結果は結果、努力は努力。日本最速ランナー・山縣亮太さんに聞く「速く走るコツ」メンタル編〈アディショナルタイム〉

谷野哲郎
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山縣亮太さん

コラム「アディショナルタイム」

 前回は陸上男子100メートル日本記録保持者の山縣亮太選手(セイコー)に速く走るコツを教えてもらいました。後半はメンタル編。栄光も挫折も知る日本最速アスリートの言葉には、親子でためになる考え方・心構えがたくさんありました。

けがに悩み「投げ出したい」でも…

 山縣さんはリオ五輪の4×100メートルリレーで銀メダルを獲得。100メートルで日本記録を更新するなど、輝かしい実績がある一方、挫折も数多く経験してきました。

 「日本で最初に9秒台を出す男」と期待されながら、ライバルの桐生祥秀選手に先を越されたり、けがに悩まされたりして、満足に走れない時期も長く続きました。「全てを投げ出して、海外で皿洗いしながらやり直そうかと思ったこともありましたよ」と冗談めかして話します。

 そんなときに考えたことは、「中途半端なところで投げ出しても、じゃ、僕の場合、陸上以外の何かをやるにしても、同じくらいの壁にぶち当たったときに、また投げ出すのも嫌だな、と。いけるところまでは頑張りたいと思ったんです」。

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2014年の日本選手権男子100メートルで桐生祥秀選手に敗れ、2位になった山縣選手(右)

けがや不調は「飛躍のチャンスだ」

 それでは、けがをしたときにはどのように考えてきたのでしょう。

 「けがをしたとき、僕は割と『飛躍のチャンスだ』と思えるんです。けがは自分の体の使い方が悪いから起きることが多くて、悪い癖を抱えたまま競技を続けても、先が知れている。だったら、二度と起きないように、根本的に機能改善をしていきましょうと考えています。新しい動きを手に入れて、一段レベルアップした自分を見られるのって楽しいと思うんです」

 ポジティブであり、理論的でもある思考法は、不調のときやうまくいかないときも同じ。

 「悩み多き人間なんで、正直、気持ちの切り替えができないくらいモチベーションが下がるときもあります。でも、不安になればなっただけ、事態が好転すればいいんですけど、ならないじゃないですか。結果や周りが気になりそうになったら、最後は『考えても仕方がないしな!』って思うようにしています」

 以前、本欄で元大リーガー・松井秀喜さんの「自分がコントロールできないことは考えない」という言葉を紹介しましたが、そのことを山縣さんに伝えると「共感できますね! すごく大事なメンタリティーだと思います」とうなずいていました。

努力は報われるか 報われないのか

 結果が出ないときには、自分のやっていることに自信を持てなくなるもの。つい、努力しても無駄かも知れないと思ってしまいがちです。「努力は報われるものなのか、それとも、報われないものなのか」という議論がありますが、山縣さんはどう思っているのか。難しい質問に、慎重に言葉を選びながら、考えを語ってくれました。

 「スポーツの結果は水ものですからね。時の運みたいなところがあって、どれだけ努力しても、必ず勝てるわけではなくて、勝ったり負けたりするのが当たり前。でも、僕は報われない努力ってあるのかなと思います」

 「目の前の結果につながらなくても、それが無駄だったとは言い切れないじゃないですか。その次かもしれないし、セカンドキャリアかもしれないし、将来、報われるときがくるかもしれない」

 「僕は今まで多くのレースに出てきましたが、勝敗って、自分の調子とは別に、ライバルの調子とか、天気とか、その時々のいろいろな要素が関わってくるものです。目標に向かって頑張ることは選手としては当たり前のことですが、努力したからといって、結果が出る、出ないまではコントロールできない。勝負ってそういうもの。だから、結果は結果、努力は努力と考えるといいんじゃないですかね」

 努力と結果を結び付けて考えない山縣さんの意見にハッとさせられました。

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2021年東京五輪4×100メートルリレーの前にメンバーと気持ちを一つにする山縣選手(右)。残念ながら、バトンが届かず、途中失格となった

「味方だな」と感じられる距離感を

 頑張る子どもに対し、コーチや親はどう接するべきなのでしょうか? 山縣さんには忘れられない思い出があるそうです。2012年のロンドン五輪の前、ピリピリして、精神的に疲れていたとき、当時所属していた慶応大競走部の先輩が誘い出してくれたのです。

 「その人は大阪の出身で、大阪で大会があった際、『ちょっと、街に遊びに行こう』って誘われて。でも、何も言わないんですよ。何か言われると思ったけど、ご飯を食べて、名所を少し回っただけ。それが逆にうれしかったんです。本当に感謝しています」

 山縣さんの場合、失敗したときや悩んでいるとき、放っておいてもらいたい気持ちの方が強いのだそうです。

 「その子の性格によると思いますが、周りが大丈夫だよとか、こうした方がいいよとアドバイスをくれても、心に響かないときがあるんです。でも、見放されたくないというメンタルもどこかにあって…。そんなとき、ただそばにいるとか、飲み物を渡してくれるだけでいい。気に掛けてくれる人がいるんだな、この人は味方だなって思える人がいるだけで立ち直れるんです」

 親は、つい言葉をかけたり、指導したりしがちですが、逆効果にならないように注意が必要とか。現役引退後、子どもたちに陸上を教えたいという山縣さんは「距離感」という言葉を使って説明してくれました。

 「距離感というのは大事ですよね。自分がもしコーチだったら、寄り添いたいけど、何がベストかを考えなきゃなと思います。その子に声をかけることがいいときもあれば、そっとしておいた方がいいときもある。大切なのは、この人は味方だなと感じられる距離感を保っておくことだと思います」

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2017年、横浜市内の小学校でイベントに参加し、子どもたちに走り方を教える山縣さん

勝つより「負ける」が多いからこそ

 最後に陸上を続けてきた理由について聞いてみました。

 「他のスポーツもそうですが、陸上って、勝つことより、負けることの方が多いんです。練習も単調だし、しんどいことも多い。でも、それを乗り越えて出す記録や順位には、すごい達成感とか満足感があるんです。勝ったり負けたりするからこそ、走るし、よい挑戦ができたとき、すごく自分が充実しているな、陸上っていいなと感じるんですよね」

 山縣さんは昨年、右ひざの手術を行い、現在はリハビリ中。それでも、パリ五輪でアジア新記録の9秒82を出して、メダルを取るという次の目標のために、フォーム改造に挑んでいます。

 うまくいかないことにこそ、挑戦してみる。勝ったり負けたりするから、意味がある。山縣さんの言葉には子どもにとって大切な教えがたくさん詰まっている気がします。

山縣亮太(やまがた・りょうた)

 1992年広島生まれ。広島修道中-広島修道高-慶応大-セイコー。2012年ロンドン五輪出場。2016年リオ五輪では4×100メートルリレーの1走を務め、同種目初の銀メダルを獲得した。2021年には9秒95の日本新記録を樹立。同年の東京五輪では主将を務めた。

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。
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  • まなぶ says:

    まるで山縣さんが直接話してくれている感じの記事で、感動しました。うまく行かないときにどうすればいいか、親がいうより、五輪メダリストの言葉の方が説得力がえるので、子供に読ませました。スポーツ選手の心のあり方は働く大人にも参考になると思います。

    まなぶ 男性 40代
  • にしやん says:

    けがで部活を休んでいる息子に読ませた。じっと読んでた。。感謝。

    にしやん 男性 40代
  • 伊勢 says:

    山縣さんも逃げ出したいと思ったことがあったのか。勝つことより、負けることの方が多いとか、けがや不調は飛躍のチャンスとか、ためになる話を読めた。

    伊勢 男性

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