〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.14『スリーメン&ベビー』初めてパパと呼ばれたら…

(今回は古泉さんの再現イラストでお届けします)

vol.14『スリーメン&ベビー』(1987年 アメリカ/不明~7カ月の女の子/実子)

 舞台はニューヨーク。30代後半から40代前半くらいの独身の男性3人が、ルームシェアをして楽しく暮らすマンションのドアの前に、ある日大きなカゴが置かれていました。カゴの中には女の子の赤ちゃんと手紙が入っていました。「この子はあなたの子です。名前はメアリーです。私には育てられないのでお願いします」。お母さんが置き去りにしたのでした。

 ところが、受け取ったのはそのマンションで一緒に暮らすピーター(トム・セレック)で、その子のお父さんではありません。お父さんであるルームメイトのジャック(テッド・ダンソン)は俳優でその日はトルコでの撮影で不在。しかも、当のジャックもその子の存在を知りませんでした。マンションにいたのは高層ビルの設計士であるピーターと、イラストレーターのマイケル(スティーヴ・グッテンバーグ)です。


〈前回はこちら〉vol.13『狩人の夜』幼い2人を絶対に守る、その覚悟に脱帽


 3人は自宅でパーティーを開き、セレブを招き、自由恋愛で華やかな暮らしをしていました。そんな折、突然現れた赤ちゃんに生活は大いに乱されます。今と違ってインターネットもない時代。まだミルクしか飲めない赤ちゃんなのに、スーパーに軟らかい食べ物を買いに行く始末です。買ってきたオムツはサイズが大きすぎてぶかぶか。乳児と新生児の区別もついていないのです。

 ピーターは恋人を呼んで赤ちゃんの面倒を見てもらおうとするのですが、彼女は育児も出産も経験がなく、まるで無関心で、すぐに帰ってしまいます。女性なら誰でも子どもに詳しいと思ったら大間違いです。子どもの扱いを知っている女友達はおらず誰も頼ることができません。

 子どもを押し付け合うピーターとマイケル。子どもは容赦なくウンチをして泣きわめきます。おっかなびっくり抱っこをして、流しでお尻を洗います。アメリカ流なのか、体の石鹸をきちんと流していないようで、見ていてハラハラしました。うちの1歳の子も毎日お風呂で石鹸とシャンプーで洗っていたのですが、どうやら刺激が強いようで、体がかゆくて掻いて傷だらけになっていました。小児科の先生に教えてもらって、今では石鹸は週に2回です。

 ジャックがトルコから帰宅すると、ピーターとマイケルはヘロヘロにくたびれきっています。育児は容赦なく時間と体力を奪います。ジャックに子どもを渡すと、2人は久しぶりに彼女とデートです。ところが、2人はデートの途中も初めて赤ちゃんと過ごすジャックが心配でなりません。様子を探ろうと電話をしますが、5分コールしてもジャックは電話に出ない。不安に襲われデートの途中で帰宅してみると、ジャックは赤ちゃんと一緒にシャワーを浴びていただけでした。

 そうして男3人と赤ちゃんのメアリーの生活が始まります。3人はメアリーを公園に連れて行き、代わる代わる抱っこしながらフリスビーをしたり、プールで赤ちゃん水泳をしたり、楽しい時間が流れます。

 メアリーに歯が少しずつ生えてきた頃、突然メアリーのお母さんのシルビアがマンションに現れます。やっぱりメアリーと離れて暮らせない、でも1人では無理だからロンドンに帰って家族と一緒に育てる、とシルビア。独身男性3人はようやく元通りの生活に。でも心にぽっかりと広がる大きな穴は一体なんだ? なんでこんなに憂鬱なのだ? まるで恋に破れた男のようです。

 3人は空港に向かうシルビアと赤ちゃんを追いかけてタクシーに飛び乗ります。「誰かを追いかけているのかい?」と尋ねる運転手に、3人は「赤ちゃんだ」と答えます。すると運転手は目を細めて言います。「初めてパパと呼ばれた時は天にも昇る気持ちだぞ」。実のお父さんのジャックだけでなく、ピーターもマイケルも互いに顔を見合わせその言葉に深くうなずきます。

 描かれている育児の大変さは、身につまされます。でも、そこにしかない喜びがあり、ピーターやマイケルが赤ちゃんのメアリーと離れがたい思いを抱くのは、まさしく里親が里子に抱く気持ちと同じです。3人のうち1人は実親なので里親映画に入れていいのか迷い、里親映画度は7に。でも、ピーターとマイケルの方がむしろジャックよりメアリーに対する気持ちが強いようにも見えます。むしろ執着めいたものが発生している気もしました。

 この作品はフランス映画『赤ちゃんに乾杯!』をリメイクしたものです。時代なのか、個性なのか、シルビアが一切ジャックに対して結婚を望む言葉を発しないのが不思議でしたが、これもフランス流なのかもしれません。

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古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

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