虐待統計の誤り なぜ見過ごされてきたのか 実態と合わない統計の取り方を見直しへ
埼玉と東京で全体の7割を修正
厚労省によると2022年度の相談対応件数は、昨年公表された速報値から4327件下方修正し、21万4843件で確定した。結果的に前年度の20万7660件より3%増えたが、過去の数値はなお修正されておらず、今後は単純比較はできなくなる。
誤って報告していたのは、当時児相を設置していた全国78自治体のうち23自治体。修正分のうち最多だったのは埼玉県の1641件で、東京都の1360件と合わせると、両都県で7割を占める。
埼玉県こども安全課の庄司邦親主幹は「国が求める記入要領に沿わない可能性はあるかもしれないという認識はあった」としつつ「毎年のトレンドを把握する意味合いもあったため、突然変更することは難しかった」と明かした。
東京都では特別区が独自に児相を設けるケースが相次いでいる。2022年度時点で設置されていた都内の江戸川区、豊島区、港区、世田谷区、中野区の5区もそれぞれ修正し、都と特別区を合わせると、修正分の約4割を占めた。世田谷区児童相談課の工藤木綿子課長は「記入要領がどっちとも取れる書き方で判断に迷った。都のやり方に準じた」とする。他区も同様の説明が多かった。
虐待「非該当」と言い切れるのか
今回、国と自治体で認識が大きく異なっていたのは、虐待通告を受けて実際に職員が対応に当たったものの、結果的に虐待ではなかった「非該当」のケースを含めるか否かだった。国としては虐待件数を把握するのが目的のため、「非該当」は含めないと記入要領で定めている。
これに対し、神奈川県子ども家庭課の臼井泉課長は「『虐待はない』と何年も認めない親もいる。児相が長年関わりながら、対応はゼロとするのは実態に合っているのか」と統計のあり方に疑問を呈した。東京都港区相談援助担当課の奥村直人課長も「虐待じゃないと言い切る方が逆に難しい」と話した。
相談対応件数は、児相における児童福祉司の配置人数の算定基準につながるというからなおさらだ。
都によると、2022年度に「非該当」のケースは1525件。都家庭支援課の安藤真和課長は「記入要領が読み取り方によって変わってしまうのは分かっていた。確認せず東京の解釈で行い、長年にわたってズレが出てしまった」とする。
記入要領の分かりにくさ 国も認識
なぜこうした「ズレ」は生じたのか。加藤鮎子前こども政策担当相は24日の記者会見で「こちら特報部」の質問に「児童相談所は業務が大変多く、どれだけ大変か、どれだけ職員さんたちが時間を取られているか、しっかり報告したいという思いが背景にあったのではないか」と答えた。
「児童が虐待に遭っている把握だけでなく、勤務実態も含め、両方を分けて把握することが大切だ」「私自身も部局としっかり相談しながら指示を出していきたい」と述べた。
各自治体で相談対応件数の報告誤りが起きた原因の一つに、国の記入要領の分かりにくさがある。こども家庭庁の野中祥子・虐待防止対策課長も「改善すべき問題だ」との認識を示し、報道後、記入要領を補足する解説書を作成したとして「今後も自治体から照会があれば、丁寧に応じたい」と反省しきりだ。
過去に忠告を受けるも徹底されず
ただ、その記入要領が過去に見直されたことはある。2012年に総務省勧告を受けたからだ。総務省は10都道府県を抜粋の上、「適切な報告を行っている都道府県等はみられなかった」と結論付けた。「都道府県等が記入要領等を十分に理解していない」とも忠告していた。厚生労働省はその翌年、要領見直しに着手したが、それから10年余、改善したかどうかのフォローはされていなかった。
前出の野中課長は勧告の存在を認めた上で「その後はもう大丈夫という認識があった。国も自治体も担当者は代わる。その都度アナウンスしていく必要性を感じている」と話す。各省庁の業務運営をチェックする総務省行政評価局の土方重和・評価監視官は「勧告後にアクションを起こし問題点が改善されれば、その後は各省庁に任さざるを得ない。全てを追い切れるわけではない」と弁明した。
国の政策評価審議会委員で、PHP総研主席研究員の亀井善太郎氏は「総務省勧告に強制力はない。省庁の効率化には縦割りも時に必要で、当時は勧告が政策推進のきっかけになるように、との位置付けだった」と振り返る。かつては「重箱の隅をつつくような指摘」もあったというが、最近では総務省職員が実際に里親に話を聞いて政策評価につなげる例も。「痛みを和らげるべき人たちの声に耳を傾け、当事者視点で改善していく政策評価に変わってきている。いずれにせよ、ただ評価してほったらかしではいけない」と話す。
今後は過去分にさかのぼって修正
今後は、2023年度の相談対応件数の確定値の算出へと移る。相談対応件数は、各自治体の独自財源での不足分を賄う国の普通交付税の算定対象でもあり、2023年度公表後は、すでに普通交付税が交付された2021年度以前も見直すという。場合によっては、交付税返還を求められることもありうる。
虐待問題に取り組む「子どもの虹情報研修センター」(横浜市)の川崎二三彦センター長は「疑義のある数字をそのままにしておくわけにいかないという国の判断も分からなくはない」とした上で「児相の実情を踏まえると、日頃の業務に加え2021年度以前の件数を計上し直すのは大変労力がかかる。最優先とすべき虐待対応がおろそかになってはならない」と心配する。
「今回、虐待件数と業務量がごっちゃになって長年にわたり報告されていたことが明るみに出た。整理し直す時がきている」
これまでは厚労省が統計をまとめてきたが、2026年公表(2025年度実績分)から子どもに関する統計は全てこども家庭庁に移管される。
今後の統計の取り方はどうあるべきか。立命館大の野田正人特任教授(児童福祉論)は、児相によらず市町村が虐待相談に対応した場合なども件数には含まれないとして、「相談対応件数から非該当を抜いても、この国で起きている虐待件数とイコールではない。この国で何件の虐待が起きているのか、1人の職員が抱えているケースは何件か。冷静に見直す契機にしてほしい」と指摘する。
児童虐待統計問題
厚労省が集計し、こども家庭庁がデータを基に施策を担ってきた。一部の自治体が誤った解釈で報告していることを指摘した昨年10月の本紙報道を受けて同庁は11~12月、児相を持つ全国の自治体を調査。少なくとも20自治体で誤りが分かり、こども家庭庁は今年1~2月、2022年度の件数について再計上を求めた。
2022年度の内容別では心理的虐待が最多の12万8114件で全体の6割近く。身体的虐待、ネグレクト(育児放棄)、性的虐待と続き、傾向としては速報値から大きな変更はなかった。