双子デュオ「VOICE」別所秀彦さん いつか紅白で最高の親孝行を…あきらめていません

中山敬三 (2024年5月5日付 東京新聞朝刊)

VOICEの別所秀彦さん(松崎浩一撮影)

プロを目指すと、父は「勘当だ」

 兄が3人いて、僕と芳彦は双子。四男、五男になります。音楽好きだった3人の兄の影響で、僕たちも中学校の頃から、兄のギターを借りて、「イーグルス」や「カーペンターズ」の曲をハモっていました。高校を卒業する際に、一緒に音楽の道に進むと思っていた芳彦に「就職が決まった」と聞かされ、焦りました。今もそうですが、双子って、ふだんはあまり会話がありません。「2人のハーモニーをいかせたら、プロになれるんじゃないか」と弟を一生懸命説得しました。

 父は小、中学校の教員で僕たちが物心ついた頃はすでに校長になっていました。北海道胆振(いぶり)・日高地方でも特に田舎の小さな学校への赴任を願い出る、質実剛健を絵に描いたような人。「プロになる」と告げたら「勘当だ」と言われました。

 シンガー・ソングライターの堀江淳さんが、「メモリーグラス」でデビューする前に歌っていた札幌のライブハウスで、3年間腕をみがいて上京しました。東京で音響関係の仕事をしていた長兄が、部屋探しを手伝ってくれました。東京ではライブ活動はやらずに洋食店でアルバイトしながら、曲づくりに専念しました。

 とはいっても、東京の生活に慣れるのに必死で、1年ぐらいは曲ができません。長兄には「何しに来たんだ」といつも怒られていました。「おまえたち、リズム感が悪いから」とメトロノームを部屋に置いていかれたこともあります。長く勤めていた飲食店で、芳彦が店長に、僕が副店長に昇進した頃、ようやくソニーレコードから双子デュオの「VOICE」として、デビューすることになりました。29歳になっていました。

90歳になった母の変わらぬ思い

 1枚目のアルバムに入っている「はじまりはALONE」という曲を聴くと、上京してきた当時の不安や希望が情景に込められていて、厳しく接してくれた長兄や「毎週5曲作ってもってこい」と声をかけてくれたレコード会社の人たちのことを思い出します。デビュー曲「24時間の神話」が多くの人に愛され、世に出ることができたのも、たくさんの人の思いが、タイミング良く一つになったおかげだと思っています。

 「許さん」とかたくなだった父も、デビュー後は地元のラジオ番組に出演して「『VOICE』の父です」とうれしそうに話していたそうです。4年前に92歳で亡くなりましたが、生前よく「紅白(歌合戦)に出たら一人前だよな」と僕たちに語っていました。

 母は、父に勘当を言い渡された後も、米や海産物をこっそり送ってくれていました。90歳になった今も実家近くの畑で野菜をつくっていて、相変わらずいろんなものを送ってくれます。「紅白に出る」という最高の親孝行をあきらめてはいません。

別所秀彦(べっしょ・ひでひこ)

 1964年、北海道白老町生まれ。弟の芳彦さんと双子デュオ「VOICE(ボイス)」を結成。1993年、東海テレビ制作のドラマ「誘惑の夏」の主題歌となった「24時間の神話」で念願のデビューを果たす。同年「日本有線大賞・新人賞」を受賞。今年は、東京を皮切りに還暦記念ライブを各地で開催している。5月9日は名古屋で、ほかに大阪や岡山などでも開く。