殺傷事件のあった川崎市多摩区で児童を見守る「名物おじさん」 小学校の正門に毎朝立ち続ける思い

安田栄治 (2019年9月28日付 東京新聞朝刊)
 「おはよう!」―。川崎市多摩区の市立宿河原小学校の正門前には毎朝、横断歩道を渡って登校する児童たちに呼び掛ける「名物おじさん」の野太い声が響き渡る。同区は、スクールバスを待つ私立カリタス小学校の児童や保護者計20人が殺傷された事件が5月28日に起きた地で、事件後に児童の見守りが強化された。「おじさん」はその前から6年以上も校門前に立ち続けてきた。「事件の後は背中にも目をつけたつもりで見ています」と気を引き締めている。

横断歩道を渡る子どもを見つめる津田さんの目は優しい=多摩区宿河原で

児童が登校する日は欠かさず見守り 

 事件後、多摩区役所などは毎月28日を「子ども見守りの日」と定め、多摩署も区内全小学校の登下校を見守る日にしている。夏休みが明けた8月28日朝、宿河原小の前には会社員津田貴志さん(43)=同区登戸=が出社前に、「横断中」の旗を持ち「おはよう」と連呼するいつもの姿があった。

 津田さんは、中学2年の長男(13)が小学2年の時に旗振りを始めた。「高齢者が多く、毎朝できる人がいなかった」。小学六年の長女(11)の入学を機に、「子どもが2人も通うから、やってみよう」と、児童が登校する日は毎朝欠かさず立つと決めた。

野太い「おはよう」の声と笑顔で

 子どもより早く起きて一足早く「登校」し、午前7時半から8時半まで立つ。雨の日も猛暑の朝も欠かさず、「名物おじさん」になった。「会社の月に一度の会議や出張以外で休んだことは一度もありません」。冬場に寒さで足の感覚がなくなったことも一度や二度ではない。「子どもたちからお礼の手紙をもらったり、あいさつできなかった子がある日突然できるようになったり。それがうれしいから苦もなく続いてます」とうれしそうに語った。

 津田さんは「おはよう!」の野太い声に加えてひげ面で一見近寄りがたくもあるが、その笑顔は子どもたちを安心させてきた。「町を歩いていると中学生が懐かしそうにあいさつしてくれる。宿河原小の卒業生でしょうね」と目を細めた。

事件に心痛め、いざとなったら…

 津田さんが立ち始めてからこれまで、校門前で児童と自動車などとの接触事故は一度もない。一年生の長女(6つ)を通わせている会社員男性(35)は「毎日子どもを見てくださり、本当に感謝し、安心しています。長男(3つ)もいるので今後もお願いしたい」と頭を下げる。

 5月の事件に心を痛めた津田さんは「いざとなったら、この旗の棒を武器にして子どもたちを守ろう」と心に決めている。「長女が6年生で、あと半年と思うでしょ。ところが来春に次男(5つ)が1年生になる。あと6年、というより10年は続けようかな」と頼もしく語った。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年9月28日