侍ジャパン前監督・栗山英樹さんの人を育てるアドバイス 子どもの力をぐっと引き出す「信じ切る力」とは
人を育てる栗山流アドバイス・前編
2023年3月に行われた野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を優勝に導いた栗山英樹さん(63)がこのほど、「信じ切る力」(講談社)を刊行しました。「信じ切る力がなかったら世界一はなかった」という栗山さん。WBCの秘話、これまでの人生論が詰まった自著の刊行に際し、東京すくすく「アディショナルタイム」のインタビューに答えてくれました。
なぜ、不調の村上宗隆選手は大事な場面で打てたのですか? どうしたら大谷翔平選手のようになれますか? 東京すくすくだけに教えてくれた「人を育てる栗山流アドバイス」を、前編と後編の2回にわたってお届けします。
取材は4月、都内のホテルで行われました。栗山さんはテレビで見るイメージそのまま。笑顔で「今日はよろしくお願いします!」と迎えてくれました。3月に「信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ」と題した著書を発刊した栗山さん。実は、教員免許を持つ教育者としても知られています。今回はこの「信じ切る力」を子育ての視点で読み解き、質問させてもらいました。
WBCで学んだことを次の世代に
―本を読ませていただきました。選手を信じて侍ジャパンを世界一に導いた話はとても勉強になりました。まず、本のテーマを「信じ切る力」にした理由を教えてください。
はい。WBCから1年以上たつ中、そろそろ落ち着いて、あの大会を振り返り、自分が学んだこと、感じたことを次の世代に伝えなくてはいけないと思ったんですね。結局、あのWBCって何だったのだろう?なんで勝てたんだろう?という質問を自分に投げかけたとき、選手を信じ切る意味を感じたというか、信じ切る力がなければ勝てなかったという結論に達したんです。
―世界一になれた理由が、人を信じる力だったというのは意外に思えます。
本当に不思議なんですが、大事なところで選手を送り出すとき、こちらが「大丈夫かな、やっぱり無理かな」と思って送り出すと、結果は出ない。「この選手は絶対に打つんだ」と信じ切って送り出さないとダメなんですね。それって、誰の目にも見えないものなんですが、実はすごく結果に結びつく。勝負の綾(あや)になる。監督を経験して一番感じたのが、信じ切る大切さでした。
信じ切り、村上選手は打てた
―「信じている」ではなく、「信じ切る」という言葉に強さを感じます。WBCの準決勝で絶不調で苦しみ抜いた村上宗隆選手がサヨナラ安打を打てたのも、やはり、信じ切った結果なのでしょうか?
おっしゃる通りです。「絶対に大丈夫だから」「おまえなら打てるから」って、そういう送り出す側の本気が伝わったんだと思います。
―信じ切ることで、その人の迷いを消す効果もあるのでしょうか?
それが全てだと思いますね。特に今の子たちは僕たちの時代と違って、「とりあえず、やってみろ」ではなく、「この場面はおまえしかいないんだ。おまえだったら絶対に結果が出るから」と言って送り出す。それを相手が感じてくれた瞬間、その人の力がぐっと出やすくなります。全部出るとは言い切れないんですけど、僕の経験ではそうでした。逆にいえば、送り出す側が本当に信じ切っているか、問われていると思いました。
信じ切る「場所」を間違えない
-そうは言っても、信じ切るって難しいです。例えば、親の立場からすると、「期待しているのに、わが子は期待に応えてくれない」「スポーツの試合で子どもを信じて送り出しても、結果が出ない」と、がっかりして、信じ切れないときもあります。そういうときはどうしたらいいのですか?
それは、信じ切る場所が違っていますね。
-信じ切る場所?
はい。誰かの期待に応えるとか、結果を出すことを信じても意味はないんです。そこに向かうまでの準備をこの子はちゃんとやってくれたかどうか、それを信じて送り出すので。
今回、結果は出ないかもしれないけど、この勝負をしたら、この子にとって絶対にプラスになると思ったら、それを心から信じて、「さあ、行ってきなさい」って送り出す。WBCの村上選手もそうでしたが、あそこで万が一打てなくても、その人の財産になる。そう考えてみてはいかがですか。
-なるほど。
それと、もう一つ。信じ切るといっても、その人の全てを信じるわけではないんです。人って、良い部分と悪い部分、得意な部分、苦手な部分があるので、全てを信じようとすると齟齬(そご)が生まれてしまいます。そうではなく、この子のここは信じています、それでいいんです。
例えば、この子はまだ体が小さいけど、コツコツ真面目にやれる子だ、努力できる子だと思ったら、その部分を信じ切って、一緒になって勝負してあげる。「自分は信じているよ、おまえよりも信じているよ」というのが子どもに伝われば、いろいろな素晴らしいことが起こってくると思います。
失敗は「経験できてよかった」
―もっと早く今の言葉を聞きたかったです(笑)。子どものサッカーの試合を見に行って、いつもやきもきしていたので。自分は子どもではなく、結果を信じてしまっていたんですね。
親の立場からすると、チャンスで結果が出なかったり、精神的なものでその子が力を発揮できないと、すごくイライラしますよね(笑)。でも、たとえ失敗しても、そういうことを早めに経験できてよかったねという雰囲気で見てもらえれば。子どもって親の期待や態度に敏感なので、「お父さん、落ち込んでるな、自分のせいだよな…」って、わかるわけです。それは良くないですよね。
―結果よりも経験させることを優先する?
もし、実力があるのに力を発揮できなかったことがあったとします。でも、それって、子どもにとっては、めちゃめちゃいい経験じゃないですか。だって、それが人生なんですから。そのときにどう振る舞うかだったり、どうやって下を向かないかだったり、そっちの方が実は大事だったりするので。
栗山さんが監督時代、選手を選ぶときの一番の基準にしたのが、「困ったとき、苦しくなったときに、この選手はどんな行動を取るのか」だったそうです。確かにWBCでは劣勢になっても、誰一人あきらめたり、投げやりになったりしませんでした。
栗山さんの言葉を借りるなら、親はまず、子どもを「信じ切って」送り出す。そして、結果に一喜一憂するのではなく、良くない態度や振る舞いをしたか、しないかを注意して見る。そんなことを心がけてみるといいのかもしれません。
翔平は人と比べることをしない
―本の中でも大谷選手に触れていますが、大谷選手の良いところというのは、栗山さんから見て、どこにあるのでしょう?
そうですね、まず、翔平って人に言われて何かをすることがないし、そもそも、人と比べることをしないですよね。人は全員違うから、人に言われたことをやると失敗すると思っている。だからこそ、二刀流ができたと思います。
―人は全員違う。確かにそうですね。
彼は自分で決めて、自分のことをやるから、日々のトレーニングも自分で決めていました。こちらから提案はしますが、例えば、二刀流の場合、投手と野手の練習、全部はできないですよね。疲れ切ってしまうので。そこで彼はこれとこれはピッチャーの練習だけど、バッターの練習も補えるとか、自分で計算してやっていましたね。
- 人は信じ切って送り出すと、力を発揮しやすい
- 結果よりも、態度や振る舞いを見る
- 人は全員違うから、人と比べない
栗山英樹(くりやま・ひでき)
1961年生まれ、東京都出身。東京学芸大から1984年にプロ野球・ヤクルトに入団。1989年にゴールデングラブ賞を獲得するなど活躍したが、1990年に病気やけがが重なり引退。その後は野球解説者・スポーツジャーナリストとして活躍した。2011年11月、日本ハムの監督に就任。10年間でチームをリーグ優勝(2回)と日本一(1回)に導いた。2022年から日本代表監督に就任。2023年のWBCでは決勝で米国を破り、世界一に輝いた。2024年から日本ハムのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務める。
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