数年で引退する競走馬の未来を考える 親子2組が体験ツアー「馬と過ごす1日」で学んだこと
元競走馬と珠洲ホースパークで対面
馬上では2メートル以上の目線に
馬場で待っていたのは、ベレヌスくんとポッキー(元サトノアクセル)くん。どちらも以前はレースに出ていた元競走馬です。最初はおそるおそるだった果奈穂さんと優奈さんですが、あっという間に乗り方をマスターします。これには角居さんも「サラブレッドは体高が150センチくらいあって、馬の上では子どもでも2メートル以上の目線になる。普通は怖いはずなんですけどね」と感心しきり。2人とも「すごく高い!」と言いながらも、「おとなしくて乗りやすい!」と鞍(くら)の上で柔らかな表情を浮かべていました。
親子それぞれが乗馬した後は馬を丁寧にブラッシングして、厩舎(きゅうしゃ)へ移動。飼育している馬たちを放牧し、馬房のふんを片付け、水をやり、餌を用意しました。慣れない作業にみんな汗だくですが、「平気です。もっとやりたい」と優奈さん。最後に馬を戻し、放牧地の掃除をして、この日の作業は終了となりました。
引退後は行き場を失う馬も…
近くの銭湯で疲れを癒やすと、夜は角居さんを囲んで夕食会です。数々の名馬を育てた“伝説の調教師”の話に親子そろって興味津々。馬はニンジンの他にバナナやスイカも大好物だということ、寝るときも立って寝ることなど、角居さんが語る馬に関するさまざまなエピソードに子どもたちも目を輝かせていました。
途中、角居さんが改まった口調で伝えたのは、競走馬は引退すると、少なくない数が行き場所を失い、生きていけなくなってしまうことでした。
「馬は25年から30年生きる動物です。でも、競走馬は3年とか5年で引退し、命を全うできない馬がとても多い。そういう馬を一頭でも少なくしたい。だから、こうして馬が安心して、余生を過ごせる場所を作っているんです」
さっきまで馬と触れあっていただけに、思うところがあったのでしょう。「馬が生きていく費用をどうやって稼いだらいいのか」が話題になると、果奈穂さんは「馬のタクシーなんて、いいじゃない? みんなかわいくて乗るから、お金を稼げそう」と提案。それぞれ、馬の将来について意見を交わしました。
2日目は雲が多めの天気ながら、近くの海岸まで散歩しました。普段は体験できない波打ち際のトレッキングに歓声が湧きます。富山湾の壮大な景色を楽しみ、馬上から潮風を感じる参加者たち。ツアーの締めくくりにふさわしい最高の思い出になったようです。
体験ツアーを終えて
体験ツアーを終えた参加者に感想を聞きました。
▼堀貴正さん「家族5人でよく競馬場に出掛けるのですが、こんなに馬と触れあったのは初めて。家で生き物は飼っていないし、学校にも動物はいないので、娘には良い経験になったと思います。角居さんから聞いたホースセラピーの話が印象的で、馬に乗せてもらった後、自然に『ありがとう』って気持ちになりました」
▼堀果奈穂さん「競馬を見ていたら、馬のことをもっと知りたくなって、お父さんに(ツアーを)お願いした。最初に馬を見たときは怖かった。でも、すごく楽しかったし、おうちで馬を飼ってみたくなった。大きくなったら、騎手になれるかな」
▼田米明子さん「親子とも生き物が好きなので、すくすくの募集記事を読んで、応募しました。家では犬を飼っているのですが、娘にはもう少し、違った経験をさせてあげたかったのです。これで少し幅が広がったんじゃないでしょうか。引退競走馬の話は難しい問題ですが、こうやって一人一人が馬に興味を持つことから始められればいいと思います」
▼田米優奈さん「こんなに馬と一緒にいたことは今までなかったので、すごくいい経験になりました。一番の思い出は、馬のおうちを掃除したこと。お世話をするのは全然苦にならなかったし、将来、馬を助けられる獣医師さんを目指すのもいいかも」
伝説の調教師 角居勝彦さんに聞く
珠洲ホースパークは2023年8月に「人と馬とが共生する森の放牧場」として石川県珠洲市にオープン。東京新聞杯2着の「カテドラル」を含む元競走馬6頭とポニー1頭を飼育しています。パークを運営する角居勝彦さんに話を聞きました。
馬は自然に心を通わせられる動物
―参加者の笑顔が印象的でした。馬と過ごすとどのような効果があるのですか?
馬は距離感を大切にする生きものです。自分のことを嫌いだなと思ったら離れていくし、好きだなと思ったら近づいてくる。自然に心を通わすことができる動物なので、癒やされるのでしょう。
―優しい気分になります。
ホースセラピーという言葉がありますね。馬とのコミュニケーションは、不登校やひきこもりになった子どもたちの心を開くのに効果があると言われています。馬が自分から近づいてきたり、素直に乗せてもらえると、自分を認めてもらえる気持ちになるんですね。また、馬に乗ることで姿勢がよくなったり、体幹を鍛えたり、最近では高齢者のリハビリとしても人気です。
―なぜ、このような活動を始めたのですか?
私が調教師をしていたとき、「負けた馬の余生は追いかけてはいけない」と言われていました。競馬界には暗黙の了解があり、競走馬は引退して走れなくなると、多くが生きていられないという現実があります。本当にそれでいいのかとずっと悩んでいました。
―農林水産省によると、競走馬は昨年だけで約7000頭が引退して、このうち繁殖用が約1300頭、乗馬用が約3300頭となっていますが、1450頭の行方が「その他」として不明になっています。
繁殖用の種馬として残れるのは一部で、ここのように乗馬用にリトレーニングできる馬もいますが、馬肉やペットフードになる馬も多いと思います。
―それを何とかしたい。
誤解してほしくないのは、畜産業が悪ではないということです。牛や豚は殺して食べてもよくて、馬はダメはおかしいですよね。それを踏まえ、それぞれがそれぞれの立場で引退競走馬の未来を考えなければいけないと思います。
―具体的な目標は。
ここを一つのモデルにできればと考えています。とりあえずの目標は30頭で、理想は100頭ベースでプランを組みたい。同じような施設が47都道府県にできれば、それだけで5000頭近くを救えますから。
―今年の奥能登は大地震に続いて大雨と災害続きでした。
災害は恐ろしいです。でも、もっと恐ろしいのは家がなくなり、更地になり、一気に過疎化が進んでしまうこと。地域が死んでしまうんです。でも、私たちがここで頑張って、根を張れれば、地域も活性化する。都会に行った人がいつでも戻って来られるような、そんな馬と人が共生するコミュニティーを実現したいのです。
―経営にはお金もかかると思います。
うちでは馬自らが一頭につき、月に8万円を稼ぐ状況を作っていくことを目標にしていますが、なかなか安定しては稼げません。
―角居さんの活動に協力したい人はどうしたらいいですか。
クラウドファンディングを行っていますので、まずはそこでセッティングできれば、うれしいです。今回のようなツアーや個人の寄付も受け付けていますし、企業からタイアップの話もあれば、喜んで話を聞きたい。ホースコーチングといって、馬を使った企業のメンタルケアのお役に立つこともできます。引退競走馬を一頭でも救いたい。同じ思いの人がいたら、連絡をいただければありがたいです。
【連絡先】みんなの馬株式会社 電話0120-401-638、メールアドレス=minnano.uma.inc@gmail.com