岐阜の乳児揺さぶり訴訟、母に無罪判決「ソファから落下の可能性」 相次ぐ無罪に揺らぐSBS理論 「逮捕から3年以上。時間を返してほしい」

向川原悠吾、藤原啓嗣 (2020年9月26日付 東京新聞・中日新聞朝刊)
 岐阜県大垣市の自宅で2016年、当時生後3カ月の長男の体を揺さぶり重い障害が残るけがを負わせたとして、傷害の罪に問われた母親の浅野明音(あかね)被告(27)の判決公判で、岐阜地裁は25日、無罪を言い渡した。検察側は懲役5年を求刑していた。暴力的に激しく揺さぶる行為があったことを示す「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」に当たるかが最大の争点だったが、地裁は検察側の主張を退けた。

乳幼児揺さぶられ症候群(Shaken Baby Syndrome)とは

 首の筋肉が未発達の赤ちゃんが強く揺さぶられ、嘔吐(おうと)やけいれん、呼吸困難などの症状が生じること。後遺症として失明や四肢まひ、言葉の遅れ、学習障害などがあり、死に至ることもある。
 SBSを巡る裁判で争点となる症状は、硬膜下血腫と脳浮腫、網膜出血の3種類。硬膜下血腫は外傷などで脳が出血し、脳が圧迫されて意識障害などが起こる。脳浮腫も同じ原因で脳が腫れたような状態になり、意識障害やけいれんなどを引き起こす。網膜出血は、外部の衝撃などで眼球内の血管が破れて出血した症状をさす。

SBS理論を根拠にした検察の主張を認めず

 出口博章裁判長は判決理由で、当時、長男に確認された急性硬膜下血腫と網膜出血、脳浮腫の3症状について、「ソファからの落下で生じた可能性は否定できない」と指摘。これら3症状があれば激しい揺さぶりがあったことを推定するSBS理論を立証の柱にした検察側の主張を退けた。

 弁護側証人の脳神経外科医の意見の多くを採用し、高さ約35センチのソファからの低位落下でも急性硬膜下血腫は生じ得ると指摘。網膜出血と脳浮腫は落下後の心肺停止などで生じた可能性があるとし、弁護側の主張をほぼ全面的に認めた。

 検察側は、寝返りできない長男が自力で落下するはずがないなどと主張していたが、出口裁判長は、長男が足で床を蹴って移動することがあったことから「(ソファからの落下は)あり得ないほど不自然とは言えない」と退けた。

 浅野さんは、長男の体を激しく揺さぶり頭に強い衝撃を与え、回復の見込みがない重症心身障害を負わせたとして、2017年5月に傷害容疑で逮捕され、翌月、起訴された。浅野さんは夫と長男の3人暮らしで、当時は自宅で長男と2人きりだったとされる。大垣市内の祖母に「長男がソファから落ちた」と連絡。長男を診察した病院が「虐待の疑いがある」と県警に通報した。浅野さんは逮捕当初から揺さぶりを否認していた。

 判決を受け、岐阜地検は「上級庁と協議して対応を検討する」とコメントした。

2014年以降、18件目の無罪判決 低い位置の落下でもSBSと同じ症状

 「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」が争点になった岐阜地裁の無罪判決。SBSを示す3つの症状があっても、暴力的な揺さぶり行為は認められないとする判決は全国で相次いでおり、理論が揺らいでいる。

◆「科学的に疑問がある理論への依拠は危険」

 弁護団によると、無罪判決は2014年4月の広島地裁を皮切りに、今回で18件目となった。SBSの問題に詳しい甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は「妥当な判決」と評価。低い位置からの落下でもSBSと同じ症状が出ることは、これまで裁判や学会で認められており「科学的に疑問がある理論に依存するのは危険だ」と警鐘を鳴らす。

 笹倉教授によると、SBS理論は英国と米国から広まり、日本では2000年代から刑事事件での立証に用いられるように。しかし、このころ既に欧米諸国の学会や裁判で疑問視されていた。

◆通告をためらう可能性「現場は萎縮しないで」

 一方、理論が揺らぐ現状に複雑な考えを示す人もいる。虐待に詳しい医師は無罪判決が相次ぐことで、虐待が疑われる子どもを診察する医師が児童相談所への通告をためらう可能性を懸念。「物言えぬ子が家庭で命を落としたり障害を負ったりしているのは事実。子どもを守るために福祉や医療現場は萎縮しないでほしい」と語った。

 厚生労働省は2013年、「子ども虐待対応の手引き」に、子どもに転倒や転落、原因不明の硬膜下血腫が診断された場合、SBSを第一に考えるよう促す内容を加えたが、現在、手引の見直しを進める考えを示す。

 弁護団の秋田真志弁護士は「厚労省が、中立的な立場を確保して冷静に検証していくかが大切だ」と求めた。

息子と離ればなれの母親「これからは堂々と会いに行ける」

記者会見で、SBS理論見直しの必要性を訴える弁護団の秋田真志弁護士(手前)=25日、岐阜市で

 「裁判に長い時間がかかったことは申し訳なかったと思います。これからは家族との時間を大切にしてほしい」。出口裁判長は無罪判決を言い渡した後、浅野さんに法廷で語りかけた。浅野さんは震える声で「ありがとうございます」と返し、閉廷後、弁護団に歩み寄り、喜びをかみしめ合った。

 浅野さんに傷害の疑いが向けられたのは2016年5月。翌年の5月に逮捕され、当初から一貫して容疑を否認し続け、身柄の拘束は5カ月間続いた。

 裁判後の会見で浅野さんは弁護士を通じてコメントした。「逮捕から3年以上がたった。検察と警察には時間を返してほしい思いだ」と胸中を明かした。

 長男とは現在、離ればなれに暮らし、面会が制限されてきた。「これからは息子にもっと堂々と会いに行けることがたまらなくうれしい」と思いがあふれた。

 会見で秋田真志弁護士はSBSを立証に用いた裁判で近年、無罪判決が相次いでいることに触れ「理論を否定されても一度通説とされたSBSから離れようとしないでいる」と捜査手法を批判。「根本的な見直しが必要だ」と訴えた。

元記事:中日新聞 CHUNICHI Web 2020年9月26日

コメント

  • 確かに、虐待を防ぐために、症状から疑う、というのは必要かもしれません。 問題はその後の事で、「疑う」というよりむしろ最初から症状からのみの「断定」しか選択肢なく親子を分断・逮捕・起訴・有罪判決と自動
     
  • 大事な子どもが病気やけがをしないように、事故にあわないように日夜気をつかうことは子育て家庭ではきわめて重要なこと。うちでは絶対に事故は起きないぞ、絶対にけがをさせない自信があるぞと言ってその通りになれ