スープストック「離乳食炎上」を乗り越えた理念 新社長の工藤萌さんに聞く「食のバリアフリー」とは

嶋村光希子
 食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」は昨春、赤ちゃん向け離乳食の無料提供を発表すると、SNSを中心に賛否が起き「炎上」してしまいました。あれからまもなく1年、当時顧問として対応した工藤萌取締役が4月1日付で同社長に就任しました。「社会からの私たちへの期待と果たすべき役割を考えさせられた1年だった」と語る工藤さんに、改めて騒動の振り返りやトップ就任への意気込みを聞きました。
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4月1日付でスープストックトーキョーの社長に就任した工藤萌さん(五十嵐文人撮影)

予想外だった「おひとりさまvs子連れ」

―離乳食を導入した経緯を教えてください。

 子を持つお母さんやお父さんってゆっくりご飯を食べられないですよね。離乳食は人間の味覚を開花させる重要なもの。そういうことをサービスして子ども自身もご飯をリラックスして楽しんでもらいたいという気持ちが社員の中に芽生えていました。一部店舗で実験的に無償提供していた離乳食を、好評を受けて昨年4月に全店に拡大しようとしました。

―世間の反応はいかがでしたか。

 想像していないものがたくさんありました。静かに過ごしたいおひとりさまと、騒がしい子連れといった対立構造のようにされてしまって心が痛みました。

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スープストックのスープとパン。奥は嚥下障害のある人向けに一部店舗で貸し出している調理器具

 そもそも当社は、食べ物をかんだり飲み込んだりすることの難しい嚥下(えんげ)障害のある方やベジタリアン(菜食主義者)、ペットのネコなども含めて、さまざまな人が配慮された食事で一つのテーブルを囲めたらすてきだね、と「スープ・フォー・オール」の考え方で食のバリアフリーを目指して商品開発してきました。スープはやわらかく煮込まれて、栄養がたっぷり入っていろんな方を包み込んでもらえる優しい食べ物。赤ちゃんのための離乳食はその中の1個に過ぎないのですが、そこだけ切り取られてしまったようでショックでした。

 一方で、実はSNSでさまざまな声が発信されている時も、お店はそれほど荒れずに通常運転で、「応援しているよ」とありがたい声をかけられることもあったようでした。

声明文を発表すると、一気に「応援」に

―どのような対応を取りましたか。

 「利他の心を持て」ととらえる人もいましたが、そう言い放ってしまうのは簡単。私たちは誰も差別や区別するつもりはなくて、ひとりひとりに寄り添い、全ての人を包んでいくということを体現したかったんです。

写真 工藤萌さん

 改めて私たちの考えをお伝えするために、ホームページに声明文を出しました。食のバリアフリーの取り組みの紹介に加えて、「私たちは、お客さまを年齢や性別、お子さま連れかどうかで区別をし、ある特定のお客さまだけを優遇するような考えはありません」といった文章を出すと、一気に応援の声に変わったのを感じました。

声明文の一部

私たちは、お客様を年齢や性別、お子さま連れかどうかで区別をし、ある特定のお客様だけを優遇するような考えはありません。

私たちは、私たちのスープやサービスに価値を見出していただけるすべての方々の体温をあげていきたいと心から願っています。皆さまからのご意見を受け止めつつ、これからも変わらずひとりひとりのお客様を大切にしていきます。

世の中の環境の変化が激しい中、社会が抱える課題もさまざまです。それらを私たちがすべて解決できるとは思っていません。でも、小さくてもできることもあるとまじめに思っています。
ひとつひとつですが、これからも「Soup for all!」の取り組みを続けていきます。

(Soup Stock TokyoのWebサイトの「離乳食提供開始の反響を受けまして」から引用)

 自分たちの主張を言いにくい世の中だけど、毅然(きぜん)とした態度でブランド意義を伝える企業姿勢がお手本になるととらえてもらえたようです。

―その後の店の様子は変わりましたか。

 店内が広い訳ではないためご迷惑をおかけする部分もあるけれど、親達もあまりのピークタイムには遠慮する人もいるし、皆さんの気遣いで成り立っていると気付きました。「子連れの外食はすごく大変だったが、温かく迎えて下さり心のよりどころになった」とのうれしい声も。ブランドの社会性も支持されて、出産後のお母さんをスープでいたわる出産ギフトもものすごい勢いで伸びています。

 私たちが作りたかった世界観ができていると感じました。社会的意義や使命を深く考えさせられた出来事でした。

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出産後の母親をスープでいたわる出産ギフトも人気

産婦人科や保育園からも引き合いが

―工藤さんのスープストックとの思い出を教えてください。

 大学を卒業後、新卒で資生堂に入社しました。地方勤務を経て本社でブランドマネジャーをしていた時、マーケティングの仕事に夢中でのめり込み、「食事よりも仕事」という時期がありました。咀嚼(そしゃく)する力すらなくてもスープなら栄養を取れるかなと、当時あった汐留の店舗に入ると、優しい味と雰囲気に癒やされました。大変だった時や忙しかった時に助けてもらった思い出です。

 その後出産を経て価値観が変わり、「自分の残された時間やビジネスの力を社会課題の解決に使いたい」と強く思うように。健康食品販売などのユーグレナで約4年、役員などを務めた後、縁あってスープストックに入りました。

―経営トップとしての意気込みを。

 特に社会性をもっと強くしたいです。具体的には法人向けを強化して、必要な人に必要なときに使ってもらえるようチャネル拡張も強化したいです。産婦人科や保育園でも引き合いがあり、高齢者施設などにも広げたい。今は立川市の店のみで提供する嚥下障害のある方向けのメニューもより使いやすいように通信販売も進めていきたいですね。

一部店舗では嚥下障害のある人向けに、具をつぶせるような調理器具なども貸し出している

 離乳食の件は「スープで世の中の体温を上げる」の理念を真ん中に据えている会社ということが深まりました。今後はよりブランド価値を高め、どんな状況のお客さまも温かく優しく包み込むというスープの力で、元気な人はもっと元気に、疲れた人には癒やしや平穏を提供したい。どきどきもありますが、わくわくの方が大きいです。

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