<記者の視点>「子どもを妻に連れ去られた」記事で誤情報が拡散、中傷され… メディアの加害性を自戒
子連れ別居の記事 女性が出版社を提訴
芸能人やスポーツ選手でもない自分の離婚がもし、大手のメディアに事細かに報じられるとしたら、想像しただけでも耐えられない。しかも、それが事実に基づかない内容だったら…。昨年12月、離婚を前提とした子連れ別居などについて書かれた記事で名誉を傷つけられたとして、1人の女性が出版社2社などに損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。会見で女性が、プライバシーを暴かれていくことへの恐怖や怒りを絞り出すように話すのを聞きながら、メディアの持つ加害性を強く感じた。
女性は5年前、離婚を求める夫と距離を取るために、都内の自宅を出て子連れで別居した。その後、フランス人の夫側は日本外国特派員協会で会見したり、動画投稿サイトを使ったりして、「子どもを妻に連れ去られ、子と断絶させられている」と主張。東京五輪開催直前の2021年7月には、メインスタジアム近くでハンガーストライキもして耳目を集めた。
夫側の主張「誘拐された」…しかし実は
女性が訴えた出版社などは「(夫妻の子が)自宅のガレージから車のトランクに入れられて実の母親によって『誘拐』された」などと夫側の主張を基にした記事を配信。女性はSNSなどで、子どもを虐待している母親だ、などと攻撃されるようになった。過去の経歴や、夫側が公開した子の写真などもオンラインで拡散され、女性を犯罪者扱いする書き込みも相次いだ。
だが、今回の提訴に際し、女性や代理人が説明した内容や背景事情は従来流されてきた情報とはまったく異なっていた。トランクに入れて子を誘拐した様子だとして夫が公開した動画は、女性が家を出た日とは別の日のもので、汚れたチャイルドシートを自宅ガレージに戻って交換した際に隠し撮りされていた。子に会いたいと訴える夫側は今に至るまで面会交流調停の申し立てをしていない。これまで社会に伝えられてきた筋書きとのギャップに驚愕(きょうがく)した。
発信力が強い方の言い分だけでいいのか
異議を唱えたくても、手だてもなく、子どもとの暮らしを守ることに必死だった女性が今回訴訟に踏み切ったのは、離婚や子の養育について法にのっとった当たり前の手続きを踏んでいるのに、影響力の大きいメディアによって誤った情報が広がっていくことへの強い憤りからだ。夫側代理人の上野晃弁護士は「離婚事件は1件ずつプライベートな問題だが、これまで表に出てこなかった問題が明らかになった」とするが、果たして今回女性が問題視する報道にそのような意義があるのか。
夫婦の別居や離婚といったプライバシー性が極度に高く、事案により対処の仕方も大きく異なるテーマについて、発信力の強い方の言い分だけで、センセーショナルな記事を出すことはメディアによる脅しにもなり、子どもにも取り返しの付かない傷を残す恐れがある。取材者として、そのことを十分に自戒したい。
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