にぜひご来場ください。

参加には事前の応募が必要です。詳しくは特設サイトをご確認ください。

東京すくすく6周年イベント「子育て中だから考える 自分のこと、これからのこと」特設サイト

コメント

  • 娘がYoutubeで視聴しています。 親子でこの番組のファンなので、色々なグッズも買いました。 ありがとう。大好きです。
    かず 男性 30代 
  • シナぷしゅ様様の日々を送っています。 夜中に大泣きして何をしても泣き止まなかった時。ワンオペ中どうしても家事を進めなければならない時。やむを得ない電車移動中に騒ぎ始めてしまった時。何度助けられた
    かなまま 女性 30代