子育て世代にこそ届けたい棚橋弘至さんの言葉「疲れない、落ち込まない、あきらめない」〈アディショナルタイム〉
悩みを胸板で受け止め…書籍化
本来は東京新聞本紙の書評を書くための取材だったのですが、いざ、話を聞いてみると「すくすく読者」にぴったりの内容ばかり。書評だけで終わらせるにはあまりにも惜しいと、小欄でも紹介することにしました。
まずは書籍の紹介から。『その悩み、大胸筋で受けとめる』は、働く女性を応援するウェブサイト「OTEKOMACHI」でお悩みアドバイザーを務める棚橋さんに寄せられた相談をまとめたもの。進路相談から職場のトラブル、恋愛相談まで。相談者のメインは30代の女性とあって、最初は戸惑うことも多かったといいます。
「女性からの相談は男性には分からない部分があるので、妻に相談することもありますね。でも、とにかく自分で一度、受け止めようというのが僕のスタンス。プロレスでは、避けてばかりではダメージがない代わりに、根本的な解決にならないんですね。だから、この大胸筋でがっちり受け止めた後、どうしたらいいかを考えましょう、と。そんなプロレスラーならではのスタンスで答えています」
棚橋さんの胸囲は115センチ(過去最高は120センチ)。話していると、確かに厚い胸板でがっちり受け止めてもらえる安心感がありました。
まずは聞くこと。それが愛です
本の一部を紹介しましょう。例えば、ある女性から「同居するパートナーが家事分担のルールを守らない」と嘆く相談がありました。
すると、まず「僕も試合や練習を優先して、妻に甘えてしまうことが多く反省しきりの日々です」と自分に置き換えて返答。その後、「一緒には生活はできないと伝える」というショック療法や「片付けなかったらスクワット100回」という罰則システムで男性を再教育していくことを提言。最後は「僕も妻に再教育されたクチなので、彼が変わる可能性はあると思います」とユーモアあふれる回答に仕上げています。
特筆すべきは聞く力と共感力。本書の中で棚橋さんはこう語っています。
「僕自身にも当てはまることだと大いに反省したことなんですが…。多くの男性は、奥さんから相談を受けるのが苦手じゃないですか。そもそも仕事でストレスがあるのに、家に帰ってまで人間関係のグチを聞かされるのは勘弁してほしいって」
「しかしそういう夫たちへ声を大にして言いたいのは、『聞くことがものすごく重要だ』ということです。女性が求めているのは、『それは大変だったね』という共感。だからどんなに疲れていても相手の話をまずは聞いてあげてほしい。聞くことが、愛なんです」
世の男性には耳が痛いことも直言するのが棚橋流。筆者自身も勉強になりました。
2児の父 ベストファーザー賞
2児の父親でもある棚橋さんは2016年にプロレス界から初めてベストファーザー賞を受賞しました。そのためか、インタビュー中は子育てについて話が及ぶこともありました。
―棚橋さんはお子さんとどんな話をしているのですか?
「あ、うちの息子とですか? 仮面ライダーの話しかしないですね(笑)。教育面は妻に任せているので。アメ担当が自分で、妻がムチ担当です」
―理想の父親像は?
「普段は厳しくていいと思うんですけど、何かあったときに、そっと寄り添ってくれるお父さんであってほしいと思いますね。『あ、こいつ、真剣に悩んでいるな』ってときは優しい言葉をかけてあげる。そんなお父さんが一番いいと思いますね」
―うちの子どもは勉強もスポーツも何事にも熱中できないようで、見ていて歯がゆいです。何か良いアドバイスはありますか?
「そうですね。プロレスラーはこれだけやったんだという練習の日々がないと自信を持ってリングに立てません。息子さんも何か一つ、俺はこれだけやったんだというものがあれば、変わってくるのではないでしょうか」
―なるほど。
「そのとき、『人よりも頑張れ』という言い方では角が立つので、『できることは全部やれよ』と。もし、全部やってもダメだったなら、他の人がもっと練習していた、勉強していたということで、自分に才能がないんじゃなくて、練習が足りなかったんじゃないかと。それに気付かせてあげるのがいいんじゃないかなと思いますね」
―できることは全部やる?
「はい。肝心なのは全力でやったかどうかということです。人生、勝つこともあれば負けることもある。でも、そこで少しでも全力を出し切れない部分があったら、敗因が見つけられない。勝負には100%出した場合にしか見つけられない原因というのがあるんです。それを知るのが大切で、だから僕は『全力』という言葉が好きで、勝っても全力、負けても全力って感じですね」
悔しさは一回「保管」しておく
取材では、もう一つ、子どもの教育に役立つ考えがありました。気持ちのスイッチの入れ方と切り方です。
「プロレスって年間約150試合あるんですよ。落ち込んでいたら次の試合に影響が出る。だから、自分でおまじないを作って、『わーすれろ』『はい、忘れた!』って新しい気持ちで練習するんです。落ち込んでいる時間がもったいない。落ち込んでいる時間は何も生まないですから」
「それで次のシチュエーションになったとき、そのときの悔しい気持ちの扉を開けて、思い出してエネルギーにする。悔しさは扱い方によってはネガティブになるけど、取っておいて、開けるタイミングさえ間違わなければものすごいエネルギーになる。悔しい気持ちは1回保管しておきましょう」
子どもはもちろん、大人だって理不尽な思いをしたり、何かに悩んだりすることはあります。そんなとき、棚橋さんの考え方はとても役に立つと思いました。
ここまで勇気をもらえる人は…
筆者はこれまでいろいろな人にインタビューしてきましたが、話を聞くだけで、ここまで勇気や元気をもらえる人は初めてでした。
相手への応援が上手なのには理由があるようです。棚橋さんといえば、2000年代初頭に停滞していたプロレス人気をV字回復させた立役者として知られていますが、こんな話をしてくれました。
「選手って会場が盛り上がって、客席から声が出てくると元気になれるんですよ。でも、新日本プロレスが苦しかった2000年代初めは、コールが来ない(笑)。だから、自分から『たーなはし、たーなはし!』って言って客席に促したり、内なる棚橋コールを流していました。自分で自分を応援するきっかけはそこにありますね」
自らを「100年に一人の逸材」と名乗るのも、自分で自分を鼓舞するためでしょう。そのために棚橋さんは「疲れない」「落ち込まない」「あきらめない」という逸材三原則を設定。リングに立つヒーローに似つかわしくない行動はしないようにしているそうです。
よく「子どもは親の背中を見て育つ」という表現がありますね。子どもからすれば、親が疲れていたり、落ち込んでいたり、あきらめムードだと元気は出ないもの。ファンや子どもたちを元気づけたいと願い、逸材三原則を考え出した棚橋さんのスタンスは、考えてみれば、子どもの手本となる親のスタンスと全く同じ。そう考えると、「疲れない」「落ち込まない」「あきらめない」は、子育てに効くおまじないのようにも思えました。
棚橋さんは最後まで元気でした。
「今はモチベーションがマックスで、コロナで落ち込んだプロレス人気をもう一度、盛り上げてやろうと思ってますし、個人的にも新設されたIWGP世界ヘビー級のベルトを巻くのが目標です。あきらめない? はい! 生まれてから疲れたことも、あきらめたこともないですから!!」
棚橋弘至(たなはし・ひろし)
1976年、岐阜県大垣市生まれ。立命館大学在学中にレスリングを始め、新日本プロレスの入門テストに合格する。1999年にデビュー、2006年にIWGPヘビー級王座決定トーナメントで優勝。プロレスラーとして活躍する一方で2016年にベストファーザー賞を受賞、2018年には映画『パパはわるものチャンピオン』で映画初主演など、プロレス以外でも活躍中。著書に『カウント2.9から立ち上がれ』などがある。
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