〈坂本美雨さんの子育て日記〉34・旅先でなくした大事なカバンが…泣き笑い

(2019年10月11日付 東京新聞朝刊)

ソルトスプリング島の透き通る海で

13年越し 思い出のカナダの島へ家族旅行

 20代の頃仕事で旅したカナダ・ソルトスプリング島が忘れがたく、必ずやまた訪れようと心に決めて早(はや)13年。ニューヨーク里帰りの途中で寄り道しようと思いつき、家族旅行に出た。


〈前回はこちら〉33・好きな人の名を書きたくて


 多島海のさまざまな島へ行き来するバンクーバーの港からフェリーに車ごと乗り込む。1時間半ほどで到着する自然豊かなソルトスプリング島。マーケットには色鮮やかな野菜や手作りのパン、アクセサリーなどが並ぶ。ゆっくりと流れる時間。13年前と変わらない風景に、たった1泊だったけれど、心の一部を置いてきた場所に娘を連れて帰ってこられた、という安堵(あんど)感でいっぱいになった。

この悲しみを、うやむやにしちゃいけない

 次の日、時間ぎりぎりまで海を満喫し、フェリーに乗り込んだ時、娘が自分のカバンがないことに気が付いた。しばらく考えて「…公園でお椅子に置いちゃった…」と。えー! もうお船動いてるよ、戻れないよ…。事件である。

 オットは早めに気分転換させてあげようとがんばるが、だんだんと悲しみが迫ってくる娘。私まで涙がこみ上げていることに戸惑いつつ、これはうやむやにしちゃいけない気がして「だいじだった!」と大泣きする娘と一緒に船の甲板に出る。

 透き通る青空の下、船はゆっくりと島を離れていく。キラキラ光る水面に白い飛沫(ひまつ)の線が描かれ、小さな湾を出てまた多島海に出る。あまりに美しい光景の中、涙がとめどなく流れていく。「カバン、だいじだったね、加藤くん(行きつけのお花屋さん)にもらったんだよね」と、故人をしのぶようにいっぱい話をする。

大事なものを失って、思う気持ちを知った

 それは親から与えられたものじゃなく、彼女の人間関係の中でのギフトだった。カバンの中にはペン、小銭入れ、ハンカチ。自分で準備する、自分のための荷物。それは彼女の誇りだったのだと思う。ふだんあまり物に執着しない彼女にとって、おえつするほど大事なものはあまりない。彼女がなにかを大事に思う気持ちこそが、私にとってもこんなに大切なんだ、彼女が大事なものを失うことは、自分も身が切られるようなんだと、初めて知った。

 その後の経緯はインスタグラムで書いてもいるのですが、SNSで呼びかけた結果、なんと島に住む方がカバンを公園で発見してくださる!というミラクルが起き、感謝の涙があふれる結末となった。しかし感謝と共に、そこに至るまでの彼女の心の動きの尊さも、私はいつまでも心に留めておきたいと思った。遠ざかる島へ、カバンへ、泣きながらバイバーイ!と叫んだ彼女の声を。(ミュージシャン)