「世界はすぐには変えられない。でも行動しなかったら…」 感動体験が生徒を変える、熱血先生の主権者教育 おかしいことに声を上げよう
社会に関心を持ち、おかしいと思うことに声を上げる。どうしたら子どもがそんな人間に成長できるか。熱血先生の頭は、いつもそのことでいっぱいだ。
今春、再任用の定年まで2年を残し、勤務先の上尾市立中学校を「卒業」した。実践してきた「主権者教育」を伝える本を書くためだ。「現場を離れたことを早くも後悔してます」と佐々木孝夫さん(64)は笑う。
企業、大使館、政治家に「お手紙大作戦」
社会科の授業で繰り出す得意技は「お手紙大作戦」。「分からないことを質問する。意見を相手に伝える。それには生徒が手紙を書くのが一番だ」と思いつき、40代で始めた。
目的を説明する文章をつけ、企業や大使館、自治体や政治家に手紙を送る。「大概の大人は『中学生だから』と丁寧に対応してくれるんです」と目を細める。
たとえば「途上国での児童労働」がテーマの授業。ガーナのカカオ農園で働く子らの特集番組を見た後、生徒に手紙を書かせた。
「学校に行けずに働く子どもがいるのか」。そんな疑問を手紙にしてガーナ大使館に送ると、「直接説明させてほしい」と連絡が。大使自ら通訳を連れ、黒塗りのベンツで学校に来た。生徒は大喜び。「こりゃいいやと味を占めちゃいまして」
コスタリカ大使も来校。軍隊を持たない選択をした中南米の国だ。「コスタリカの子どもにとって平和とは何ですか」という質問に、大使は「いつも隣にあるもの」と答えた。その時の生徒の感動の表情が忘れられない。
各政党にアンケート 質問は生徒が作成
費用に自腹を切り、休暇をつぶして長年取り組んできたのは、子どもの成長を目の当たりにできる喜びがあるからだ。
自身は学生時代に太平洋戦争の本を読んで衝撃を受けた。住民が集団死させられた沖縄戦、中国への侵略…。20代半ばで中学の社会科教諭になると「自分の驚きを、子どもたちにも伝えたくなった」。
2017年に国連で核兵器禁止条約が採択された時は、各国大使館や日本の政党にスタンスを聞く手紙を出した。
国政選挙前などには各政党にアンケートを実施。質問項目は生徒から募り、コロナや地球温暖化、米軍基地や憲法などについて聞いた。政党の回答は冊子にまとめた。ある生徒は「冊子を家で見せたら、お母さんが初めて投票に行ってくれた」。
署名活動をしたい、校則を改正したい…
そんな授業を続けると、生徒が変わってきた。
特別教室にエアコンがなく酷暑で体調を崩す生徒が出る問題。ある子は「自分たちの困りごとだから、市に設置を求める署名活動をしたい」。「校則を改正したい」と校長に請願書を出した子もいる。生徒総会では「身近なことを変えよう」と声が上がるようになった。
いつも子どもへ伝える言葉がある。
「行動しても、すぐ世界は変えられない。でも、行動しなかったら絶対に変わらない」
自分自身にも日々、言い聞かせている。
佐々木孝夫(ささき・たかお)
1960年東京・浅草生まれ。幼少時に埼玉に引っ越し、川越市で育つ。早稲田大法学部卒業。在学中は学生セツルメント運動で、地域の子ども会活動に注力する。小学校の臨時教員などを経て、25歳で教員試験に合格。1986年から今春まで、上尾市内計4カ所の公立中学校で社会科教諭として勤務した。