けん玉で世界一になった中学生・五十嵐拓哉さんの歩み 好きなことを追求したから居場所ができた〈アディショナルタイム〉

谷野哲郎
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けん玉のトリックを披露する五十嵐拓哉さん(須藤英治撮影)

コラム「アディショナルタイム」

 東京都世田谷区の千歳中学校には、ある競技のW杯チャンピオンがいます。その競技とは、何と「けん玉」です! 今回は今年7月に広島で行われた「ウッドワン けん玉ワールドカップ廿日市2022」で優勝した五十嵐拓哉さん(15)と母親の玉枝さんに、競技の奥深さと、中学生のW杯チャンピオンがどのようにして誕生したのかを聞きました。

W杯で史上初2度目の優勝

 すらりとした立ち姿に優しそうな表情。一見すると今どきの好男子ですが、ひとたび、けん玉を持つと雰囲気が変わります。五十嵐さんはけん玉のW杯チャンピオン。今年7月、けん玉発祥の地とされる広島県廿日市で行われたW杯で見事優勝を飾りました。

 12の国・地域から725人が参加したこの世界大会は今年で9回目の開催ですが、2度目の優勝を果たしたのは五十嵐さんが初めて。「最後まであきらめずに、競技に集中することを考えました。一昨年に優勝し、連覇を狙った昨年は結果が出せなかったので、うれしかったです」

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「ウッドワン けん玉ワールドカップ廿日市2022」で優勝し、参加者と記念撮影をする五十嵐拓哉さん(下段中央の黒いマスク姿)=GLOKEN提供

 パフォーマンスを見てみると、すごさが分かります。けん玉を空中に放り投げたり、ひもをつかんでぐるぐると回したり。華麗で疾走感あふれるトリック(技)は、私たちの知っているけん玉ではありません。

 W杯では120ある公式トリックの中から技を選び、3分間にできた技の合計点を競います。技にはそれぞれ難易度があり、どの技をどこで組み込むのか、演技構成を考える点は、フィギュアスケートやアーティスティックスイミングに似ています。五十嵐さんは24の高難度なトリックを繰り出し、2位に大差をつけて優勝しました。

家には400本 湿度もケア

 けん玉を始めたのは小学2年生から。「学童クラブの職員の方に教えてもらって、面白そうだなと思ったんです」。以来、「一番すごいときは1日9時間とか10時間くらい練習していました。毎日1回はけん玉に触ります」と研さんを積んできました。

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 道具へのこだわりはプロのアスリートにも負けていません。五十嵐家にあるけん玉の数は400本以上。柄の太さ、けんの長さ、皿のアーチの角度などが少しずつ違い、材質もメープル(楓)、ヒッコリー、パープルハート、バンブー(竹)、など多種多様。朝起きてから、その日に使うけん玉を選ぶそうですが、その理由がすごいんです。

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五十嵐さんが紹介するけん玉の数々=本人Instagramより

 けん玉のほとんどは木製。そのため、天気や季節によって、穴の大きさ、けんの長さなどが微妙に変わるのだそう。「一番嫌なのは湿気ですね。湿気が多いと水分が木に含まれて、重くなるから」と五十嵐さん。鋭い感覚の持ち主は、現在、国内とイスラエルのけん玉づくりもしているメーカー2社とプロ契約中。オリジナルのけん玉を作っているというのもうなずけます。

SNSで世界とつながった

 そんな五十嵐さんが駆使しているのはSNS。インスタグラムでパフォーマンスを披露するのはもちろん、DM(ダイレクトメッセージ)を通じて、世界のけん玉プレーヤーと情報交換をしています。

 「今、海外でけん玉はすごくはやっているんです。W杯もアメリカ、フランス、中国などいろんな国が参加していますし、他にも海外で大きな大会が開かれています」。W杯王者「takuya」の名は世界に知られており、いろいろな国の人から五十嵐さんのインスタグラムに直接、教えを請うメッセージが届くことも少なくないそうです。

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五十嵐さんがSNSで発信する動画・画像の数々=本人Instagramより

 実は今、けん玉は「KENDAMA」として世界のあちこちでブームになっています。10年ほど前、日本を訪れた旅行者がけん玉をアメリカなど母国に持ち帰り、技を進化させたのがきっかけ。日本けん玉協会によると、「昔はせいぜい縦回転くらいでしたが、今は横回転や立体的な3D回転もあるんです」。スケートボードやBMX(自転車競技のバイシクルモトクロス)のようなストリートスポーツとして、急激に世界に広がっています。

 現在は中学3年生。陸上も得意で、世田谷区の3000メートル走で2位になったこともあるそうですが、陸上は中学で引退する予定。これからは「スケートボードが東京五輪の種目になったように、将来、けん玉が五輪の種目になって、その舞台でメダルを取りたい」と話してくれました。

「けん玉がなかったら、今、どうしているんだろう」 母・玉枝さんインタビュー

 大きな夢を語ってくれた五十嵐さんですが、ここまでくるのには紆余(うよ)曲折があったそうです。ここからは母親の玉枝さんのインタビューをお送りします。
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拓哉さんとけん玉の出会いについて話す五十嵐玉枝さん=世田谷区千歳中学校で、須藤英治撮影

うちはけん玉に救われました

ー拓哉さんがけん玉W杯で優勝しました。おめでとうございます。

 「ありがとうございます。うちの子は気が付くと、けん玉をしているんです。よくやるなと思うんですけど、親とすれば、好きなことをやればいいと思っているので、見守っています。でも、うちはけん玉に救われました」

ー救われたとは?

 「今でこそ、少しは話せるようになりましたが、子どもの頃はコミュニケーションを取るのが苦手な子で、なかなか学校の生活に合わせることができない時期もあったんです。でも、けん玉を持っていると、それが友達と話すきっかけになるんですね。『どうやるの?』とか『技を見せて』とか。けん玉のことだったら何でも話せるので…。けん玉がなかったら、今、どうしているんだろうなって感じです」

ー学童クラブでけん玉を教えてもらったのがきっかけだったそうですね。

 「はい。学童クラブのスタッフの皆さんが親切で、『何か自信のあるものを一つ持たせてあげたい』って言ってくださって。『他人とコミュニケーションしなくてもよくて、団体競技ではなく、一人で黙々とできるものは何だろう』って考えてくれたのが、けん玉だったんです。学童のスタッフや千歳中学校の先生方、けん玉カフェの皆さん、いろいろな人に助けてもらっているので本当に感謝しています」

写真 五十嵐拓哉さん

ーけん玉カフェというのは?

 「埼玉県の川越に『Su Lab.(スーラボ)』というけん玉ができるカフェがあるんです。うちは3人兄弟で2番目の兄が学校でレスリングをやっていて、試合を見に行くのに末っ子の拓哉も連れて行くのですが、一緒だと飽きてしまう。そこで、どこか拓哉の遊ぶ場所はないかと夫が調べて、見つけたんです。そこのオーナー夫妻が拓哉の苦手なところをすごくフォローしてくれて。彼にとって、皆と一緒にけん玉ができる場所ができたんです」

好きなことを見つけてくれた

ーけん玉は五十嵐さんの居場所をつくってくれたのですね?

 「スーラボは小学生もいれば、大学生もいて、年齢に関係なくいろいろな人たちと交流できました。本人もすごく楽しそうで、コミュニケーションの練習というわけではないですが、そういう場を見つけることができたのは幸運でした」

ーけん玉と出会えてよかった?

 「けん玉っていうと、大人は笑うんです。みんな、『もしもしカメよ♪』の世界だから。でも、今はけん玉の色もカラフルだし、形もスタイリッシュでカッコイイ。何より、好きなものを見つけてくれたことがうれしいです」

ー将来が楽しみですね。

 「来年、高校受験なので、まずは進路をどうするのか…。感覚が過敏な子なので、将来、心配なことも多いですが、過敏だからできることもあるんじゃないかと思っています。けん玉の他に、最近では『パルクール』といって、街の中を跳んだり走ったりする競技にも興味があって、独学で挑戦しているみたいで…。けん玉でもけん玉でなくともいいんです。彼のテリトリーで好きなように泳いでくれれば。自分が得意なことで伸びていってくれればいいと思います」

3つの「見つける」を大事に

 最後に「五十嵐家の子育ての秘訣は?」と聞きました。玉枝さんは「特別なものはありません」と謙遜して多くを語りませんでしたが、私には、子どもが「好きなことを見つける」「居場所を見つける」「自分の世界を見つける」、この3つを大事にしてきたように思えました。玉枝さんに周囲の助けに感謝する言葉が多かったのも印象的でした。

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。
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  • まゆゆ says:

    クイズからの流れでこの記事を見つけた。動画がすごい。努力したんだろうな

    まゆゆ 女性 30代
  • 真帆 says:

    うちの子も同じように周囲とコミュニケーションが取れずに悩んでいます。五十嵐くんのように自分の世界を見つけられたら、すごくいいのにと思いながら、記事を読みました。周囲の助けがあったとありましたが私も遠慮して一人で悩んでいましたが、少し相談してみようと思いました。

    真帆 女性 30代

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