「世界はすぐには変えられない。でも行動しなかったら…」 感動体験が生徒を変える、熱血先生の主権者教育 おかしいことに声を上げよう

出田阿生 (2024年4月30日付 東京新聞朝刊)
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上尾市長に宛てた手紙を上尾市教育委員会の教育部長に手渡す生徒たち

 社会に関心を持ち、おかしいと思うことに声を上げる。どうしたら子どもがそんな人間に成長できるか。熱血先生の頭は、いつもそのことでいっぱいだ。

 今春、再任用の定年まで2年を残し、勤務先の上尾市立中学校を「卒業」した。実践してきた「主権者教育」を伝える本を書くためだ。「現場を離れたことを早くも後悔してます」と佐々木孝夫さん(64)は笑う。

企業、大使館、政治家に「お手紙大作戦」

 社会科の授業で繰り出す得意技は「お手紙大作戦」。「分からないことを質問する。意見を相手に伝える。それには生徒が手紙を書くのが一番だ」と思いつき、40代で始めた。

 目的を説明する文章をつけ、企業や大使館、自治体や政治家に手紙を送る。「大概の大人は『中学生だから』と丁寧に対応してくれるんです」と目を細める。

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ドイツ大使館職員から説明を聞く生徒たち。左から2人目が佐々木孝夫さん

 たとえば「途上国での児童労働」がテーマの授業。ガーナのカカオ農園で働く子らの特集番組を見た後、生徒に手紙を書かせた。

 「学校に行けずに働く子どもがいるのか」。そんな疑問を手紙にしてガーナ大使館に送ると、「直接説明させてほしい」と連絡が。大使自ら通訳を連れ、黒塗りのベンツで学校に来た。生徒は大喜び。「こりゃいいやと味を占めちゃいまして」

 コスタリカ大使も来校。軍隊を持たない選択をした中南米の国だ。「コスタリカの子どもにとって平和とは何ですか」という質問に、大使は「いつも隣にあるもの」と答えた。その時の生徒の感動の表情が忘れられない。

各政党にアンケート 質問は生徒が作成

 費用に自腹を切り、休暇をつぶして長年取り組んできたのは、子どもの成長を目の当たりにできる喜びがあるからだ。

 自身は学生時代に太平洋戦争の本を読んで衝撃を受けた。住民が集団死させられた沖縄戦、中国への侵略…。20代半ばで中学の社会科教諭になると「自分の驚きを、子どもたちにも伝えたくなった」。

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中学1年生が核廃絶についての学習内容をまとめ、国会議員190人余りに送った冊子

 2017年に国連で核兵器禁止条約が採択された時は、各国大使館や日本の政党にスタンスを聞く手紙を出した。

 国政選挙前などには各政党にアンケートを実施。質問項目は生徒から募り、コロナや地球温暖化、米軍基地や憲法などについて聞いた。政党の回答は冊子にまとめた。ある生徒は「冊子を家で見せたら、お母さんが初めて投票に行ってくれた」。

署名活動をしたい、校則を改正したい…

 そんな授業を続けると、生徒が変わってきた。

 特別教室にエアコンがなく酷暑で体調を崩す生徒が出る問題。ある子は「自分たちの困りごとだから、市に設置を求める署名活動をしたい」。「校則を改正したい」と校長に請願書を出した子もいる。生徒総会では「身近なことを変えよう」と声が上がるようになった。

 いつも子どもへ伝える言葉がある。

 「行動しても、すぐ世界は変えられない。でも、行動しなかったら絶対に変わらない」

 自分自身にも日々、言い聞かせている。

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生徒が上尾市長に宛てて書いた手紙。母子家庭への給付金を増やしてほしいという要望をつづり、「決して簡単なことではないとわかっていますが、せめて、この状況を知ってほしいです」と訴えている(画像を一部加工しています)

佐々木孝夫(ささき・たかお)

 1960年東京・浅草生まれ。幼少時に埼玉に引っ越し、川越市で育つ。早稲田大法学部卒業。在学中は学生セツルメント運動で、地域の子ども会活動に注力する。小学校の臨時教員などを経て、25歳で教員試験に合格。1986年から今春まで、上尾市内計4カ所の公立中学校で社会科教諭として勤務した。

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沖縄戦の生存者に話を聞くため沖縄を訪れた佐々木さん=昨春、沖縄県恩納村で(本人提供)

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年4月30日

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