〈坂本美雨さんの子育て日記〉72・子どもの好きなものが親にとって「健全」でなくても
過去の自分も認めてあげられた
この回は書き出すのが難しかった。先日SNSでたまたま、私の言葉がうすっぺらい、という言葉を目にしてしまったからかもしれない。いつも100の応援をもらっているのに、1の鋭い言葉は何度も反芻して刺さってしまう。年齢を重ね、ネガティブな言葉がそのまま自己評価になるようなことはなくなったが、それでもこうなのだから、子どもたちは本当に大変な時代を生きているなぁと思う。ただ平穏に暮らしているだけでも知らないところでさらされたり好き勝手に書かれてしまうのだから。
私のスタッフの娘さんは思春期に突入し、自分のスマホを持ち、SNSにも触れ始めたところだ。大勢のグループLINEでは、同級生や先生の悪口が飛び交うこともあるらしい。その中で自分らしくいること、本当の気持ちを堂々と表明することがどんなに難しいか、想像に難くない。それでも彼女が友達への優しさや先生への公平な見方を保つ様子を、はたからではあるが見ていると、なんて勇敢な人だろうと思う。彼女が、娘のお姉さんとしてそばにいてくれることがとても心強い。
そんな彼女は今、「推し活」道まっしぐらで、はやりのメークを研究し、ファッションも変化している。それがすこしニッチな世界で私たち親にはなかなか理解しがたいこともある。娘にも数年後に訪れるであろうこの変化を近くで見ていると、たしかに心配なことはたくさんある。子どもの好きなものが親の目から「健康的」ではない場合、とても戸惑う。けれど、その娘さんの成長を観察するうち、親が魅力をわからないからといって否定してはいけないなと自戒した。
そして過去の自分も認めてあげられた。私は幼い頃から暗い世界観に惹かれてきて、健全で明るいものを好きになれず、なぜこうなんだろうと苦しかった。救いを音楽の中に見つけたけれど、それは親は認めがたい音楽だったので、肩身が狭く、隠れてコソコソ聞いていた(バレていたが)。
しかしその娘さんを見ていると、惹かれるのが少数派な世界だとしても、それは人の痛みがわかるということじゃないだろうかと思えてきた。人の生きづらさに共感できるのは特別な力であり、彼女の強みなのだ。それが彼女の優しさ、勇敢さにつながっている。そう思うと、若い時の自分にも、あなたが見つけている安らぎは間違いじゃないよと言ってあげたい。
坂本美雨(さかもと・みう)
ミュージシャン。2015年生まれの長女を育てる。SNSでも娘との暮らしをつづる。
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